第四十一話 土ニ潜ム者

 魔法都市マナラーク近隣の森奥、その地中深くには巨大な空洞が生じていた。

 その大きさは都市マナラークの大きさを一回りは超えていた。


 広大な土壁にはぎっしりと隙間なく、大小様々なラーニョが犇めいている。

 冒険者ギルドが危険視していた巨大ラーニョだけでもざっと百以上、他にもまだ目撃報告の上がっていない変異個体に溢れていた。

 正にそこは、ラーニョの地下帝国であった。


 そしてその空洞には、多くの魔物や人間が糸で全身を巻かれて吊るされていた。

 その多くは既に絶命していたが、中には生きている者もいた。


「たっ、助けてくれ! 助けてくれぇっ! 誰か、誰か……」


 男は逆さ吊りにされながらも、必死にとうに潰れた喉を酷使し、助けを呼び求めていた。


「貴方……煩いですのヨ」


「人がいるのか!? 助けて……」


 男は相手の姿を見て顔に希望を灯したが、次の瞬間にそれは絶望に変わる。

 人間の少女のような上半身を持っていたが、下半身は化け蜘蛛となっていたのだ。

 化け物は赤色の派手な髪を持ち、顔立ちは整っていたが、見開いた鋭利な眼には鈍い光が灯っており、口から覗く牙は彼女の残虐さが表れていた。


「ばっ化け物ォ!」


 男が叫ぶ。

 化け物はその声を楽しむように微笑み、大きく口を開いて彼の頭部を潰した。

 男は顔面から多量の血を流しながら、地面へと落ちた。


「処分しておきなさい」


 化け物が言えば、無数のラーニョが寄ってきてすぐさま男の身体を喰い荒らし始めた。

 背後から肉が潰れる咀嚼音が響く。

 既に男に何の関心も抱いていない化け物は、振り返ることなく淡々と空洞の中を進んでいき、何かを探す様に首を回していた。


「マザー、マザー」

 

「どうしたのだい? 妾の可愛い、三女マリーや」


 呼び声に答え、壁の一角が動いた。

 化け物、三女マリーの、五倍近い背丈を持つ巨人であった。


 マリー同様に大きな蜘蛛の下半身を有した女であったが、その顔面はマリーのような可愛らしさはない。

 肌は土肌のようにごつごつとしている。

 大きさの異なる不均一な灼眼が蠢き、大きく裂けた口を持っていた。

 手には、巨大な刃のような爪が四つついている。

 蜘蛛の下半身には巨大な翡翠色の水晶が埋め込まれていた。


 彼女こそが、魔法都市マナラークを騒がせる蜘蛛の魔王であった。


「マザー……ニンゲンがここを、気付き始めているみたいですのヨ」


 マリーの手のひらには、小さな蜘蛛が乗っていた。

 偵察用の小型種のラーニョであった。

 都市に紛れ込ませ、内情を探っていたのだ。


 マリーの言葉に、マザーが大きく裂けた口を開いて笑う。


「世界の力を得てから、我が子らを増やしすぎたものね。管理しきれなくなった我が子らが表に漏れていたのだから、フフフ、気づかれるのは時間の問題だった」


 マザーはそう口にして、身体に埋め込まれた翡翠の石を手で撫でる。


「でもまさかニンゲン共も、妾らがここまで強大になっているとは思いもよらないでしょうねぇ」


「そうですのヨ。マザー、ここまで警戒する必要なんてなかったのヨ。あんな都市一つくらい、マリーだけでも充分なのだもの」


「しかし、気をつけなさい、我が愛娘マリーよ。予言ではね、決して慢心するなと出ているの」


「大丈夫よマザー。マリーがこんな下等生物に、後れを取るとお思いなの?」


 マリーがぺろりと赤紫の舌を伸ばす。

 その先には、先ほど顔面に喰らいついた男の眼球があった。


「マリーのお姉様方も、ニンゲンなんかに後れを取るような魔物じゃないのヨ。もっとも……末女リリーなら、わからないかもしれないけれど」


 マリーがくすりと笑った。


 マザーは彼女の寵愛を受ける四体のラーニョの変異体を、四姉妹と称して大事にしていた。

 長女ドリー、次女メリー、三女マリー、末女リリーの四体である。


「まぁ、気づかれたのならば、コソコソと隠れている意味もなくなったわ。末女リリーに、ラーニョを引き連れて都市へ向かわせなさい」


「マザー、マリーやお姉様は? マリーも、ニンゲン狩りがしたくてしたくて堪らないですのヨ。活きのいい冒険者の四肢をもいで、嬲り殺しにしてやりたいわ」


「マリーや、よくお聞き。どこの集団にも、極端に強いニンゲンが少数混ざっているものなの。まずは末女リリーを向かわせて、そういったニンゲンを洗い出し、同時にこの程度だと油断させるのよ。リリーだけで片がつくのなら、それはそれで結構なこと」


「……仕方ないですのヨ。マリーは、マザーに従うですのヨ」


「もしも末女リリーを破るようなニンゲンがいれば……そのときはマリー、貴女と次女メリーの役目よ。長女ドリーまで役目を回さないで頂戴ね。あの子は、この妾の命令さえ聞かない暴れん坊なのだから」


 マザーの言葉に、マリーがにんまりと笑った。


「わかりましたですのヨ、マザー」

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