第四十九話 末女リリーの襲撃(side:ポメラ)

「おい、街壁の上に何か立ってるぞ」

「人間じゃなくないか? 魔物か?」


 コトネが発見したのに続いて、他の冒険者達も半身が蜘蛛の少女の存在へと気が付き始めた。


 少女は独特の威容を放っていた。

 その目はぐるぐると動き、両目の先が一致していない。

 口許からは、常にだらしなく涎が垂れていた。

 控えめに開かれた口から、赤紫の毒々しい牙が覗いていた。


「あ、あれは、ただの魔物ではないぞ……」


 ロズモンドは少女へ十字架を向けながら、そう漏らした。


「わ、私は、私は、お母様の四姉妹の一人、末女のリリー……です、です」


 リリーと名乗った化け物は、ぺこぺこと卑屈なほどにその場で頭を下げる。

 その間も、口からはだらだらと涎が垂れ流され続けていた。


「お母様の命令で、あ、貴方達を、食べ尽くさせていただきます。失敗すると、きっとマリーお姉様が私を苛めるので、あ、あまり抵抗しないで食べられていただけると、私はとても助かります……です」


 リリーが大きく口を開ける。

 口の中で、血と粘液が糸を引いている。

 指のようなものがポロポロと漏れた。

 ここに来るまでに、既に何人も喰らっているようであった。


 居合わせた冒険者達が恐怖に身体を竦めたその直後、リリーは笑い声を上げながら街壁の上から飛び降りた。

 奇妙な動きで空を舞い、冒険者達の許へと向かう。

 どうやら壁に糸をつけ、自身の空中での動きを制御しているようであった。


「ヒ、ヒヒヒ、ヒヒヒヒ……!」


 リリーは冒険者達の集まっている場所へと着地し、同時に腕を大きく振るった。

 それだけで、その場にいた冒険者達数名の身体の一部が綺麗に抉り取られた。

 肩や脚、抉り取られた肉の塊が、血を噴き出しながらその場に転がる。


「ニンゲンって、ニンゲンって……ああ、ああ、脆いです、です」


 リリーは落ちていた腕を掴んで空に掲げ、落ちてくる血を口で受け止める。

 頬についた血に舌を這わせて舐めとり、恍惚気に微笑む。

 明らかにただのラーニョとは格が違う。

 あちこちから悲鳴が上がる。


 近くにいたコトネがすかさず移動し、リリーへ向けて《古代の巨人斧エンシェント・ギガントアックス》を振るった。

 リリーが不自然な動きで宙に浮かび、その一撃を躱した。

 降りた際につけていた糸が残っていたのだ。


 リリーはコトネの振り下ろした巨斧の上に乗り、彼女を見下ろす。


「り、立派なのは、持っている武器だけ、です? ああ、ニンゲン、カワイソウ」


 コトネは巨斧から距離を置く。


時空魔法第八階位|異次元袋《ディメンションポケット》」


 コトネの両腕が輝き、黄金の輝きを帯びた鎧籠手が現れる。


「《魔竜皇の鉤爪エルドラゴ・ガントレット》」


 リリーは巨斧を蹴り飛ばし、コトネへと突進する。

 リリーが指を張れば、その先から赤紫の毒々しい爪が伸びる。

 両腕を激しく振るい、コトネへと爪を用いて襲い掛かる。


 コトネは辛うじて爪の連撃を籠手で弾いていたが、後退させられていた。

 爪を振るわれるごとに、籠手の動きが間に合わなくなっていっていた。


「じょ、冗談であろう? まさか、いきなりS級冒険者と互角以上に戦える刺客が現れるなど……」


 ロズモンドも、遠くからその様子を眺めて呆然としていた。

 これまで《軍神の手アレスハンド》のコトネは、戦ってきた魔物をほとんど瞬殺してきたという伝説を持っていた。

 だが、現れたリリーと称する魔物は、明らかにコトネ以上の力を有している。


「は、早くいきましょう、ロズモンドさん!」


 ポメラから声を掛けられ、ロズモンドはびくりと身体を震わせた。


「え、S級冒険者が敵わない相手であるぞ! 死にに行くつもりか? そもそも、我の魔力は既に……!」


 ポメラはロズモンドの返答を聞かず、先にコトネの許へと駆け出していた。

 ロズモンドはその場に立ち尽くしてポメラの背を眺めていたが、首を振って彼女の後を追って走り出した。


「じょっ、上等であろう! マナラークの冒険者の意地を、見せてくれるわ!」


 リリーはコトネに爪撃の連打をお見舞いしながら、前足を用いて彼女の足を払った。


「うっ」


 コトネは倒れそうになったのを誤魔化すために、宙へと跳んだ。

 リリーはその動きを読んでいたとばかりに、コトネの腹部へと目掛けて爪撃を叩き込もうとした。


「甘く見ないで」


 コトネは身体を捻って回避し、リリーの顔面に鋭い蹴りを放った。


「ヒウッ!」


 リリーが顔を押さえて下がる。

 コトネは前進し、リリーの腹部へと籠手の手刀の一閃を放つ。

 リリーの体液が辺りに舞った。


「い、いだい、酷い、いい……ニンゲン如きのクセに、私の身体に傷を、傷を……!」


 一撃入れたのはコトネだったが、彼女も眉を顰めていた。

 ポメラも見ていて恐怖した。傷が、あまりに浅いのだ。

 あの程度の攻撃では、何度か入っても致命打にはなり得ない。


 リリーが大きく背後へ飛んだ。

 同時に、地面に突き刺さっていた《古代の巨人斧エンシェント・ギガントアックス》が一人でに動き出し、刃で地面を削りながらコトネへと直進していった。

 リリーは、巨斧の刃に乗った際に、既に糸を付着させていたのだ。


 一瞬理解に遅れたコトネは、回避するタイミングを失った。

 籠手を交差し、巨斧の一撃を受け止める。

 だが、軽々と吹き飛ばされ、地面に身体を打ち付けながら転がっていった。


「ここ、この斧……いい、かも。気に入った……かも」


 リリーが焦点の合わない目を細め、嬉しそうにそう口にする。


精霊魔法第八階位|雷霊犬の突進《ライラプスファング》」


 ポメラはリリーを目掛け、大杖を向ける。

 魔法陣が展開され、獣を象った雷の塊が生じた。

 獣は一直線に駆け抜け、大地を抉りながらリリーへと突進していった。


 リリーはポメラに目を向けると、それを軽やかに宙に跳んで回避した。

 獣はリリーの足の下を綺麗に抜けていった。


「う、嘘……」


 ポメラは《雷霊犬の突進ライラプスファング》が最も頼りにしている魔法であった。

 速さも威力も、彼女の魔法の中では最大である。

 アルフレッド相手にあっさりと勝利を収め、早々格上と出会うことはないのではなかろうかと考え始めていたところであった。


「どど、どうしました、かかか? そ、そんな直線的な攻撃……これだけ距離があって、当たるわけない、のに、のに……」


 リリーはへらっと笑い、ポメラを小ばかにしたようにそう口にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る