第五十三話 《金縛りの魔眼》

「その余裕振った態度、腹が立つのよ! お前はこれまで、本物の化け物というものに遭ったことがないのね! 魔王である私が、直々に真の恐怖を教えてあげるわぁ!」


 マザーが大木のような腕を大きく引いた。


「なまじ才覚があるばかりに、勘違いしてたった一人で私に挑むとはね! 運と、己の頭の悪さを嘆きながら、バッラバラになりなさぁい!」


 マザーは大木のような腕を振り下ろし、俺を爪で狙う。

 俺は右へとひょいと回避した。

 爪が地面に突き刺さり、罅が走った。


「反応はなかなかのものねぇ! そうでなくっちゃ遊び甲斐がない! でも、それもどこまで持つかしらぁ!」


 マザーが逆の腕も振るう。

 俺は横へ、上へと跳んでマザーの爪を躱していく。

 《ステータスチェック》は自分以外は、レベル、HP、MPしか確認することはできない。

 だが、この調子だと別段他のステータスが飛び抜けているわけでもなさそうだ。


「ちょこまか、ちょこまかと……まずは四肢を落とすつもりだったけれど、少し面倒になって来たわねぇ! もういいわ、終わらせてあげる!」


 俺の頭を狙い、爪の一撃が放たれる。

 俺は首を反らしてそれを回避した。


 段々とマザーの攻撃が雑になってくる。

 当たらないことに苛立ちを覚えているようだった。


「お、おかしいわね? 勘が鈍ったのかしら? 存在を隠すために、巣の奥に籠って身を潜めていたせいかしらね。掠りでもすれば、貧弱なニンゲンなんて一撃なのに……!」


 マザーが大振りの一撃を俺へと振り下ろしてくる。

 俺は左腕を伸ばし、マザーの爪を素手で受け止めた。


「……なんですって?」


 マザーが腕に力を込めているのがわかる。

 俺をどうにか押し潰そうとしているのだろう。

 段々と腕に込められる力が増していき、それと比例するようにマザーの表情に焦りが滲み出てきていた。


「う、嘘よ……こ、こんなの、あり得ない! ニンゲンが、私と力比べができるなんて、そんな……どうして……!」


「終わりにしましょうか」


 俺は左腕でマザーの爪を押さえたまま、逆の腕で《英雄剣ギルガメッシュ》の鞘を抜いた。

 マザーの複数の目が、一斉に剣の刃へと向けられた。

 大きな口がわなわなと震えている。


「と、止まりなさい!」


 マザーの全ての目が、俺を睨んで赤い光を発した。

 俺の身体に赤い光が纏わりつく。


「ざ、残念だったわね……フフフ、私のとっておき《金縛りの魔眼》よ。まったく、膂力で私に迫るなんて、恐ろしいニンゲンがいたものね。ニンゲンに対する見識を改める必要があるわ。でも、力ばかりで魔力のないニンゲンは、私の《金縛りの魔眼》を破ることはできないのよ!」


 マザーが逆の腕を大きく引いた。

 俺は体中の魔力を意識し、腕に力を込めた。


「ふんっ!」


 マザーの顔の眼球が次々に爆ぜる。

 すぐに顔面が体液塗れになっていた。


「うっ、うがぁああっ! 目が、目がぁ!」


 マザーは引いた手で自身の顔面を押さえる。

 俺はマザーの爪を止めている手で、マザーの巨体を持ち上げ、そのままぶん投げた。

 巨体が宙を飛び、壁へと派手に激突する。


「うぐわぁああああああっ!」


 巣全体が大きく揺れる。

 遠巻きに見ていたラーニョ達が、一斉に遠くへと逃げ出した。

 どうやら尋常ではない事態だと察したらしい。


 マザーは壁に埋まった半身を引き抜き、素早く俺へと振り返った。

 再び巣穴全体が揺れ、マザーの周囲に土の塊がいくつも転がった。


「ど、どうしてよお! どうして私の《金縛りの魔眼》が効かないのぉ! 止まれ、止まれえええええええ!」


 マザーが何度も何度も目から赤い輝きを放つ。

 その度に赤い光が俺の身体に絡み付くが、赤い光は拘束力を発揮する前に俺の身体から弾けて消えていく。

 そしてその都度、マザーの眼球が割れ、体液を噴射している。


 マザーの言葉から察するに、《金縛りの魔眼》の効力は互いの魔力差によって効きづらくなるのだろう。

 マザーがレベル相応の魔力だとすれば、俺に通用するわけがない。


「止まりなさあああぁあああああい! 止まって頂戴よおおおおおおおおおぉっ! なんでよおおおおおっ!」


 マザーが大きく口を開けて叫ぶ。

 岩塊のような顔に、びっしりと筋肉の筋が浮かび上がる。

 瞼が裂けるほどに全ての眼を見開いていた。


 赤い光が、何重にも俺の身体に重なっていく。


「うぐっ」


 足が突然重くなった。

 前に出せない。

 か、《金縛りの魔眼》とやらが通ったのか?


「よよ、よし……これで一方的に攻撃できるわあ! さ、散々脅かしてくれたけれど、お前はここまで……!」


「ふっ!」


 俺は強引に足を前に出した。

 また、俺の身体に絡みついていた赤い光がブチンと千切れた。


 そのとき、マザーの巨体が急にぐらりとふらついた。

 ぷるぷると両腕が震えている。


「ま、魔力が……もう、ない……? 嘘でしょう、どうして……? まさか、あの男をたったの一瞬止めるために、私の魔力が大半が持っていかれたというの……?」


 俺は《英雄剣ギルガメッシュ》を構え直し、マザーへと直進した。


 マザーの周囲に、いくつもの土の塊が浮かび上がった。

 どうやら糸で引っ張って持ち上げているようだ。

 目を凝らせば、宙に線のようなものが見える。


「あり得ない! こんなことはあり得ないのよお! わ、私は、世界の意思に見込まれた、特別なのよ! 魔王の中の魔王、そのはずよ! そうじゃなかったの! 私は魔物の神となる存在……! ニンゲンの歴史を終わらせ、新世界を築く……そうじゃなかったの! こんなの、こんなの話が違うわ!」


 マザーは我武者羅に俺目掛けて両腕を振るう。

 いくつもの土の塊が飛来してくる。

 俺は《英雄剣ギルガメッシュ》を振るい、土の塊を斬った。

 真っ二つになった土の塊は、各々英雄剣ギルガメッシュの魔力に焼き尽くされて消滅していく。


「ひ、ひぃいいいっ! こっ、来ないでよおおおおお! 化け物っ! 化け物おおおおおお!」


 俺は一気にマザーへと距離を詰め、《英雄剣ギルガメッシュ》の一閃を放った。

 マザーの両腕が地面へと落ち、体液が舞う。


「ひいっ! ひいっ! 嫌、嫌よおおおおお! リリー! マリー! メリー! ドリィイイ! 私をっ、母を助けなさぁあああい!」


 マザーが身体を捩らせる。

 既に切れていたマザーの腹部に線が走り、体液が溢れ出て上半身がどさりと落ちた。

 どくどくと体液が漏れ出て、あっという間にその場に水溜まりができていた。


「ああ、ああああああああっ!」


 マザーの上半身と下半身が、別々にもがき苦しみ始める。

 だが、すぐに切断面から身体が崩れていき、動きが鈍くなっていった。

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