第三十九話 ギルドの決断
「冒険者ギルドの調査したラーニョ騒動の見解について、儂の口から述べさせていただく」
面子が揃ったところで、ガネットが席を立った。
「冒険者ギルドは、ラーニョの異常発生が、魔王の出没によるものであると結論付けておる。同系統の魔物の大量発生、上位種の出現、どちらも魔王の影響によって発生する魔物災害であるからだ」
ガネットがそう説明すると、冒険者達がざわつき始めた。
「ま、魔王だと? 嘘だろ?」
男魔術師が、怪訝そうに口にする。
「冗談じゃない。そんな気軽に、魔王が現れて堪るものか」
アルフレッドも顔を真っ青にしていた。
あれだけポメラに対しても肝が座っていたアルフレッドも、魔王は怖いらしい。
ロズモンドは机に膝を突き、大きく息を吐いていた。
「もしかしたら、そうかもしれんと思っておったわ。チッ、去るならば、他の住民に知られる前がいいか」
「ロ、ロズモンドさん、何を!」
ギルド職員側の人間が、ロズモンドの言葉を非難した。
「何が悪い? 貴様らの命令で命を擲つ義理などないわ。我の生き様も、我の死に場所も、我が決める。貴様らの都合なんぞどうでもよいのだ」
「だからと言って、今言わなくても……!」
「やめい」
ガネットが職員を睨んだ。
「ロズモンド殿、無論、その辺りも踏まえて話をさせていただく。危険に見合った対価は用意する、という意味だ。今は儂の言葉を聞いてもらえんか? その後に、この都市を去るなり、好きにしてもらっても構わぬ。そのときは、止めもしなければ、当然責めもせん」
「ハッ、当たり前であろう」
ロズモンドはガネットの言葉を鼻で笑ったが、そこで言葉を区切った。
黙ってガネットを見るロズモンドは、どこか寂しそうでもあった。
俺は魔王というものは、薄らとした知識でしか持っていなかった。
だが、場の空気で理解した。
魔王の出現は本当にただごとではないのだ。
ロズモンドは、既に魔法都市マナラークが手遅れであると考えているようであった。
そしてそれを、ガネットや周囲の冒険者達も受け入れている。
そのとき、コトネがすっと手を上げた。
周りの集まった視線を煩わしそうに睨んだ後、口を開いた。
「……本当に、魔王? 別に大量発生も、上位種の出没も、魔王出現の弊害に限った魔物災害ではない。断定する根拠になるとは、私にはとても思えない。それに、ラーニョの大量発生自体はかなり長期的に傾向があったもの。魔王だとすれば、動きが遅すぎる。もっと変わった異常現象が目についていないのはおかしい」
淡々とした声色だった。
コトネは言い終えると、目を瞑りながらすっと手を下ろした。
「そ、そうだ。魔王出現は、あまりに飛躍的過ぎる」
男冒険者が、コトネの言葉を聞き、気がついたように大きく頷いて同意を示していた。
コトネは他の冒険者からの信用も大きいらしい。
実力はロズモンドも認めていた。この世界に来て、それなりに長いのかもしれない。
「ただの上位種の出没であれば、そうであっただろう。だが、ポメラ殿が見つけた大型ラーニョの目撃箇所と、アルフレッド殿の見つけた大型ラーニョの目撃箇所は大きく離れている。おまけに、更に別の地でも奇妙な地面の跡が報告されている。恐らく、これも大型ラーニョのものであろう」
三箇所、離れた地で大型ラーニョの出没が確認された、ということか。
しかし、それが何になると言うのだろうか。
「通常、同じ上位種の出現が、ほぼ同時期に広範囲で行われるなど、そんなことはあり得んのだ。もしかすれば偶然ということはあるかもしれん。だが、それも二箇所までだ。三箇所はない。奴らは、同じ場所で生まれたのだと考えられる」
ガネットは羽ペンを手に席を離れ、壁に貼ってあった大きな地図の三箇所にばつ印を付けた。
「この三箇所が、目撃された位置だな。そして、この五箇所が、こことは別に、ラーニョの大群の目撃情報があった場所である」
