第三十七話 《黒の死神》の和解

「ダミアからもヨザクラを説得してやってくれ!」


「お、俺ですか? しかし……」


 俺はロヴィス達の不毛なやり取りをぼんやりと眺めていた。

 俺が揉め事の発端なのは悪いと思うが……確かに、ここまで卑屈な人物だと、非合法組織の頭としてはやっていけないのではないだろうか。


 もっとも……そもそも俺は、《黒の死神》の規模を知らない。

 てっきりこの三人組なのかと思っていたが、どうやらヨザクラの口振りからは別のメンバーがいるそうだ。


 それからロヴィスとヨザクラの口論は五分ほど継続していた。

 ロヴィスの熱心な説得の末、どうにかヨザクラの態度も軟化しつつあった。


「わかった、ヨザクラ、理解してくれなくてもいい。不信感を抱いたままでもいい。確かにお前達から見て、俺の行動が情けなく見えてしまうことも無理はない。だが、今件はとりあえず保留という形で見逃して欲しい」


「……そこまで言うのであれば、まあ考えないこともありませんが」


 どうにか話が纏まりそうだ。

 あそこから盛り返すとは思わなかった。

 ロヴィスは《黒の死神》とやらよりも、詐欺師か何かの方が向いているのではなかろうか。


「お前がその刀を振るい続けている限り、いつか、俺の口にしていたことの意味が分かる日も来るだろう。俺はお前を本当に大切な仲間だと思っているし、こんな誤解の様な形では失いたくないんだ」


「……わかりました。次同じことがあれば、そのときは私は死を覚悟した上で離反させていただきます。ですが、今回のことはひとまず忘れるように……」


 ヨザクラが和解の言葉を口にしかかったとき、ロヴィスがさっと俺の方を振り返った。


「ちょっと時間が掛かり過ぎてしまいましたね、カナタ様! もうすぐ、もうすぐですので、どうかお待ちを! すぐに終わりますから! お願いします!」


 ロヴィスが何度も頭を下げる。

 俺が小さく頷くと、ロヴィスは安堵した表情を浮かべた。

 ロヴィスはまた素早くヨザクラの方へと振り返る。


「えっと……すまない、ヨザクラ、今何を言い掛けていた?」


「やっぱり私は抜けることにします」


「なぜだヨザクラ!?」


 ロヴィスはパァンと自身の太腿を打ち鳴らした。


 ……この調子だと、ロヴィスの説得にはもう少し時間が掛かりそうだ。

 欠伸を吐き、周囲を眺めていると、信じられないものが目に付いた。


「えっ……あれって……」


 子供程の背丈の、醜悪な緑色の小鬼であった。

 明らかにひ弱そうな外見であったが、俺はその姿に見覚えがあった。

 忘れるわけがない。


 《歪界の呪鏡》の中で最高クラスの速さと耐久力を有していた悪魔、通称小鬼擬きである。

 見掛けはひ弱な小鬼そのものだが、実のところあの頭部はダミーに過ぎない。

 獲物が油断して近づくとクリオネの様に全身が裂けてグロテスクな姿へと変貌し、周囲のものを喰らい始める化け物だ。

 何度もこいつには殺された記憶がある。


 ま、まさか、俺の持ち運びしていた《歪界の呪鏡》から抜け出したとでも言うのだろうか。

 ルナエールは、そんな危険性については特に話していなかったが、何か管理を誤ってしまったのかもしれない。

 レベル200前後の魔物がうろつくこの森にレベル3000越えの悪魔が放たれては、一夜にして生態系が破壊されかねない。


「ロ、ロヴィスさん、二人を連れて《短距離転移ショートゲート》でここを離れてください! 魔物です!」


 俺の言葉を聞き、ロヴィスが振り返る。

 小鬼擬きを見て、ロヴィスが困惑した様に顔を顰める。


「カナタ様? 魔物……というか、ただのゴブリンにしか見えませんが……。よく、ここで出てくるらしいですね。ゴブリン程度が生き残るには、格上の外敵が多すぎるはずなのですが……」


 ロヴィスは鬼擬きの外見に騙されているのか、すぐに動いてくれそうにない。

 とにかく、あまり周囲に被害の出ない魔法で鬼擬きを牽制するしかない。


「伏せていてください!」


 俺は小鬼擬きへと剣を構える。


時空魔法第十九階位|超重力爆弾《グラビバーン》」


 黒い光が、小鬼擬きを中心に発生した。


「第十九階位だと……? 魔法は、ハイエルフや竜人、転移者の英雄が使ったとされている、第十五階位が最高ではなかったのか……?」


 ロヴィスが驚愕の声を漏らす。


「ゴフッ?」


 光に包まれるゴブリンが、その場で必死に手足をもがかせていた。


 次の瞬間、広がった光が小鬼擬きの中心へ向けて集まっていく。

 光に引かれ、範囲内の空間が爆縮されていった。

 爆音が響き渡る。

 地表が無慈悲に剝がれ、それに引かれて木々が薙ぎ倒される。

 空間諸共、小鬼擬きの大きさが目に見えない大きさにまで刹那にして圧縮された。


 次の瞬間、小鬼擬きの血肉と剝がれた地表の残骸が周囲に飛び散った。

 魔法の衝撃に弾かれ、ロヴィス達が身体中を打ち付けながら地面を転がっていく。


 ……小鬼擬きが、ここまであっさり死んでくれるわけがない。

 そもそも、悪魔は魔力の塊のような存在であり、死ねばその姿は霧となって消えてしまうのだ。

 血肉が残り続けるはずがない。


 どうやら、ロヴィスの言っていた通り、ただのこの付近に出没する魔物だったようだ。

 モンスターベア程度の相手だったのであれば、ここまでする必要はなかったかもしれない。


「……すいません、知っていた化け物と似ていたもので、つい」


 俺はロヴィス達を振り返る。

 ロヴィスは息を荒くしながら、地面に手をついて起き上がろうとしていた。


「……だから言っただろう、ヨザクラ。卑屈だとか、意地だとか、そういうのは関係ないんだ。こういう怪物に自分を通そうとするのは、大岩が落ちてきて逃げようとしないのと同じことなんだ。俺は死を必要以上に恐れている気はないが、無意味に死ぬことだけはごめんだ」


「も、申し訳ございません、ロヴィス様、私が間違っていました」


 ……よくはわからないが、二人共いつの間にか和解していたらしい。

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