第五十七話 聖拳ポメラ

 魔王マザーと、その配下の四姉妹は全て滅びた。

 後は主を失った大量のラーニョが残っているはずだが、まあそれは大したことではない。

 また地道に討伐依頼が出され、数を減らしていくことだろう。


 魔法都市マナラークから商業都市ポロロックへの大移動は延期になっていた。

 どうやらマナラークへ襲撃に来た末女リリーが魔王だった、という話になっているらしい。


 今は魔物の動向を冒険者達が調査して、魔王が本当にもういないという裏付けを探しているようだ。

 マザーは既に死んでいるため、じきに大移動は延期ではなく中止になるだろう。

 俺も無論手柄を主張するつもりはないので、これで一件落着である。


 気になる……といえば、マザーの骸は妙なものを残していた。

 下腹部に埋め込まれていた翡翠の水晶である。

 嫌な邪気を放っており、後で《アカシアの記憶書》で調べたのだ。


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【深淵の月】《価値:神話級》

 邪悪な魔力を帯びた水晶玉。

 十三体の強大な魔王の血を掛け合わせ、高度な錬金術によって結晶化したもの。

 水晶の中には、今なお閉じ込められた魔王の魂の片鱗が蠢いている。

 魔物を誘き寄せる力がある。また、魔物の身体に埋め込めば急激な成長を招くことができる。

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 どうやら……埋め込まれていた翡翠の水晶は、かなりヤバい代物のようだった。

 マザーがどこであれを手に入れたのか、確かめておく必要があったのかもしれない。


 森奥に引き篭もって細々と配下を増やしていたマザーが、突然深淵の月を手に入れたのは不自然だ。

 《深淵の月》の錬金難易度からいって、たまたまどこかで拾いました、ということは考えにくい。

 もしかしたら、ナイアロトプが絡んでいるかもしれない。

 ルナエールに相談しておくべきだった。


 ……因みに《深淵の月》は、まずいかと思ったが俺が時空魔法で保管している。

 勿体ない精神が抑えられなかった。


 何はともあれ、魔王騒動は片付いたのだ。

 俺はマナラークの酒場赤の蝙蝠亭にて、ポメラ、フィリアと共に、今回の魔王騒動のちょっとした打ち上げのようなものを開いていた。


「カナタしゃーん、酷いですー!」


 ポメラはぷくっと頬を膨らまし、顔を赤くしていた。

 ポメラが顔を赤くしているのは怒りではない。

 なんならもっと悪い。酒に酔っているのだ。


「次のときは、カナタしゃんがフィリアしゃんを誤魔化してくれるって言っていたのに、あの直後に何事もなかったかのように去るんですもん! 普通、そんなのしますか? ポメラ、びっくりしました! びっくりして驚きました!」


 ポメラが非難がましくそう言い、グラスをドンッと机に叩きつける。

 中から林檎酒の飛沫が零れる。


「び、びっくりと驚くは同じ意味ですよ……」


「わかってますぅー!」


 ポメラが口を尖らせ、顎を机につけていた。


「今日のポメラ、楽しい!」


「何言ってるんですか、フィリアしゃん。ポメラはいつでも楽しいですよー」


 ポメラが隣の席のフィリアを捕まえ、ウリウリと擽り始めた。

 フィリアは身体を捩って避けながらも、満面の笑顔で燥いでいた。


「ポ、ポメラさんが壊れた……」


 俺はその様子を眺めつつ、思わずそう呟いた。


 ポメラがこの状態になるのは、俺が見る限り二度目である。

 一度目は都市アーロブルクで、討伐した魔物の肉を調理してくれると聞いて《狩人の竈》に向かったときのことである。

 あのときも似たような調子だった。

 ポメラは酒癖が最悪なのだ。

 まだ首を絞められていないので、前よりはいくらかマシかもしれない。


 あのときは翌日、ポメラが俺に低頭平身状態になっていた。

 ポメラに次に酒の話を振ったときには『生涯の恥です……本当に、カナタさんには迷惑をお掛けしました。もうお酒は一生飲みません』と涙ぐんで誓いを立てていたほどだったのだが、その誓いはどうやらなかったことになったらしい。

 というか、飲まないとやっていけないと思ったのかもしれない。


「カナタしゃん、この林檎酒、すっごく美味しいですよ! 甘くて、果実の芳醇な香りが、飲んだら口の奥から広がってきて……嫌なこと、全部忘れられそうですよ!」


「……ポメラさんに嫌な思いをさせてしまって申し訳ないです」


 俺は頭を下げた。


「本当ですよお……ポメラ、もう一生このイメージを背負っていくしかないんですよ。もう、もう、ポメラ、お嫁にいけません……」


 ポメラが林檎酒を一気に飲み干し、机へと頬をつけた。


「そ、そんなことありませんよ。ポメラさんは可愛いですし……」


「そう思うんだったら、カナタしゃんが責任取って結婚してくださいよお! ポメラをもらってくださいいい!」


 ポメラが俺のローブの袖をぐいぐいと引っ張る。


「は、放してくださいポメラさん! 俺が悪かったですから、謝りますから!」


「やですぅうう、ポメラ、一生放しませんもん」


「仕方なかったんです! 結果的にほら、いい方に向きましたし……。魔王は倒せて、魔法都市も守ることができました」


「でも、でもぉ……」


 ポメラが嘆いていると、帰るところだった冒険者らしき二人組が、ポメラを見つけて歓声を上げた。


「お、おい、あの人、魔王を倒したポメラじゃないのか? 《軍神の腕アレスハンド》のコトネを筆頭に、この都市の冒険者が束になっても敵わなかった魔王を、一発で倒したって噂の……!」


「ほ、本当にあの人がポメラなのか? 酔い潰れてるぞ?」


 俺は席を立ち、ポメラの背を撫でた。


「ポ、ポメラさん、見られています! 名前もバレてます! しっかりしてください!」


 俺達の許へと、二人の冒険者が近づいてきた。


「あ、あの、聖拳ポメラさんですか!」


 その呼び名を聞いて、ポメラがムスッと頬を膨らませる。

 ……そう、ポメラの新しい渾名は聖拳ポメラである。

 聖女から格が上がったのが、下がったのかまるでわからない。


 フィリアが巨大な腕を出して末女リリーを叩き潰したのだが、その際に色々と誤って伝わり、ポメラが魔王を素手で叩き殺したことになってしまったらしい。

 ポメラは何がなんだかわからないと憤っていたが、聞いている俺にも全くわからない。


 ポメラは精神の幼いフィリアに注目を集めるわけにはいかないと思って消極的ながらも手柄を認めるようなことを口にしてしまったため、それがまず理由の一つだろう。

 後は、ポメラがアルフレッドを杖で殴り飛ばした事件が有名であったため、意外と肉体派という誤った認識が広まっていたのが二つ目だ。


 それらが要因となり奇跡的な形で合わさり、『ポメラが魔王を素手で殴り殺した。気迫のあまり腕が大きく見えた』という最悪な広まり方をしてしまったようだ。

 そのせいで、ついた渾名が聖拳ポメラである。


「あの、聖拳ポメラさん、握手してください! ファンなんです!」


 ポメラがその場でシュッシュッとシャドーボクシングをやって見せた。


「今のポメラはオフなんです。カナタしゃんとゆっくりお酒を飲んでるんです。邪魔するとポメラの拳が火を噴きますよ」


「す、すいませんでした!」


 二人の冒険者は逃げるように去っていった。


「ポメラ、格好いい! 聖拳ポメラ!」


 フィリアがそんなポメラに抱き着いて、キャッキャと燥いでいた。

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