ガネットが新たに五つの印を付ける。
それから、八つの印を線で繋げ始めた。
歪ではあるが、大きな半円のようになっていた。
冒険者達からどよめきが上がった。
魔王は早とちりではないかと指摘したコトネも、無表情ながらに冷や汗を流していた。
ガネットは指を円周に沿わせ、それから大型ラーニョの出現位置の三箇所を指で叩いた。
「何故か、ある一点を中心にするようにラーニョが出現しているのだ。おまけに、ラーニョが現れるのは、大きな丘の低い位置ばかりなのだ」
「そ、それがどうしたというのだ!」
男魔術師が机を叩き、野次を飛ばす。
だが、ガネットの言葉よりも、現実を直視したくない一心からの言動であるように思えた。
「前々から、妙だったのだ。最初は大群で行動するはずのラーニョの逸れた個体がちょろちょろと現れ、次に示し合わせたように、同時に都市周辺でラーニョの大群が現れるようになった。対峙した冒険者ならば知っているだろうが、ラーニョは穴を掘る」
ガネットが悔しげに握り拳を作りながら、そう説明した。
激情を抑えているかのような声だった。
そのことがむしろ、周囲の危機感を煽っていた。
「恐らく奴らは、地下に巨大な巣を作っておる。恐らく、この歪な円の中心地にの。おまけに、巣の主は、どうやらラーニョをなるべく表に出さないようにして、我々人間が気付くのを少しでも遅らせようとしておったようだ。我々が目についたのは、巣が飽和して地上に溢れたほんの一部であったのだ。明かに奴らの親玉には、邪悪な知性が宿っておる。こんな大規模の巣を作れて、かつ人間の動きを読める知性持ちの魔物など、普通に考えてあり得んだろう。魔王以外にはな」
部屋内が静まり返った。
コトネも、彼女に同調していた男魔術師も、ただ沈黙している。
「……魔王は、時間を与えれば与えるほど強くなる。最初に不自然なラーニョが発見された時点で誕生していたとすれば、もう初期の段階はとっくに超えておる。A級冒険者が十人や二十人で叩いたところで、どうにかなるレベルでは最早もうない。これは、国の危機なのだ。儂は既に、マナラークの冒険者だけで討伐できる規模はとっくに超えてしまっていると考えておる」
ガネットが話せば話すほど、空気が重くなっていく。
ロズモンドも黙りこくってしまった。
仮面をつけているので、どんな顔をしているのかもわからない。
アルフレッドも眉間に深い皺を寄せ、鼻をぴくぴくと震えさせていた。
「奴に知性があるならば、大型ラーニョが討伐されたことを知って、自身の存在に気づかれたことを理解しているはずだ。ここマナラークは、あまりに魔王の巣から近過ぎる。既に他の都市へ、避難民受け入れの連絡を飛ばしている。避難民には、最低限の荷物を持ち、魔王の巣を大回りしてこの都市から逃げてもらう。貴殿らには、魔王の襲撃に備えて、その護衛と殿を依頼したいのだ」
……やはり、ガネットも魔法都市マナラークを既に捨てるつもりでいるようだった。
簡単に出せる決断ではなかったはずだ。
何せ、ガネットは国内最大規模の研究機関の幹部であり、同時にこの都の冒険者ギルドのギルドマスターである。
自身のこれまで築き上げてきた功績や成果を、全て捨てるようなものだ。
だが、無用に粘って民の命を落とすよりも、その方がいいと考えたのだろう。
「儂に、貴殿らが先走って逃げるのを止めることはできん。しかし、魔王の存在を広めることだけは避けてほしい。無用な大混乱を招くことになる。ラーニョの群れがすぐにでも攻めてくる恐れがあると、それだけ住民達には伝えるつもりでいる。これからギルドで、集団避難の準備を進める。都市のために力を貸してくれるという者は、早朝の鶏の刻にまたここへ来て欲しい。報酬は弾む。交渉したい者は、今、この場で儂が引き受けよう」
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