第五十話 蜘蛛女との死闘(side:ポメラ)

 リリーはぐぐっと背筋を反らして背伸びをした後、気味の悪い笑みを浮かべ、一気にポメラへと向かってきた。

 リリーは完全にコトネからポメラへと狙いを移していた。


炎魔法第七階位|紅蓮蛍の群れ《フレアフライズ》!」


 ポメラは続けて魔法を発動する。

 十を超える火の球がリリー目掛けて向かっていく。


 直線的な《雷霊犬の突進ライラプスファング》で当たらなかったならば、追尾機能と手数のある《紅蓮蛍の群れフレアフライズ》ならば当たるかもしれないと考えたのだ。

 だが、それらの火の球もリリーの動きには追い付けず、狙いを外して地面に落ちて、小さく爆ぜて消滅していった。

 唯一当たりそうだった一球も、リリーの爪によって掻き消されていた。


「そそ、それだけ、ですか? ねぇ……それだけ、ですか、かかか?」


 まるでリリーに攻撃が通る気配がなかった。

 手数頼みの《紅蓮蛍の群れフレアフライズ》でもせいぜい腕で防がせるのが関の山だが、それではまるでダメージが通っている様子がない。


「う、嘘……ポ、ポメラ、カナタに修行をつけてもらって……あんなに強くなったはずなのに……」


 ポメラの大杖を持つ腕が震えていた。

 敵わないにしても、もう少しは善戦できると思っていたのだ。

 リリーはポメラより遥かに格上の相手であった。


 今の距離はまだ、魔術師であるポメラの間合いであった。

 ここで追撃を撃たなければ、あっという間に距離を詰められてリリーの得意とする白兵戦の間合いまで持ち込まれてしまう。


 そうわかっていても、ポメラは次の魔法を撃てないでいた。

 何を撃っても、当たるビジョンが見えなかったのだ。


「フン、やはり中身は甘ちゃんだな……自ら考えて、死地へ向かったのだろう? このくらいの出来事は、覚悟しておくべきであったな」


 ロズモンドはそう言うと、十字架を構えてポメラの前に出た。


「ロ、ロズモンドさん!? 何を……!」


「よいか? 我が奴の気を引く! その隙に、あの雷を全力で撃ち込んでやれ! この我が体を張るのだぞ? 好機を逃せば容赦せんぞ!」


「む、無謀です! あんなの相手に……失敗したら、死んでしまいますよ!」


「だから甘ちゃんだというのだ! 貴様は、敵が魔王だと知って仕事を引き受けた! 失敗すれば死など、ここに来た時点で覚悟するべきなのだ! なに、そう簡単に死なぬために、我はこの重装備なのだ!」


「ロ、ロズモンドさん……」


 リリーは向かってくるロズモンドを見て、憐れむように首を振った。


「そそ、そんな動きで、この私に一矢報いれると思い込むなんて、カ、カワイソウ……です、です」


「くらうがいいっ!」


 ロズモンドが十字架の大振りをリリーへと放った。

 だが、十字架はあっさりとリリーの前足に弾かれ、ロズモンド自身も派手に突き飛ばされて地面を転がっていく。

 壊れた鎧や籠手が散らばり、割れた山羊の仮面が地面に取り残されていた。


 ポメラはロズモンドの言う通りリリーへと常に大杖を向けていたが、リリーには一分の隙もなかった。


「む、無駄、無駄無駄……です、です」


 ヒヒヒヒ、とリリーが笑う。

 リリーはそのまま倒れているロズモンドへと向かっていく。


「……外すでないぞ、ハーフエルフの小娘よ」


 ロズモンドは十字架を構えながら、ニヤリと笑う。

 

土魔法第七階位|大地爆轟《グラウンドボム》!」


 ロズモンドのすぐ前方の地面が剥がれ、大きな土の塊を象っていく。

 カナタとの戦いでもみせた、ロズモンドの必殺技である。


 だが、《大地爆轟グラウンドボム》は爆弾にした塊を遠くへ飛ばすだけの推進力がなく、爆発の範囲が広すぎるためにロズモンド自身を巻き添えにする。

 今の鎧の剥がれた状態で行うのは危険であった。


 しかし、危険は既にロズモンドも承知である。

 今更ポメラが止められるものではない。

 ポメラにできることは、ロズモンドの覚悟を無駄にしないことであった。


 ポメラは大杖を構え、精神を集中させる。

 ロズモンドが爆風を巻き起こせば、リリーに《雷霊犬の突進ライラプスファング》を当てられる好機は必ず訪れるはずであった。


「消し飛ばしてくれるわ!」


 ロズモンドの叫び声と共に、《大地爆轟グラウンドボム》の範囲爆撃が巻き起こった。


 範囲が広すぎるが故に、リリーも回避行動を取るのが間に合っていなかった。

 自爆技だとは知らなかったらしく、呆気に取られた様子で《大地爆轟グラウンドボム》の爆風に巻き込まれていく。


「ありがとうございます、ロズモンドさんっ! 《雷霊犬の突進ライラプスファング》!」


 ポメラの大杖より、雷の獣がリリーへと疾走していく。


「そ、そんな小賢しい真似をしても、音で丸わかり……!」


 リリーが大きく跳び上がり、爆風から脱出した。


「は、外れた……」


 ポメラは大杖を持つ手をだらんと下に垂らした。

 だがそのとき、空からリリー目掛けて、何かが一直線に落下してきていた。

 

