第四十五話 ゴブリンの間引き

 街壁の外周にて、俺とポメラはゴブリンと戦っていた。

 柄でゴブリンを弾きながら、どうにか時間を稼いで立ち回っている。

 ポメラは魔力を温存するためか、基本的に杖で殴って戦っていた。


「思いの外、数が多いですね……」


 俺はゴブリンの棍棒を回避しながら、柄で突いてゴブリンを背後へ押す。

 一体倒せばギルドより二千ゴールド程度の対価が支払われる。

 一日の目標としては、二人で八体程度を目指したい、というのがポメラの話であった。


 だが、平原を出てから早々に五体のゴブリンに囲まれることになっていた。


「もしかしたら……近くに、ゴブリンの巣があるのかもしれません。だとしたら、その、ギルドに報告して……C級冒険者の方にこの付近を調査してもらった方がいい案件です。数を減らしたら、どうにかゴブリンを脅かして逃がした方がいいかもしれません……二人では、ちょっと厳しいかも……」


 ポメラの言葉に、俺は頷く。

 俺が剣の刃を使わず、柄を使っているのには理由がある。


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【英雄剣ギルガメッシュ】《価値:神話級》

攻撃力:+3500

魔法力:+2500

 三千年前、最強の男として生まれ落ちた、ある国の王子が愛用していた剣。

 その輝きは、魔物や悪魔の生命力を直接断ち切る力がある。

 叙事詩の中では《金色の一振り》として語られる。

 五体の最高位魔王による連合悪夢の呪祭を撃ち破り、二百年間の支配を終わらせて人々を救った《暗黒時代の四英雄》の一人。

 この一振りに、栄えた王国の国力の三分の一が注ぎ込まれたとされている。

 王子が奇病によって死んだとき、神の元へと返されるように王子の身体とこの剣が消えたとされている。

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 現在、俺が装備していた武器である。

 ルナエールからもらったものの一つだ。

 黄金の刃に青い塗装がなされており、独特の輝きを放っているのが特徴的な剣である。


 なぜこんな由来の剣があの地下ダンジョンにあったのか、そもそも王子の出自と最期からしてバランスを誤って魔物側を優勢にしすぎた神達が調整役として彼を生み出したのではなかろうかと俺は勘繰ってしまったが、今重要なのはそこではなく、この剣が強力すぎることにある。


 最初は緩くゴブリンを突いたのだが、相手の魔力が低すぎたためか、ゴブリンが砂になって消えてしまい、いきなりポメラから不信感を抱かれるに至っていた。

 逆に消え失せたのでポメラには見間違いだろうと言い聞かせることに成功したのだが、同じ手は通用しない。

 どうにかゴブリンの棍棒を柄で受けて相手をしている。


 ……下手に片鱗でもルナエールの力を見せれば、病的に気遣いなポメラにとってはそれだけで解散の理由になりかねない。

 ずっとこのままでいるわけにもいかないだろうが、今回はひとまずこのスタイルで通して、ポメラとはゆっくりまた話をしようと考えている。


 俺がゴブリンの攻撃を受け流しながらポメラの様子を確認していると、彼女の杖が、ゴブリンの棍棒に力押しで負けたのが見えた。

 しまった、様子を見過ぎたか。

 これで彼女が余計な怪我でも負えば、本末転倒という話ではない。


 俺は前のゴブリンを軽く足で押して引かせ、ポメラに棍棒を振るっていたゴブリンの額を剣の柄で突いた。


「大丈夫ですか!」


 俺を声を上げたと同時に、俺の蹴ったゴブリンがバラバラになって吹き飛び、額を突いたゴブリンの頭部が平原を真っ直ぐに飛んで行ったのが見えた。


「は、はい、ポメラは、その、大丈夫です……」


 ポメラは大きく開いた目で飛んでいくゴブリンの頭を眺めながら、口をぱくぱくとさせてそう言った。

 お、思いの外、ゴブリンが脆かった。

 能動的な動きはかなり気を配らないと駄目かもしれない。


 ゴブリンの生き残りが二体いたが、どちらも手にしていた棍棒を落とし、走って逃げていった。


「ど、どうにか二体逃げてくれて、よかったですね。これで三体のゴブリンが片付いたので……」


 俺は言いながら、ゴブリンの亡骸を確認する。

 《英雄剣ギルガメッシュ》の突きを受けたゴブリンは砂になってしまったので、討伐したことをギルドに証明できそうにない。

 ゴブリンは左耳の部位を討伐証明として扱うので回収するようにと、冒険者ギルドからそう伝えられたばかりであった。

 

「に、二体のゴブリンが片付きましたので、あと六体が目標ですね」


 俺はそう言い直した。

 ……もっとも、額を突いたゴブリンの首は遠くへと飛んで行ってしまったが。


「……あまり詮索するのは、マナー違反なのはわかっているのですが……その、カナタさん……かなり高レベルの方なのでは……」


 ポメラはゴブリンの頭が消えていった方へと目をやり、それから言いづらそうに口にした。


「あ、当たりどころが良かった、のかもしれないといいますか……」


「当たりどころ……?」


「えっと……」


 ポメラと問答をしていたとき、ふと足音が聞こえてきた。

 一体ではない、複数のものだ。


 振り返れば、ゴブリンの群れがこちらへ一直線に駆けてくるのが見える。

 ざっと見て、二十と少しはいる。

 

 通常種だけではなく、赤い斑らの入った個体も三体ほど混じっていた。

 事前にポメラから、見れば逃げましょうと聞かされていた。

 上位種に当たる、ゴブリンリーダーだ。

 ゴブリンの群れができれば、群れの中で力を持ったゴブリンが赤く染まり、群れの指揮を執るようになるのだという。


「モ、《モンスターパレード》! こんなこと……この街近くでは、まず起きることはないはずなんです! 逃げても、いずれ囲まれます! 焔樹の枯れ枝を使いましょう! ゴブリンは、火を恐れます。ないよりは、いくらかマシのはずです……!」


 さすがにもう、力量を誤魔化している場合ではなさそうだ。

 俺が剣を構えたとき、ゴブリンの先頭に、人間が立っているのが見えた。


 背の低い、鷲鼻の男だ。

 身を屈め、奇妙な翡翠色の角笛を手に、こちらへと疾走してきていた。

 表情に笑みを浮かべ、陰湿な目でこちらを睨んでいた。

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