第五十八話 不死者の成果報告(side:ルナエール)
カナタと別れたルナエールは、マナラークの教会堂に残したノーブルミミックと再会していた。
通常の状態で都市に入れば冥府の穢れで混乱が起きるので、今は既に《穢れ封じのローブ》へと着替え直している。
ルナエールはノーブルミミックに、カナタが魔王マザーを討伐した一件と、その後の話し合いについてを断片的に話していた。
「あのときのカナタは、大真面目な顔をして『何があってもルナエールさんを嫌いになりませんから』なんて言い始めて……ま、全く、困ったものです。カナタは、急にああいうことを言い出すところがありますからね。最初に《
ノーブルは箱を閉じ、ただじっとしていた。
いつもなら途中で相槌を打ってきそうなものだが、今はその様子もない。
「……聞いていますか? ノーブル」
「惚気ハ、ワカッタ。ソレ以上ソコバッカリ掘リ下ゲラレテモ、聞イテイテツマラナイゾ」
「聞きたがったのはノーブルではありませんか。私はカナタの話をしろと言われたので、カナタの話をしただけです。聞きたくないのでしたら結構です」
ルナエールは腕を組み、ムッとしたようにノーブルへとそう返した。
「……訊キ方ガ悪カッタナ。何デ、マタ逃ゲテキタンダ?」
「えっ……」
ルナエールが眉根を下げる。
「そ、そこはどうでもよくありませんか? まずは私は、長らくの課題を果たしたわけですから。まずはそこを喜んでくれても……」
「イヤ、全然ヨクナイガ……」
「状況は好転したではありませんか。何がそんなに不服なんですか」
「……次ハ、何ト言ッテ会ウンダ? マタ理由ヲ付ケテ離レテキタナラ、ソレガ足枷ニナルダノ言イ出スンダロ?」
ルナエールは大きな瞳を瞬かせる。
「……そうでした、《穢れ封じのローブ》なんて知らないと言ってしまいましたし、もう《
「モウ帰ルカ!?」
「い、嫌です! だ、だって、カナタの傍には、あのハーフエルフだっているんですよ!」
「ヨシ、ジャア今スグ行クカ」
「そ、それも嫌です! 帰ると、帰るともう、言ってしまったのですよ! それに、黒いローブなんて知らないとも! これですぐさま姿を現したら、私が馬鹿みたいではありませんか!」
ルナエールが必死にノーブルミミックをそう説得する。
ノーブルミミックは力尽きたように、ゴトンと箱を横に倒した。
「本当ニ、オレヲ連レテ行ッテクレ……。ナ、主、悪イヨウニシナイカラ。オレモ、カナタニ会イタイゾ」
「駄目です。ノーブルは、何を言い出すのかわかったものではありません。人の気持ちがわからないから、ああしろこうしろと、好き勝手にそう言えるのです。取り返しの付かないことになったら、どうしてくれるのですか」
「ナァ、主……オレ、ソンナ駄目ナコト、コレマデ言ッタカ……? カナタハ、何ガアッテモ嫌ワナイッテ、ワザワザ言ッテクレタンダロ? 信ジテヤレヨ」
「そうですが……そ、それとこれとは別なんです!」
反省会という名目の、永遠に続きかねないルナエールの惚気話と怒涛の言い訳を前に、ノーブルミミックもいい加減うんざりし始めていた。
ふとその時、教会堂の外から大きな声が聞こえてきた。
何か、騒いでいるようであった。
「……なんでしょうか? 魔王の一件の尾が引いていて、細かい騒動でも起こっているのでしょうか?」
ルナエールが人間だった時代でも、そういった騒動は珍しくなかった。
魔王を撃退しても、そのための国の重税や懲役、犠牲ありきの作戦に不満が募り、騒動が起きることは珍しくない。
それでひっくり返った国もあるのことを、ルナエールは知っていた。
今回であっても、強引に進めた住民の大移動と、その唐突な中止である。
過去に比べれば大したものではないが、一部の人間が騒ぎを起こしたとしても、それは不思議なことではない。
「イヤ……ココガ怪シマレテル」
「ここですか? もしかして、ノーブル、何か余計なことを……」
「主、魔法、使ッタロ」
「……そういえば、そうでしたね」
