第三十七話 冒険者会議
渋るフィリアを宿屋に残して、俺とポメラは尖り帽子の男に続いて冒険者ギルドへと向かうことになった。
フィリアも実力的には申し分ないだろうが、何せただの子供ということで通している。
力のセーブもあまりできない子であるし、出自も色々と吹っ飛んでいる子なので、極力こういった場に連れて行くことは避けた方がいい。
「あの、お名前を伺っても?」
俺は夜道を歩きながら、尖り帽子の男へと尋ねた。
彼は軽く頷いた。
「ジルドだ。オレは主に、ガネットさんの補佐を行なっている。二人の名は既に知っているから、紹介しなくていいぞ」
ガネットの直属の部下だったのか。
移動の馬車で居合わせたときも、妙にポメラに接触したがっていたように思う。
ガネットも俺達のことを、アーロブルクから戻ってきた部下から聞いたと口にしていた。
あれはジルドのことだったらしい。
「……魔王が、出没しているかもしれないんですよね?」
魔王についてはノーブルミミックから聞いたことがある。
突然現れる魔物の王のことで、魔物を指揮し、魔物の潜在能力を引き上げる性質を持っている。
そして本体は短い周期で自己進化を重ね、際限なく成長する。
魔王にも規模やレベルの差があるらしいが、最悪の魔物災害であると、そう恐れられている。
元々、ルナエールが人間を辞めてリッチになったのも、魔王に殺されたことが原因であった。
「……ああ、そうだ。どうやらこれまでの傾向から、ほぼ間違いないらしい。元々、ここまで単一の魔物が溢れるのがおかしかったのだ。もしかすると魔王の件が絡んでいるかもしれない、という噂は出ていた」
「そ、そんな……」
ポメラが顔を青くした。
冒険者ギルドが大騒ぎしていたわけだ。
魔王の討伐に失敗すれば、都市や国が簡単に滅ぶと聞いたことがある。
この世界は、基本的に圧倒的に魔物優位になっている。
それでも人間が滅んでいないのは、恐らくナイアロトプ達が生かさず殺さずに調整しているからだろう。
俺はそう考えて、胸糞が悪くなって歯を噛み締めた。
ガネットが周囲に止められながらも強引に冒険者ギルドの会議を抜けて、ポメラへの接触を試みたのもようやく納得がいった。
魔王の襲撃に備えて、A級冒険者であるアルフレッドを倒したポメラに、どうしても仲間になって欲しかったのだろう。
魔王が本当ならば、この魔法都市はとんでもない危機にある。
放置していれば魔法都市がなくなったっておかしくはない。
「冒険者を集めて会議を行うのは、魔王が本格的に動く前に先に叩こう、ということですか?」
この魔法都市マナラークには、S級冒険者もいるという話であった。
魔王がどのくらいの規模の相手なのかは俺にも見当はつかない。
「……A級冒険者が束になってどうにかなる相手だといいんだがな。ガネットさんは、どうやらそんな規模で考えていない」
「えっ……」
「今言えるのはこれまでだ。お前達には、最大限誠実に接しろとの御達しだ。だが、ガネットさんがどういう伝え方をするのか、そこまではオレは聞いていない。これ以上、オレの口から勝手な言い方で話すわけにはいかない」
ジルドがやや寂しげな目でそう言った。
俺は息を呑んだ。
どうやら事は、かなり重大らしい。
やがて冒険者ギルドに到着した。
そのままジルドについてギルドの二階の、普段は入れない、関係者用の奥の部屋へと通された。
大きな円卓のある会議室で、既に数名の冒険者が席に座っていた。
ロズモンドの姿もあった。
物々しい鎧防具に身を包み、顔を山羊の金属仮面で隠している。
どうやら無事に壊れた防具も揃え直したらしい。
目があったので、俺は小さく頭を下げた。
ロズモンドがびくっと身体を震わせた。
……随分と怖がられているようだ。
それも、無理もない話ではあるが。
「好きなところに座ってくれ」
ジルドからはそう言われたものの、俺は漠然と円卓を眺めていた。
本当に適当に選んでしまっていいのだろうか。
