第三十八話 都市アーロブルクへ

 ロヴィス達と同行してから一日掛け、ようやく森を抜けることができていた。

 どうやら《地獄の穴コキュートス》周辺はレベル200前後の魔物が多かったが、森の浅い場所ではせいぜいレベル40程度の魔物しか出没せず、森を抜けた平原に出るとレベル20程度の魔物ばかりが棲息しているようだった。


 ロヴィス達曰く、森奥の中心部の周辺だけ異様に高いレベルの魔物が発生するようになっている、とのことだった。


「ようやく見えて来ました……都市アーロブルクです」


 ロヴィスが疲れ切った声で言う。

 魔物除けの街壁に囲まれた、大きな街が見えて来る。


 これで野宿も終わり、久し振りに文化的な生活を送ることができる。

 ダンジョン生活で悪環境での生活に慣れてきたとはいえ、やっぱり安心して眠ることのできる宿があるというのは大違いだ。


 ……とはいえ、この世界の貨幣を持っていないのだが。


「《冒険王の黄金磁石》を売れば、とりあえずの金銭は工面できるかな?」


 ふと思いついたことが口に漏れてしまった。

 ロヴィスは死んだ目で俺を見ていた。


「あ、いえ、すいません! そ、そういえば金銭を持っていなかったから、街でどうしようかな、と……」


 俺は苦笑いをしながら頭を掻く。

 ……ロヴィスは、《冒険王の黄金磁石》を大切に扱っていた。

 返そうとしても大慌てで突っ返されるのでもらったままでいるが、とりあえず彼の想いを汲んでなるべく本来の使い方をできるように心掛けよう。


「き、金銭!? お、お前達、金は持っているか!?」」


 ロヴィスが顔を青くし、部下の二人を振り返った。


「は、はい、多少は……」


「俺も、あまり不要には持ち歩かないので、そこまでではありますが、一応は」


 ダミアがしどろもどろに魔法袋を手に取り、そこから更に貨幣の詰まっている袋を取り出した。


 ロヴィスがダミアの貨幣袋を見て、眉を吊り上げる。

 ロヴィスはダミアに近づき、手にした貨幣袋を叩き落した。

 周囲に貨幣が舞う。


「多少……一応だと!? わかっているか? 別れ際のここで金銭を要求したことの意味が! それがお前達自身の命の値段ということでいいんだな!?」


 ダミアが真っ青になって震えあがった。

 ヨザクラも唖然とした顔で、手にした魔法袋をその場に取り落とした。


「い、いえ、別にタカろうとしたわけじゃありませんから! 結構です! そ、それより、街でお金を稼ぐ方法だとか……後は、何か、街の規則みたいなものがあれば聞いておきたいかなと……」


「お金を稼ぐ方法、ですか。えっと……それは、真っ当な手段で、ですか?」


「…………」


 俺がロヴィスを無言で見ていると、彼は顔を青くして手を振った。


「い、いえ、違いますよ。その、やっぱり身元の保証のない方でしたら、この融通の利かない辺境地で金銭を稼ぐことはなかなか難しいことですから! 正式なところっていうのは、本当に出自がしっかりわかっている人しかとってくれなかったりするんです! そうなると税逃れで、裏で仕事を斡旋しているようなところしかなかったりするのですが、別にそれはその、仕方がないことだと言いますか……」