ルナエールは教会堂の外へと目を向けた。
以前、ルナエールが《
そこまではよかったが、《
「何かしらの偽装をしておくべきでしたか。甘かったです」
「マァ、ソレニ関シチャ、オレモ急カシタカラナ……。移動シタ方ガイインジャナイノカ?」
「しかし、《穢れ封じのローブ》も完全ではありません。普通の宿に入り込むわけにもいかないでしょう。別に都市外でも構いませんが、カナタを監視……見守るためには、やはり都市の内側にいた方がいいでしょう」
「サラット恐ロシイ言葉ガ漏レタゾ」
「……放っておけば、あのハーフエルフが私のカナタに何をするかわかったものではありません」
「オ、オウ」
ノーブルが呆れたように返し、ふと何かを思い出したように、周囲をきょろきょろと探す。
「どうしましたか?」
「主、今回ノ土産ハ?」
「……ありませんよ?」
ノーブルがあからさまにがっかりしたように、大きく息を吐きだした。
「オレ、一向ニ前ニ進マナイ、主ノ愚痴聞イテ頑張ッテルノニ……」
「わ、わかりましたよ。また何か、探しておいてあげます」
「前ノ! 前ノデイイ!」
前回ルナエールは、ノーブルに《マナラークの地中豆パイ》をお土産として持って行っている。
ノーブルが言っているのはそれのことであった。
「……ノーブルがそこまで言うのは珍しいですね。わかりました、買っておいてあげます……」
そのとき、扉が開かれる音が聞こえてきた。
複数の足音が近づいてくる。
「ア、主……! コレ……!」
「真っ直ぐ向かってきますね。ノーブルは、一旦ただの宝箱の振りをしてやり過ごしてください」
「ワ、ワカッタ」
ルナエールが教会堂奥へとさっと隠れる。
その直後、五人の人間が入り込んできた。
先頭に立つのは、白と赤の派手なローブを纏った、大柄の中年であった。
頭は禿げ上がっており、身体はぶくぶくに肥えている。頬が大きく腫れていた。
「ドアール司祭様……これは、一体……! 確かにここは、数十年以上手入れがされていない場所であったはずなのに……!」
「奇跡じゃ、奇跡が起きたのじゃ! 神の愛じゃ!」
ドアール司祭と呼ばれた中年の男は、その場に膝を突いてオイオイと涙を流した。
「神の愛……ですか?」
「うむ、そうじゃ! 我々は神の愛を無駄にしてはならぬ!」
「なるほど……要するに、何をすればよろしいのですか?」
「うむ! 我々はこのネタを誇張して喧伝し、支援金と寄付金を募る義務がある!」
「……なるほど?」
部下が首を傾げる中、ドアールは教会堂の中を目敏く見回す。
そして宝飾がふんだんにあしらわれた豪奢な宝箱を見つけると、額に皺を寄せ、小走りでそちらに近づいて行った。
「ドアール司祭様! 何を!」
「ムムッ! 恐ろしい呪気! この宝箱は呪われておる! 解呪せねば、この都市に未来はない!」
「な、なるほど……。なぜそんな宝箱が、神の愛を受けたこの教会堂に?」
「知らぬ!」
「なるほど……」
ドアールは、ぶくぶくに肥えた人差し指を教会堂の扉へと伸ばした。
「私の部屋に運んでおきなさい! 誰も開けてはならんぞ! 凶悪な呪いじゃ、未熟者が開ければ命はない! 私一人で解呪に当たる!」
「ハッ、お任せください!」
二人の部下が、豪奢な宝箱……ノーブルミミックを二人掛かりで担ぎ、せっせと運び出していった。
「では、我々も調査を引き上げるとするか」
「え……? ま、まだ、まともに調査を行っていないのでは……」
「宝箱の解呪もある。それに、この教会堂の奇跡を広めねばならん! これは面白く……いや、忙しくなってきたぞう!」
慌ただしくドアール一派が引き上げていく。
彼らが出て行ってから、ルナエールは教会堂の奥からそうっと顔を出す。
それからノーブルミミックが連れ去られた扉の外を、真顔で眺めていた。
「まあ、どうとでもなるとは思いますが……」
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