何か決まりがあったりはしないだろうか。
この世界や魔法都市マナラークのしきたりみたいなものを俺はよくわかっていない。
指定してくれた方が、こっちとしては気が楽なのだが。
そのとき、背後から殺気を感じた。
「……おい、邪魔だ。何を突っ立っている」
振り替えると、俺達を睨むアルフレッドが立っていた。
細められた鋭利な目線には、冷酷な憎悪の色があった。
A級冒険者を主に集めていると聞いていたので、アルフレッドもこの会議に呼ばれているとは思っていた。
しかし、あれだけ大恥を掻いたのだから、もう俺達には絡んでこないものだと考えていた。
一方的に難癖を付けて、敵わなかったから不意打ちに出て、その上でボロ負けして治療まで受けたのだ。
俺が逆の立場だったらきっとささっとこの都市から去っていただろう。
ポメラがむっとした表情でアルフレッドを睨み返す。
「ア、アルフレッド様……」
セーラがアルフレッドを嗜めるように声を掛ける。
元々、アルフレッドの治療をポメラに依頼したのはセーラなのだ。
アルフレッドの高圧的な態度に、気が気ではないのだろう。
アルフレッドが素早く、セーラの肩を掴んだ。
力を掛けているらしく、彼女の肩の軋む音が聞こえる。
「なんだ、セーラ? 扉の前を塞いでいる奴に、注意してやっただけだろう? 俺が決闘で負けたから、奴が前に立っている間は床にでも伏せて待っていろというのか? なあ?」
「そ、そこまで言っているわけでは……その……」
アルフレッドの剣呑な様子に、部屋内の視線が集中する。
アルフレッドは彼らの視線を確認し、舌打ちをしてセーラから手を離した。
「なに、軽く注意しただけだろう? そんなに負け犬が騒いでいるのを見るのが楽しいか?」
アルフレッドが周囲を睨んでそう口にすると、皆気まずげに目線を外して行った。
どうやら随分と荒んでいるらしい。
「すいません、俺達が邪魔でした。ポメラさん、あの辺りに座っておきましょう」
俺はポメラの腕を引いた。
アルフレッドとは関わるだけ損だ。
下手に反発しても、長く粘着されるだけだろう。
「……俺は執念深いんだ。あんなもので勝った気でいるなよ。クク……会議の趣旨は知らんが、どうやら絶好の機会が用意されたようだ。この俺に恥を掻かせてくれたことを、必ず後悔させてやるぞ」
アルフレッドが俺達の方を向いて、そう小さく呟いた。
俺は尻目にアルフレッドを見ながら、ポメラと並んで席に着いた。
……これまでで充分わかっていたことだが、アルフレッドはかなり厄介な奴のようだ。
これ以上来るなら、こっちも対応を改める必要があるかもしれない。
俺が座ったとき、横の席のロズモンドがびくりと身体を震わせた。
落ち着かなそうに、肘で円卓を突いている。
「あ……すいません、あの、成り行きで」
ロズモンドはちらりと俺を見た後、部屋内を見回して何かを確認していた。
その後、山羊仮面の口の前に手を当て、声を潜めながら俺へと尋ねてきた。
「あの緑髪の童女はおらんのだな?」
「……ええ、あの子は宿で休んでいます」
……フィリアにラーニョごとぶっ飛ばされたのがトラウマになっているらしい。
今度会ったら、ちょっと謝っておくように言っておこう。
「しかし、決闘の件は既に聞いておるが、随分と命知らずのアホがおるようだな」
アルフレッドのことだろう。
ポメラにあれだけ一方的にやられてまだ突っかかってくるとは、俺も予想していなかった。
ロズモンドがアルフレッドの方を見た。
俺とポメラも、釣られて彼の方へと目をやった。
ポメラが「ひっ」と口にして、すぐに目線を下げた。
アルフレッドは、忌々しげにずっとポメラの方を見ていた。
……アルフレッドは、この会議を絶好の機会だと口にしていた。
今後の冒険者ギルド側の作戦に、足を引っ張ってくれなければいいのだが……。
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