第五十二話 蜘蛛の魔王マザー

 俺は《次元閃ロムスラッシュ》でラーニョを切断しながら下の階層へ、下の階層へと目指していた。

 だが、思いの外にこのラーニョの巣は広いらしい。

 全部換金すれば魔法都市の財政が破綻するくらいにはラーニョを狩り尽くしたはずだ。


 それに、途中で道がいくつも分岐していた。

 無事に俺は帰れるのだろうか。

 迷って出られなくなるかもしれない。


 下に向かうに連れて、出てくるラーニョの姿が変化してきた。

 大型の個体は元々森でも確認していたが、最初は黒一色だったラーニョに赤のグラデーションが掛かっていたり、渕模様ができていたりするのだ。

 稀に黄金の輝きを放っている個体もいた。


 どれも一撃だったのでほとんど違いはわからなかったが、とりあえず多少レベルは違うようだった。

 もっとも誤差の範疇であったが。


 大きな空間の中央で、俺はぐるりと指を回した。

 数百のラーニョが俺の《次元閃ロムスラッシュ》の前に切断され、その身体を崩していく。


 さすがに疲れてきた。

 俺は深く息を吐き、額を拭った。


 そのとき、遠くから一直線に何かが飛来してきた。

 俺は背後へ飛んだ。


「青白い、糸……?」


 俺の手前の地面に糸が突き刺さる。

 刺さった周辺の地面がぐずぐずに溶け始める。

 どうやら毒が付与されているらしい。


「おや……よく避けたわ。ここまで来たというだけのことはあるわね。歓迎するわよ、勇者さん」


 がらがらとした、不気味な声が響いてくる。

 毒糸が飛来してきた方向、巣穴の奥より、巨大な化け物が現れた。


 全長は……十メートル前後といったところだろうか。

 先ほど現れた三女マリー同様に、蜘蛛の下半身を持つ女の魔物であることらしい、ということは辛うじてわかる。

 だが、マリーのような可愛げはない。

 青白い、岩の塊のような外観をしていた。

 凹凸のある顔面に、端から端まである巨大な口と、大小様々な八つの灼眼があった。

 下半身には、巨大な翡翠の水晶が埋め込まれている。


「せっかちなのねぇ。お前達ニンゲンが、こちらの存在に気が付いていたことは知っていたけれど、まさか単身でいきなり乗り込んでくるだなんて。本気でたった一人で、この魔王マザーを討ち取れると考えているのかしら? 甘いわねぇ、ニンゲンさんは」


 ……やはり、魔王だったか。

 できれば先に三女マリー以外の四姉妹とやらとぶつかっておきたかった。

 確実に魔王側の戦力を減らしておきたかったし、四姉妹全体のレベルを確認すれば、直接魔王とぶつかるリスクを取らずとも、魔王のレベルを確認できると考えていたのだ。


 だが、この化け物と対面した瞬間、こいつが魔王だという確信が俺には芽生えていた。

 この異形の姿、そして化け物の持つオーラが、三女マリーとは格が違うと、俺に警告を出していた。


 俺はマザーを睨みながら、ゆっくりと退いた。

 いきなり魔王とぶつかったのは不幸ではあったが、元々俺の目的は魔王のレベルを確認することであった。

 《ステータスチェック》を使い、その後は全力で逃げ切れば今回の俺の偵察は終わりだ。


 ラーニョの数もそれなりには減らした。

 成果としては上々なはずだ。

 魔王のレベルさえわかれば、王国側も魔王に対する戦略をかなり取りやすくなるはずだ。


「あらあら……このマザーの巣の深くにここまで入り込んで、逃げられると本気で思っているのかしら? 甘いんじゃあないかしら? 教えてあげるわ。私達蜘蛛は、獲物を追い詰めるのが得意なのよ。なかなかやるようだけれど、単騎でここまで踏み込んだのは間違いだったわね」


 八つの灼眼が、剣呑に細められる。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

『マザー』

種族:クイン・アラクネ

Lv :999

HP :7192/7192

MP :3561/3596

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「た、高……く、ない? あ、あれ……」


 俺は目を細めた。

 《ステータスチェック》で出てきた情報がおかしい。

 一瞬レベルがカンストしていると驚きそうになったが、そんなわけはない。

 レベルは普通に千以上あるものだ。


 だが、何度確認しても変わらない。

 な、なんでレベル999なんだ。

 それ以上は上がらない呪いにでも掛かっているのか。


 案外こんなもんなものなのか?

 いや、それでもおかしい。

 だって、平常時のフィリアでもレベル1800なのだ。


 いや、よくよく考えれば、フィリアは元々は古代の王国を守護するために造られた錬金生命体ホムンクルスであったという。

 恐怖の神と崇められていたくらいだ。

 魔王を迎撃するくらい、熟せていたのかもしれない。


「ここまで来たということは、少なくとも入り口の番をしていた、私の大事な、大事な三女マリーを殺したのでしょう? 他にもたっくさん、散々私の可愛い子らを殺してくれたようねえ。お前が懇願しようが、容赦しないわ。手足を捥いで、生きたまま脳汁を啜ってあげる。知っているかしら、ニンゲン? 美味しいのよ……フフフ、レベルの高い、生物の脳味噌は。お前の味は、どうかしら?」


 ……だとしたら、マザーの脳味噌はそこまで美味しくはないのかもしれない。

 いや、元々魔物の脳味噌なんて、食べようという気はおきないが……。


 し、しかし、本当にこれが魔王なのだろうか。

 レベル1000もない相手にあれだけの警戒をしていたのだろうか。

 い、いや、A級冒険者でもせいぜいレベル100もないようであったし、そういうものなのか……?


「おやおや、どうしたのかしたら凍り付いて? 遊びましょう、ニンゲン。ここまで辿り着いたのだから、多少はできるのでしょう? そうでなければ、張り合いがないわ」


 ……対話に応じるつもりはあるようだし、一応確認しておいた方がいいかもしれない。


「あの……四姉妹とかいうのじゃ、ないんですよね? 本当に魔王なんですよね?」


 マザーが腕を振るった。

 四つの剣が重なったような巨大な爪が壁に走る。

 巻き込まれたラーニョが体液を撒き散らし、残骸が床に落ちていく。

 周囲のラーニョが、そそくさとマザーから離れていく。


「この期に及んで軽口を言えるなんて、いい度胸をしているわねえ! 私を怒らせたいのかしら? お望み通り、弄んで殺してあげるわぁ!」


 マザーの巨体が俺へと向かってくる。

 や、やっぱりそうだったか。

 姉妹だとか次女でマザーは変だし、正直しっくりこないとは思っていた。

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