第三十八話 コトネ・タカナシ

 座って待っていると、他にも冒険者達が姿を現し始めた。

 次々に椅子についていく。


「あの包帯を巻いた男がいるな。奴は《魔毒のルドガー》である。錬金術と土魔法、水魔法を駆使して、毒を中心に戦う陰湿な男だ」


 隣に座るロズモンドが、声を潜めて言う。

 彼女の目線の先には、青いローブで身体全体を覆い隠している男がいた。

 隙間から覗く顔や腕は、包帯に覆われている。

 そして、異様に指が長い。


 俺は小さく頷いた。


「奴には気をつけよ。この都市のA級冒険者の中では、最弱格だとされておるが、我の睨みでは実力を隠しておる。犯罪組織に加担しておったという黒い噂もある。何を考えているかわからぬ男だ。アルフレッドのようなわかりやすい奴よりも、ああいう手合いが危険なのだ」


 ロズモンドが小さく舌打ちをした。


「我はこの場に奴を呼ぶのは、反対だと警告してやったのだがな。まあ、貴様ならルドガー相手に正面から戦って遅れを取ることはなかろうが……奴は、どんな卑劣で残忍な手でも、平気で使ってきかねんぞ。せいぜい警戒しておくことだな」


「ありがとうございます、気をつけておきます」


「……いつの間にか、お二人共、仲良くなりましたね」


 ポメラが不思議そうな顔で俺とロズモンドを眺めていた。


「フン、面白くはないが、一応助けられたことには変わらんからな。あの程度、無論我一人でも切り抜けられただろうが。この都市のセンパイとして、最低限の忠告はしておいてやる」


 ロズモンドが、分厚い装甲に覆われた腕を組んだ。

 森では俺に決闘を挑んで自滅し、魔力が切れたところをラーニョに群がられ、フィリアに纏めて吹き飛ばされてすっかり凹んでいたようだが、魔法都市に戻ってからどうにかメンタルを回復したらしい。

 立ち直りが早い。


 冒険者会議の面子は揃いつつあるようであった。

 既にいる面子をロズモンドに簡単に紹介してもらったが、魔法都市の領主とその部下、冒険者ギルドの幹部、そして都市のA級冒険者が集められているらしい。

 A級冒険者はロズモンドに包帯男のルドガー、アルフレッドに加え、老人の魔術師と若い女の魔術師が一人ずつ来ていた。

 どうやら、A級冒険者はこれで全員のようだ。


「後は誰が来ていないんですか?」


「後は、ギルドマスターのガネットと、S級冒険者のコトネだ」


 俺は息を呑んだ。

 ……以前、フィリアの攻撃を往なした黒外套の女魔術師がいた。

 アレが、S級冒険者のコトネだったのだろうか。

 だとすれば、レベル2000以上は間違いない。

 下手な接触はしたくはなかったが……。


 そのとき、部屋の扉が開いた。


「急に招いておきながら、この儂が遅くなって申し訳ない」


 ガネットだった。

 彼に続いて、もう一人小柄な女が姿を現した。

 女が小さく、部屋内の人間に対して頭を下げる。


 黒い艶やかな髪の、色白の人物であった。

 年齢は、俺より一つか二つ、下くらいだろうか?

 軽装のローブに、両手には手の甲を守る簡素な籠手が付けられている。

 同じ高さで切り揃えられた前髪と、少し冷たい目つきが特徴的であった。


 顔つきでわかった。

 名前でもしかしたらと思っていたが、やはり彼女は日本人なのではなかろうか。

 俺は思わず、顔を少し伏せた。


「……奴が、《軍神の手アレスハンド》のコトネ・タカナシだ。ここ半年、冒険者としての活動は控えておるようだったが、あの狸爺に急かされて出てきたらしい」


 コトネが現れた瞬間、部屋内の空気が一気に張り詰めたのを感じた。

 A級冒険者達も、彼女には一目置いているらしい。


「コトネ・タカナシ……」


「知らんのか? S級冒険者で、《神の祝福ギフトスキル》持ちの異世界転移者である。無口で冷酷で、他者に無関心な無愛想な女だ。談笑しているところなど、目にしたことがない。ただ、奴の強さは、間違いなく魔法都市最強である。我の目から見ても、人外の域に立っておる。せいぜい敵対せんように立ち回ることだな」


 ロズモンドの口から、コトネが異世界転移者であることが明言された。

 どうやら彼女は、特に異世界から来たことを隠してはいなかったようだ。

 流れで公表せざるを得なくなってしまったのかもしれないが。


 恐らく《神の祝福ギフトスキル》というのが、ナイアロトプの口にしていた異世界転移特典、チートスキルという奴だろう。

 こちらの世界ではそう呼ばれているらしい。

 俺がナイアロトプの不興を買って手に入れ損ねた、この世界の勇者になり得る力だ。


 ロズモンドも言っていたが、警戒しておいた方がいいだろう。

 《軍神の手アレスハンド》というのがコトネの《神の祝福ギフトスキル》なのだろうか?

 《ステータスチェック》をしておきたいところだが、下手に使えば勘付かれかねない。

 相手も《ステータスチェック》を持っているはずなのだ。


 コトネは無表情で、空いている席へと歩いていった。

 立ち振る舞いや表情から、冷たい雰囲気を感じる。

 他者に無関心、というのは本当の話らしい。

 コトネは冒険者活動からは手を引いていたようだが……こんな人でもきっちり連れ出してくるガネットは、やっぱり凄いのかもしれない。


「あれ? ……カナタさん、あの人、前にフィリアちゃんを軽くあしらった人とは別人ですね?」


 ポメラに言われて、俺も気がついた。

 全く格好が異なる。

 それに、遠目だったが、髪の長さも全然違う気がするのだ。

 多分、髪の色も黒ではなかった。

 しっかり確認できていたわけではなかったが、間違いなく暗色系ではなかった。


 コトネの他に、まだ要注意人物がこの魔法都市には潜んでいるのか……?


 俺は額を押さえ、必死にあのときの記憶を探っていた。

 身長も、もう少し低かったかもしれない。

 それから髪も、肩の下くらいまでは長くて……。


「あれ、あれやっぱり、ルナエールさんだったんじゃ……?」


 い、いや、しかし、《地獄の穴コキュートス》であんな綺麗な別れ方をしたのだ。

 その後すぐ追いかけてくるなんて、まさかそんなことがあるだろうか?

 そもそも、外に出たなら出たで、俺に声を掛けてくれない理由が全くわからない。


 いや、だが、どれだけ思い返してもルナエールだったとしか思えない。

 駄目だ、思考が偏ってしまっている。

 俺は小さく首を振った。


「どうしましたか、カナタさん?」


「いえ、なんでもありません」


 ルナエールが俺に会いに来てくれたのでは、とは考えたいが、そんな都合のいいことがあるはずがない。

 わざわざ俺なんかのために永い禁を破って《地獄の穴コキュートス》の外に出て魔法都市まで来てくれて、そこまでしてくれたのに俺に声を掛け損ねてふらふら魔法都市を彷徨っているなんて、まさかそんなわけがない。

 確かにルナエールは永く《地獄の穴コキュートス》奥地にいたためかちょっと恥ずかしがり屋で、そのせいかたまに変な方向に暴走することがあるが、さすがにそんな……。


「……なんでもありませんが、時間ができたら、ちょっとこの都市で人探しをしてみたいと思います」


「は、はあ? カナタさんがしたいことがあるならば、ポメラは手伝いますけれど……」


 ポメラが不思議そうに首を傾げる。

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