「……その辺りの事情はよくわかりませんが、できればその、クリアなところでお願いします」


「う、う~ん、そうですね……」


 ロヴィスが頭を抱えて考え込んでしまった。

 余所者がぱっとつけるような仕事はあまりないらしい。


「冒険者ギルドでいいのでは……?」


 ヨザクラが口を挟むと、ロヴィスがばっと顔を上げた。


「何を考えている! カナタ様が、あんな低レベルなところで働くわけがないだろうが! 想像できるか? こんな化け物が、薬草束ねてギルドに運んでいくのを!」


「す、すいません! ロヴィス様の言う通りです!」


 ヨザクラがロヴィスへと頭を下げる。

 ……今、さらっと化け物扱いされた気がするぞ。


「俺に謝ってどうする! 謝罪する先が違うだろうが! すいませんカナタ様、ヨザクラは他所の国からやってきたもので、この国のことがあまりよくわかっていなくて……」


「あの、それはいいのですが……それより、冒険者ギルド、というのは……」


 この手の小説で何度か聞いたことがある名称だ。

 ナイアロトプ達が日本のゲームや小説群を参考に作った世界であるのならば、俺の知っている冒険者ギルドに近い形態であるはずだ。

 そうであれば、俺の金銭工面にも役立ってくれる。


「各都市や区の長……領主や代官の区長が、王国の指示に従って設置している機関ですよ。犯罪者として登録さえされていなければ、領主やギルド、民の発注した依頼……魔物の間引きや護衛なんかを引き受けて、対価を得ることができます。他にも、アイテムや魔物の部位なんかも、ものによっては買い取ってくれます」


 聞いている限り、この上なく俺に合っているように思える。

 魔物の間引きに俺の力がどの程度通用するのかはわからないが、一か月半とはいえルナエールにしっかりと鍛えてもらった身であるし、そこそこはいけるのではなかろうか。

 少なくとも、自称傭兵団のロヴィス達よりは上だと確認できた。

 何が問題だというのだろうか。


「……かなりの仲介料を取られますし、中での信用がなければ、雑用程度の仕事しか斡旋してもらえません。さらに言えば、ここの領主のガランドはケチで無能と有名、あまり評判がよくない。カナタ様程の力があれば、こんなところに入るのは時間の無駄としか……」


「それくらいでしたら、問題ありませんよ。どの道、他にクリアな手段もあまりないようですし、冒険者ギルドに加入して仕事を探してみます」


 むしろ雑用程度の仕事もあると聞いて安心した。

 引き受けられる仕事がない、という羽目には陥らずに済みそうだ。


「えっ……そのレベルで?」


 ロヴィスが困惑した顔を浮かべ、額に皺を寄せた。

 俺のステータスを確認していた様子はなかったし、直接見たわけではないだろうが、戦った際にだいたい俺のレベルを推測していたのだろう。


「ひ、低いですか?」


 駄目だったのか?

 ロヴィスよりは大分上だったし、もしかしたら結構いい位置にいるのではなかろうかと思っていたのだが……。


 ロヴィスは複雑な表情を浮かべていたが、ふっきれたように笑顔を浮かべた。


「いえ、大丈夫ですよ! 登録料だけ必要なので、俺の貨幣袋を渡しておきましょう。大した額ではありませんが、余った額でとりあえずの生活資金にはなるはずです」


 ロヴィスが俺へと貨幣袋を渡した。

 ダミアが恐る恐るとロヴィスの肩を突つく。


「……ロヴィス様、この人、何か勘違いしていませんか? それにやっぱり、この人が入ったら、ギルドの方が大変なことになるんじゃ……」


「……俺は困らないし、嘘も吐いていない。恨みを買うことはないはずだ。とにかく、早急に別れることにしよう。何か拗れればこっちの身が危ない」


 二人は小声で何かを話していた。


「ロヴィスさん?」


 俺が声を掛けると、ロヴィスがびくっと肩を震わせる。


「おっと……すいません! あ、あの、カナタ様、俺達はあまり領主から好かれている身ではないので、明るい内に都市の門に近づくわけにもいかなくて……。名残惜しいのですが、この辺りで見逃し……解散というわけにはいかないでしょうか?」


「そうですね。ここまで、何から何までありがとうございました。ここからはどうにか一人で頑張ってみようと思います」


「いえいえ! それでは、失礼しますね! いや、カナタ様の様な素晴らしいお方と会えて、とてもよかったです。またいずれ、縁があれば」


 ロヴィスはそうっと後ずさりする様に離れ、部下二人の背を押さえた。


「目的は果たしていないが、仕方ない。とっとと逃げるぞ! もう二度と会わないようにな!」


 三人仲良く、俺の前から駆け去っていった。

 ……最後まで慌ただしい連中だった。

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