第四十四話 ポメラの夢

「ここの雑貨店がオススメなんです。幅広く扱っていますが、基本的には冒険者さんを対象とした店なんです。水入れからナイフ、回復薬から松明用の焔樹の枯れ枝なんかも売っているんです。裁縫道具は、ポメラが持っているので安心してください。裁縫の腕だけは……その、一度だけホーリーさんに褒めていただいたこともあるんです」


 冒険者ギルドを出た俺は、ポメラより冒険者の心得を聞きながら、冒険者の必需品とやらを買い集めに店を訪れていた。

 裁縫道具は最初聞いたときは何のために必要なのかわからなかったが、魔物との交戦後の衣類の修繕などに用いるらしい。

 身体を守る衣類が破損すれば外傷を受ける機会も増えるため、重要なアイテムであるようだ。


「回復薬はいくらか手持ちがあります。水入れもありますし炎魔法は得意ですから、高価な特別品はなくても大丈夫だと思いますよ」


 俺は魔法袋を軽く持ち上げ、表面を叩いた。


「ま、魔法袋をお持ちなのですね……。身なりがいいとは思っていましたが、さすがカナタさん。ちょ、ちょっと気後れしてしまいます……」


 ポメラが肩身狭そうに身体を竦める。


「ポ、ポメラみたいな役立たずは信用できないかもしれませんが……ロイさんやホーリーさんもよく来ていた店ですから、そこは安心してください。魔法にばかり頼ると、肝心な時に使えなくなってしまうかもしれませんし……ポーションも、随時買い足す癖をつけておいた方がいいはずです!」


 ……ここでロイ達の名前が出てくるところが辛い。

 大分蔑ろにされていたが、あの二人に恨みはないのだろうか。

 

 妙に勧めてくるが、恐らく彼らに雑に扱われていたせいで、少しでも役に立ちたいという気持ちが先行しているのかもしれない。

 ポメラの様子を見ていると、少し悲しくなってくることがある。


「正直……その、俺のレベルだと、そこまで気にしなくてもいいかなと」


「お、お金のことでしたら、ポメラが払っておきますから。その……つ、使わないかもしれないものですし……」


「いや、そこは俺が払いますよ! 知人からその、多目に旅の金銭を持たされていたもので、お金にはさほど困ってはいない、はずですから」


 まだ貨幣の価値が上手く理解できていないので何とも言えないのだが……ロヴィスからもらった額は、どうやらそれなりにはあるようだった。

 

「そ、そこまで気を遣っていただかなくても……。大丈夫ですよ、ロイさんとのパーティーでも、こういう細かい金額はだいたいポメラが払わせていただいていましたから」


 何も大丈夫な要素がなかった。


「俺が出しますから、ポメラさんは必要品だけ教えてください!」


 ポメラとの押し問答を続け、どうにか折半という形で決着をつけることができた。

 ポメラが過度に気を遣ってくれるので、正直余計に心苦しくなってきた。

 ゴブリンの間引きに必要な準備が終わり、街壁の外へと向かって歩き始めた。


「正直、ロイさん達はあまりいい人には思えませんよ。……その、答えづらかったら申し訳ないのですが、恨みとかはないんですか?」


 ポメラの思考が卑屈すぎて、俺の方が間違っているのだろうかと思い始めてしまっていた。


「……その、ポメラも色々と考えることはありましたが……仕方ない部分もあると思うんです。近隣の森に住んでいたエルフとこの都市アーロブルクで、長らく衝突があったそうなんです」


「仕方ないって……」


「ポメラの父はこの都市の人間で、母はエルフでした。母は人間を昔は恨んでいたそうですが……父と出会って親交を深める内に、エルフの長が、集落のエルフ全体が人間に敵意を向けるように誘導していたんじゃないかと、そう気がついたそうです。結局はそれが原因で、森奥の集落を追われる原因になったのだ、と」


