第五十一話 切り裂き魔女、三女マリー

「……本当に、マナラークの近くにこんな場所があったなんて」


 俺は周囲へと首を回す。

 横も上も、見渡す限り土の壁が続いている。


 そして、壁のどの面にも、一面にびっしりとラーニョが張り付いて蠢いていた。

 目を瞑って石を投げてもラーニョに当たりそうな勢いである。


 見ていて気分が悪くなるような光景であった。

 わしゃわしゃ、わしゃわしゃと、常にラーニョの脚の擦れる音が響いている。

 ただでさえ無数のそれが、周囲に反響していた


 ここは地下に空いた大空洞の中である。

 壁には一定間隔で輝く鉱石が埋め込まれており、それが灯り代わりになっている。

 薄暗いが、とりあえず中の様子は窺うことができる。

 ラーニョは暗闇でも目が利くはずだが、わざわざ灯りが設置されているということは、どうやらそうではない特殊個体がいるらしい。


 ポメラとフィリア、ロズモンドと冒険者ギルドの前で別れた俺は、ガネットの見せてくれたラーニョの出没分布図を参考に森奥を駆けて探し回り、そして地下に大空洞があるのを見つけることに成功したのだ。


 本当にガネットが円を描いて出していた予測位置とほぼぴったりであった。

 顔を合わせるたびに、あの人の洞観には驚かされる。

 あの人と話していると、常に見透かされているような気がして落ち着かなくなる。

 大きな借りがあるからという意味もあるが、色んな意味で敵に回したくない人だ。


 大小様々な夥しい数のラーニョが、壁や床を這いながら向かって来る。

 俺を侵入者と認識しているようだった。

 しかし、今視認できるだけで、一体何千体のラーニョがいるというのか。


「これで一体につき、二万五千ゴールドに換えてもらえれば大金持ちになれるんですけどね」


 俺は一人呟き、溜め息を吐いた。

 さすがの魔法都市マナラークでも、この巣のラーニョ全ての換金を引き受けてしまえば、それだけで干上がってしまうことだろう。


 あまり長々とこのラーニョの巣にいれば、この巣の主である魔王に目をつけられかねない。

 さっさと奥まで行って、少しでも有益な情報を持ち帰えろう。


時空魔法第十階位|次元閃《ロムスラッシュ》」


 俺は人差し指を伸ばして、その場で一閃した。

 視界に広がる膨大な数のラーニョ達が、俺の人差し指の動きに合わせ、次々に身体の上半分を切断されていく。


 視界いっぱいにラーニョの体液が飛び散っていく。

 ……な、なかなかグロテスクだ。


 俺はラーニョの死体を踏みつけて走り、地下空洞の奥を目指して走った。

 ラーニョが迫ってくれば《次元閃ロムスラッシュ》で切り飛ばしていく。


 地下なので、あまり無計画に大規模な魔法をぶっぱなすわけにもいかない。

 ラーニョを狩るには《次元閃ロムスラッシュ》で充分であるし、とりあえず雑魚の相手はこの魔法だけでよさそうだ。

 《次元閃ロムスラッシュ》を常時展開して、目についた敵を片っ端から切断していこう。


 しばらく進んだところで、後ろからガサリと、ラーニョではない何かの物音がした。


「よくぞ、単身でここまでやってくれたのヨ」


 人間の声が聞こえてくる。

 俺は首を周囲に向けた。

 だが、視界の中にそれらしい相手が見つからない。


「何者ですか、どこに潜んで……」


 声が反響しているため、出所が掴みにくい。

 それに、光る鉱石が埋め込まれているとはいえ、ここは仄暗い。


「私はマリー……マザーに仕える四姉妹の一体、三女のマリー。どうやらニンゲン、貴方は多少は腕が立つようね。随分とラーニョを虐めてくれたみたいだけれど、私はそう簡単にはいかないのヨ」


「……マ、マザーに仕える四姉妹?」


「ええ、そうヨ。フフ、ニンゲンなんて下等生物、雑魚ばかりだと思っていたけれど、少しは遊べそうな奴が出てきたわ。この私を楽しませて頂戴」


 ……やはり、魔物か。

 俺は息を呑んだ。


 ここまで知性の高い魔物は、《地獄の穴コキュートス》以来である。

 もしかしたら、こいつらのレベルも《地獄の穴コキュートス》相応かもしれない。


 禍々しいプレッシャーを感じる。

 マザーというのが魔王なのだろうか?

 四姉妹というのはよくわからないが、仕えると言っているからには、魔王を補佐する幹部のようなものなのかもしれない。


「奇遇だけど、私の糸も切断系なの。フフフ、私、ちょっと強いみたいなのヨ。だから手頃な戦いの相手がいなくて、困っていたところなの。私の力、試させてもらうのヨ!」


「丁度よかった。俺も、貴方達のことが知りたかったんです。ひっ捕らえて、尋問させてもらいます」


「アハ、やれるものなら、やってみるといい! ニンゲン! 弄んで殺してあげるのヨ!」


 シュン、と風を切る音が聞こえる。

 ようやく敵の位置を把握できた。

 姿が見えないと思えば、どうやら天井付近に敵はいるようだ。


「いた、そこ……!」


 俺が振り返った時、天井から逆さにぶら下がる、赤髪の少女の姿が見えた。

 上半身は人間だが、下半身は蜘蛛であった。

 鋭利な三白眼で俺を睨み、笑っている。戦いを楽しんでいる。


 そのとき、プツっと音がした。

 マリーと称する化け物の身体に、赤い線が走った。

 マリーは自身の身体に走った線へと目を向ける。


「あ、あれ……ウ、ウソ? 何が……マ、マザー、私は…」


 マリーの身体が赤い線を中心にずるりとずれ、上半身が地面へと落ちた。

 逆さ吊りになった蜘蛛の下半身から、体液が流れ落ち続けている。

 死んだふり、ではないだろう。明らかに絶命している。


 俺は何が何だかわからなかったが、ふと自分のぴんと張った人差し指へと目線を落とし、そこでようやく全てに気が付いた。

 どうやらマリーを探してあっちこっち向いているときに、展開していた《次元閃ロムスラッシュ》が偶然マリーに当たってしまったらしい。


 …………思ったより、大した魔物ではなかったらしい。

 知性があるというだけで構えすぎたか。


「出しっぱなしは危険ですね」


 俺は一人そう呟いた。

 《次元閃ロムスラッシュ》を中断しようかとも思ったが、止めれば効率的にラーニョを減らすことはできない。

 もう少し扱いには気を遣った方がよさそうだ。


 ……ひとまず、マリー以外の四姉妹とやらを探してみた方がいいかもしれない。

 どうやら意思疎通を取ることは可能なようだった。

 上手くいけば、魔王に関する大きな情報を得ることも難しくはないはずだ。

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