「《気紛れ王女の断頭台フリーキーブレード》!」


 コトネであった。

 自身の背丈ほどある真っ赤な刃を両手で支え、リリー目掛けて一直線に落ちてきていた。

 柄も何もない、ただの分厚い赤の刃であった。


 コトネもロズモンドの作った隙を突くため、時空魔法の《短距離転移ショートゲート》で空へと飛んでいたのだ。


「こ、こここ、こんなものっ……!」


 リリーは右手でコトネの刃を弾き飛ばした。

 だが、リリーの右腕が切断され、彼女自身も下へと弾き落されていた。

 リリーの体液が辺りに舞った。 

 リリーが地面へと叩き付けられる。


「きっ、きゃぁああああああっ! あ、熱い! 痛い! わわ、私の腕……私の、右腕……!」


 リリーが自身の腕の、切断面を逆の手で押さえる。

 そこへポメラの放った雷の獣が突進した。

 リリーの身体を雷が貫く。


「がはっ!」


 リリーの身体がぐらつき、ついにその場にぐらりと倒れた。


「よ、よかった……」


 ポメラは安堵の声を漏らし、それからロズモンドへと駆け寄った。


「ロズモンドさん! す、すぐに治療しますからね!」


「フ……よくやったぞ、小娘」


 ロズモンドはその場で立とうとしたが、再びその場に倒れ込んだ。


「無理しないでください!」


 遠巻きに見ていた冒険者達から歓声が上がった。


「あ、あの化け物を、倒せたのか?」

「すげぇ! あの魔術師、《軍神の手アレスハンド》でさえ敵わなかった敵に、止めを刺しやがったぞ!」

「ロズモンドも、よくあんなのに飛び込んだもんだ……」


 ポメラがロズモンドの傍まで来たとき、ロズモンドは遠くの冒険者達を眺めていた。


「……フン、逃げないでよかったかもしれんな。我がいなければ、あの蜘蛛女を殺し損ねておったであろう」


「そうですね。凄く、助かりました」


 ポメラがくすりと笑い、そう答えたとき……すぐ近くで、リリーがむくりと起き上がった。


「かかか、勝手に、死んだことにされても、困ります、すす、よ?」


「う、嘘……」


 ポメラはリリーを見て、呆然と呟いた。


「す、少しばかり、身体が麻痺して倒れていただけですよ、よよ? まさか、ほほ、本気で、あれっぽっちの魔法を連打しただけで倒せると、思われてしまったんですか、かか?」


 リリーが右腕を押さえる。

 肩が激しく痙攣したかと思えば、新しい右腕が生えてきた。

 リリーはポメラとロズモンドの表情の変化を眺め、満足気に笑った。


 盛り上がっていた冒険者達も、しんと静まり返っていた。


「たた、たかだかニンゲン数人で、私達を倒しきれると思ってしまうなんて……ああ、本当に、ニンゲンって浅はかで哀れ……です、です!」


 リリーがポメラへと飛び掛かってくる。

 ポメラが死を覚悟した、そのときであった。

 突然地面から現れた巨大な二つの腕が、リリーを捕捉していた。


「えっ……? え、え?」


 リリーが困惑気にそう漏らしたその次の瞬間、二つの手がパァンと打ち鳴らされた。

 ぽとりとリリーの拉げた肉塊がその場に落ち、二つの腕は消えていった。


「あ、あああ、有り得な……い……何、が?」


 リリーは最期にそう言い残し、ぐったりと首を倒して息絶えた。

 ポメラが振り返ると、申し訳なさそうな顔をしたフィリアが立っていた。


「ごめん……ポメラ。あ、あのね、フィリアね、その……タイミング、わからなくて……も、もっと早い方が、よかった、よね? ……ポメラ、怒ってる?」


 ポメラはしばし無言だったが、ゆっくりと首を振ってフィリアの頭を撫でた。


「……いえ、フィリアちゃん、ありがとうございました。でも、その……できれば、ロズモンドさんにもごめんなさいしてあげてください。ポメラも、一緒に謝りますから……」


 ロズモンドは、腑に落ちないぶすっとした表情でフィリアを眺めていた。

 遠くにいた冒険者達は何が起こったのか全く理解できていないらしく、今なおしんと、静まり返っていた。

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