「エルフの長が? どうしてそんなことを……」


「……エルフは、人里に居着きすぎると精霊の加護を失い、力を失ってしまいます。都市の開発が進めば居場所を減らされていくことにも繋がります。だから……馴れ合うべきでないと、そういう考えがあったのだと思うと、母はそう言っていました」


 ……そもそも、エルフ全体が人間に敵意を持っているのか。

 そうなると、その子孫である彼女が人里で敵視されることも、仕方ないとは言わないが、根深い問題なのかもしれない。


「……それから……父が言うには、この都市の領主ガランドにも、過度にエルフを敵視させようという動きがあったそうです。自身の領地であり、丁度いい狩場でもあった森の一角に他種族の部族が居着いていることが、面白くなかったのかもしれません。結局エルフの集落は、ポメラが物心着く前に、嫌がらせや重なる衝突に屈する形で遠くへと旅立っていったそうです」


 思ったよりも、泥沼の争いになっていた。

 聞いていて苦しくなってきた。


「……ガランドは特に極端な人物だそうですが、王国全土として、エルフへの敵愾心を煽っている風潮にあるそうです。ポメラは、悔しいんです。そんな思惑で動かされて、人間とエルフが故意に対立させられているのが。ロイさんはきっと……ポメラに力があれば、その力目当てであったとしても、対等に扱ってくれてはいたんだと思うんです。だから……最初はそうしたところからでも、ポメラが頑張ってお友達を増やしていけば……きっとこの都市に根付いている空気も、少しは変えられると思うんです!  それはきっと、ハーフであるポメラにしかできないことなんです!」


 ポメラが杖を握る手に力を込めて語る。

 ふと我に返ったように顔を赤らめ、手足をぱたぱたと動かす。


「ご、ごご、ごめんなさい……会ってまだ一日のカナタさんに、こんな話を一方的にしてしまって……。その、今まで、ポメラの話を静かに聞いてくれる人があまりいなかったもので……つい……。め、面倒臭いですよね、こんなこと急に話されても……」


「いえ……凄く良い目標だと思います」


 一方的に虐げられ続け、個人ではなく風潮自体を敵視するなんて、なかなかできることではない。

 ポメラは一見卑屈に見えるが、それは他者を恨むまいと自分を通した結果なのだろう。

 そういう面で、ポメラはむしろ強く、前向きだ。

 ポメラ自身の根本的な心の良さの表れなのだと、俺はそう思う。


「俺にできることがあれば、お手伝いしますよ」


 元より、具体的な目標のない旅なのだ。

 次ルナエールに会ったとき、彼女が辛く思わないよう、彼女に話せる旅の想い出をたくさん持っておきたいとは考えているが……そのくらいである。

 ポメラの夢の手助けをするという目標は、彼女に話せる内容としても適している気がする。


 飼い猫であり、親友であったクロマルに会うためまたナイアロトプに交渉するという夢もあるが……こちらは正直、絶望的であった。

 俺は間違いなくナイアロトプから嫌われているし、上位存在である彼らと渡り合うことなどとてもできはしないだろう。


 それに……俺にはもう、ルナエールを置いて元の世界に帰ろうとは、とても考えられない。

 クロマルには申し訳ないが、どこかで野良として生き続けてくれていることを願うことしか俺にはできない。


 ポメラは目を丸めて俺をじっと見ていたが、やがて大粒の涙が溢れ始めた。


「ご、ごめんなさい、本当に、嬉しくって……そんなこと言ってくれる人、誰もいなくって……その……つい、嬉し涙が……」


 ポメラが袖で涙を拭う。


「……で、でも、あまりポメラのためにあれこれとしていただいても、ポメラにそんな価値があるとは思えませんし……返せるものもありませんし……」


 も、もう少しポメラには、自信を持ってもらうというか、利己的になってもらった方が俺も話しやすいし、色々と動きやすいんだけどな……。


 話をしている内に、都市の門へと辿り着いた。

 しかし、ゴブリンの間引き……か。

 加減しないと妙なことになりそうな気がするし……空気を読みつつ、少し手を抜いた方がいいのかもしれない。

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