第四十二話 戦いの朝

 冒険者ギルドの会議があった翌日の早朝、俺はポメラ、フィリアと共に冒険者ギルドへと向かっていた。

 ガネットの依頼を受け、魔王の侵攻に備えた街の人の集団移動の護衛に付き添うためである。


「いつ魔物の大群が現れるかわかりません! 速やかに貴重品を持って外に出てください!」


「そ、そんなこと、急に言われても困るぞ! 魔獣など、追い返せばいいではないか! この都市にはS級冒険者のコトネ様もいらっしゃるのに!」


 街は大騒ぎになっていた。

 領主の私兵や冒険者が走り回り、避難勧告を行っていた。


「カナタさん……わかっていたことではありますが、とんでもないことになってきましたね……」


 ポメラが周囲を窺い、そう零した。


 ポメラの気持ちはわかる。

 冒険者会議の段階で、なんとなく今が異常事態らしい、ということはわかっていた。

 街の様子を見て、ようやく事の重みを実感させられたのだろう。

 俺も同じだった。


 ガネットは依頼を無視し、早々に単身で逃げても恨まないと、俺達にそう言った。

 そのことから察するに、高位の冒険者であっても、魔法都市からの脱出に手間取れば命に関わる事態なのだろう。

 自分だけ逃れるのと、守るべき対象を大勢引き連れて移動するのでは全くわけが違う。


 少し、軽々しく引き受けてしまったかもしれない。


「……ポメラさんとフィリアちゃんだけでも、先に別の都市へ移動してもらうべきだったかもしれません」


「何を言っているのですか、カナタさん。ポメラは、どんなに危なくても、カナタさんに付き添いますから!」


 ポメラは力強く握り拳を作り、そう言ってくれた。


「……それに、フィリアちゃんが危ないくらいだったら、この都市の人間なんて誰も助かりませんよ」

 

 ポメラがちらりとフィリアへ目をやった。

 フィリアは気合を入れ、ふんと鼻息を漏らしていた。


「任せて、ポメラ! フィリア、いっぱいラーニョぶっ殺すから!」


 ……フィリアが心強すぎる。

 ただ、あまりフィリアに暴れられると、どんどんポメラが化け物染みた人間として街の人達に記憶されていくことになってしまう。


「……フィリアちゃん、その、ほどほどに頑張ってね」


「うん! カナタの言う通りにする! ほどほどにぶっ殺す!」


 その物騒な物言いはどうにかならないのだろうか。

 俺が苦笑していると、背後から妙な視線を感じた。


 気のせいかと思ったが、フィリアが同時にびくりと身体を震わせて振り返っていた。

 怯えた様子で周囲を見回している。

 俺も足を止めて周囲を見るが、怪しい人影は見つからない。


「……カナタさん、今、誰かにつけられていましたね」


 ポメラがムッとした表情で背後を睨む。

 エルフは精霊の扱いに長けているため、人の気配を読むのも得意なのだ。


「アルフレッドかもしれません。正々堂々の決闘であれば、あんな男がカナタさんを害せるとは思いませんけれど……気を付けてくださいね」


 ポメラの言葉に、俺は小さく頷いた。


『……俺は執念深いんだ。あんなもので勝った気でいるなよ。クク……会議の趣旨は知らんが、どうやら絶好の機会が用意されたようだ。この俺に恥を掻かせてくれたことを、必ず後悔させてやるぞ』


 冒険者会議で顔を合わせた際、あいつは確かにそう言っていた。

 あれだけ言って、何も仕掛けてこないとは思えない。

 危険な護衛の依頼中に足を引っ張ってくることも考えられる。


 フィリアがじぃっと、目を見開いて一か所を睨んでいた。

 彼女の表情には怯えがあった。


「……フィリアちゃん?」


「前に感じた……嫌な感じがする。フィリア、怖い」


「前に……?」


 フィリアの言葉に、以前黒ローブの魔術師にフィリアが挑み、一蹴された時のことを思い出した。

 ……あのときは顔が見えず、有り得ないとその可能性を消していたが、今思えば、彼女はルナエールであった可能性が高い。


 もしや、本当に俺の様子が気になって追いかけてきて、周辺をうろうろしていたのだろうか?

 仮にそうだとすると…………正直、ちょっと嬉しい。


「い、いるんですか? ルナエールさん……じゃあ、ないですよね?」


 声を掛けるが、反応はない。

 既に、何者かの気配がこの場から失われているように感じた。

 捜してみようかとも思ったが、その時間はない。

 余裕を以て出てはいるが、冒険者ギルドの約束の時刻に遅れるわけにはいかない。


「……行きましょう。本当に俺達がつけられていたのかは、わかりません」


 俺が諦めて前へと身を翻したとき、黒外套を纏い、山羊の仮面をした人物が目についた。


「貴様らもギルドへ向かうところか。……フン、悔しいが、貴様らがいれば護衛は安泰であろうよ」


「ロズモンドさん!」


「山羊のお姉ちゃん!」


 フィリアがロズモンドへと嬉しそうに近づく。

 ロズモンドは大きく退きながら、慌てて金属製の十字架を構えた。


「わ、我に何をするつもりだ! このワッパめが! ま、前の時のように行くとは思わぬことだな!」


 ……ロズモンドは明らかにフィリアに怯えていた。

 ラーニョ狩りの際に纏めて吹き飛ばされたのがやはりトラウマになっているようだった。


「ご、ごめんなさい……?」


 フィリアがきょとんとした表情でロズモンドへ謝った。


「ロズモンドさんも都市に残っていたんですね」


 ロズモンドは冒険者会議では、魔王の可能性が浮上した時点で、一刻も早くこの魔法都市から離れたいと口にし、ギルドの職員と口論になっていた。

 もう魔法都市にはいないかもしれないと思っていたのだ。


「報酬は弾むと、あの狸爺が口にしたのでな。なに、都市を守るわけではない。そう危険はなかろう」

 

 ロズモンドはそう言ってから、大騒ぎ状態の街へと目をやった。

 あまりスムーズに住民達の了承や理解を得られてはいないようだった。

 この状態だと、住民達の逃げる準備が整うまでに、予定よりも時間が掛かるかもしれない。


「……我は、この魔法都市マナラークで育ったのだ」


 ロズモンドがぽつりと漏らす。


「幼い頃に親を亡くしたが……親の友人と、その知人が助けてくれてな。仕事の世話もしてもらったし、冒険者のパーティーに参加させてもらったこともある。冒険者としてのノウハウや、魔法や剣の扱いを学んだこともあった。ある意味、このマナラークが我の育ての親のようなものでもある」


 人を威圧するような、いつもの声調ではなかった。

 俺とポメラは黙ってロズモンドの話の続きを聞いた。


「悔しいではないか。大きな力を前に、ただ逃げ出して故郷を失うなど。せめて、何か我にできる抵抗をしたかったのだ。ここが魔物の手に落ちることに変わりはなくともな。ただ、それだけだ」


「ロズモンドさん……」


「……くだらん感傷だ。口で言うほど、人は非情になりきれんものだな」


 ロズモンドが息を吐いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る