第四十六話 《モンスターパレード》

 ゴブリンの行列を率いているその男に、俺は見覚えがあった。

 冒険者ギルドを出るときに、すれ違ったばかりだ。


「ヒヒヒ……オクタビオさんに喧嘩を売った、お前達自身の頭の悪さを恨むことだ。素直にあのとき魔法袋を渡していれば、一生たかられるだけで済んだだろうにな」


 小男が手でわざとらしく口許を隠し、声を上げて笑った。


 こいつは……オクタビオの取り巻きだ。

 どうやらあのゴブリンの行列は、あの小男がわざと率いてきたらしい。

 ゴブリン達の異様な激昂具合を見るに、手にしている角笛に魔物を挑発する効果でもあるのかもしれない。


 それにしても、手筈が良すぎる。

 俺達が準備をしている間に、人脈を使って俺達の予定を暴き出し、先回りにしていたのだろうか。

 徹底している、というよりは明らかに手慣れている。


「この手が一番後腐れがない。単に依頼中に、間抜けが死んだだけとして処理される。万が一証言があっても、悪意はなかったとシラを切り続ければ罪に問われることはまずない。目立つハーフエルフの小娘と一緒にいたのが最悪だったな。雑魚は大人しく従っていればいいのに、変に逆らうからそういうことになる。オクタビオさんは、お前達みたいな雑魚に反抗されるのが一番嫌いなんだよ」


 小男は角笛を仕舞い、黄色い団子のようなものを取り出した。

 そしてそれを、ポメラへと向けて投擲した。


「《匂い団子》……発酵させた果実と腐肉を練り込んだ、俺のお手製だ。器用だろ?」


 ゴブリンは、腐肉の匂いに集まって来ると聞いたことがある。

 恐らくあれは、魔物の意識を向けることを目的としたアイテムだ。

 あれを用いて、ゴブリン達の標的をすり替えて俺達へと擦りつけ、そのまま逃走する算段なのだろう。


「きゃあっ!」


「ポメラさん、屈んでください!」


 俺はポメラの前に躍り出て、小男の投擲した団子を受け止めた。

 小男は俺達の近くまで来てからゴブリンを振り返り、そのまま横を駆け抜けて逃げていこうとした。


「チッ……まさか、綺麗に取られちまうとはな。保険のつもりではあったが、まあ問題ないだろう。お前達ひよっこ冒険者よりも、俺の方が遥かに足が速い! 先輩として教えておいてやる。レベルの違いによって、膂力や魔力よりも一番明確に差として現れるものがある。足の速さだよ! ゴブリンの標的は、お前達に移っ……」


 俺は小男を追って横に移動し、軽く足を払ってその場に引き倒した。


「嘘だろ、いくらなんでも速すぎ……アガッ!」


 小男が身体を派手に地面に打ち付けた。


「確かに……一番わかりやすい形で差が出るのは、移動速度でしたね」


 小男の上げた顔と目が合った。

 顔を真っ青にして、呆然と口を開けていた。


「い、いったい、お前、何十レベルあるんだ……?」


 ……この小男としては、レベル100に入っていないことが前提らしい。

 まだこの世界のことはよくわかっていないが、ルナエールはやはり俺を鍛えすぎたのではなかろうか。

 長い地下迷宮暮らしで、少しばかり感覚がずれていたのではなかろうか。


 小男が引き連れてきた、二十体のゴブリンが迫って来る。

 《英雄剣ギルガメッシュ》でゴブリンを消し飛ばすところを、ポメラやこの小男に見られるわけにはいかない。

 俺は剣を鞘へと戻した。


「カ、カナタさん、諦めるのはまだ早いです! ポメラも頑張りますし……こうなった以上、その方も協力するしかないはずです。三人で、どうにかここを凌ぎましょ……」


 俺は前に出て、ゴブリンリーダーの棍棒を素手で受け止め、胸部を軽く蹴った。

 肉が千切れ、骨が折れ、赤斑の小鬼の上半身が地平線へと消えていく。


「は……?」


 小男の顔から表情が消えたのが見えた。


 ……蹴りは、力加減が難しいかもしれない。

 俺は逆側の小鬼の腹部を手刀で貫き、素早く引き戻した。


 今回は、亡骸が遠くへ飛んで行かずに済んだ。

 これでいいかもしれない。

 血が付着する前に引けば、それほどローブが汚れることもない。


 乱戦の末、ゴブリンの骸の山ができあがっていた。

 時間にして、一分も経ってはいないだろう。


 今更ゴブリン程度であれば、百体が一斉に掛かってきたとしても怖くはなさそうだ。

 ……というより、魔法を解禁すれば、もっと多くても一発で仕留められそうではあるが。


「カ、カナタさん、いったい……」


 ポメラが口をぱくぱくさせながら言う。

 ……さすがにもう、誤魔化しは効かなそうだ。

 レベル四桁なのは黙っていればわからないだろうが。


「み、みみ、見逃してくれっ! 違うんだ……お、俺は、オクタビオさんに脅されて……!」


 小男は、真っ青になった顔から滝の如く汗を垂れ流していた。


 俺は屈み、小男から先程の角笛を奪い取り、宙へ投げて殴りつけた。

 角笛は粉々になった。


 俺は正面から小男を睨みつける。

 彼は目を見開き、息を呑んだ。


「お、おお、俺は、この都市を出て行く! 二度とアンタ達の視界には入らないようにする! だ、だから……だからっ!」


 俺は目を瞑り、少し考えた。


 この男は……俺とポメラを殺しに来ていた。

 口振りからして、きっと初犯ではないのかもしれない。

 だが、命乞いをしている相手を殺す気にはなれなかった。


「……オクタビオに、伝えておいてください。次は絶対に容赦しません、と」


「わ、わわ、わかった! オクタビオさんにも、必ず伝えておく!」


 小男は息を切らしながら起き上がった後、俺に引っ掛けられた足を引きずるようにして都市へと懸命に戻っていった。

 ……これでオクタビオが、これ以上俺達に余計なことをしようと考えなくなればいいのだが。


 オクタビオは、自分よりも実力は劣っているが、恵まれた位置にいる、という人間が嫌いなようだった。

 あの小男から今回の話を聞けば、引いてくれるのではなかろうか……と、思いたい。

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