第十九話 鏡レベリング
《歪界の呪鏡》に挑み続け、三日が経過していた。
初日には心が折れかかっていたが、ルナエールの熱心な協力もあり、どうにか俺はこの数日でレベル322まで到達していた。
今日も《歪界の呪鏡》へ挑み、ルナエールの《
初日と比べれば大分慣れて来た。
異形の悪魔への恐怖も薄れてきたし、致死ダメージへの忌避感も薄くなってきている。
「《
俺はひたすら炎魔法で外の悪魔を狙い続ける。
射出された熱光線は結界をすり抜け、光の壁に張り付く六つの頭を持つ異様に首の長い男へと直撃した。
だいたい当たってくれる個体や、当たってくれるタイミングもわかって来た。
俺の魔法発動速度も上がってきている。
六つ首は表情を変えず、俺の最大魔法が直撃してもケロっとしている。
だが、これでいい。少しでもダメージになれば、貢献度制度で俺に多少は経験値が流れる。
ルナエールがすかさず、六つ首の悪魔へと指先を向けた。
「
六つ首の周囲に黒い光が広がる。
六つ首は逃れようとするが、魔法の引力に引かれて抜け出せないようだった。
周辺の悪魔も、魔法の光に吸われて巻き込まれていく。
広がった黒の光が一気に圧縮され、爆音が響いた。
俺も思わず目を細める。
この音は何度か聞いたが、未だに慣れない。
《
直撃しなかった悪魔も、半身が削がれて倒れ伏しているものが数体転がっている。
本当に凄まじい威力だ。
「そろそろ魔力が切れて来た頃でしょう、これを飲んでください」
ルナエールから投げられた小瓶を受け取る。
中には、緑色に輝く液体が入っていた。俺は蓋を開けて一気に飲み干した。
……これも《歪界の呪鏡》攻略の初日から使わせてもらっているものだが、何気に《伝説級》アイテムである。
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【神の血エーテル】《価値:伝説級》
高位悪魔の脳髄を煮詰めたものを主材料とした霊薬。
神の世界の大気に近い成分を持つと言い伝えられている。
呑んだ者の魔法の感覚を研ぎ澄ませると同時に、魔力を大きく回復させる。
かつて大魔術師が《神の血エーテル》を呑んだ際に、この世の真理を得たと口にしたという。
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……こんな高位のアイテムを湯水を捨てるかの如く飲み干していいのかはわからないが、ルナエール曰く、この地であればいくらでも錬金できるということであった。
初日に《神の血エーテル》を服用し過ぎたせいでルナエールも予期していなかった謎の中毒症状が出たが、彼女の《
俺のメンタルも、ここに来てからかなり強固になった気がする。
最初は《神の血エーテル》を飲むのが怖くて仕方なかったが、最近は結構美味しいし、軽い酩酊感も心地良いと思えるようになってきた。
飲むたびに魔法の感覚が冴えるのも楽しくなってきた。
「《
悪魔に向けて魔法を連打していく。
「《
「はい!」
初日なら震えあがって動けなくなりそうな宣告にも、あっさりと返事一つで答えることができた。
光の障壁が途切れ、悪魔達が流れ込んでくる。
「クゥン、クゥゥン!」
王冠を被った、犬の胴体を持つ男が真っ先に向かって来る。
出て来た、クソ犬!
俺は初回含めて十回近くこいつに殺されているが、妙にしぶとく、ルナエールの魔法からさえ何度も逃れている。
一度ルナエールが錬金して放った大きな
ルナエールが俺の前に移動し、クソ犬の首を手刀で切断する。
続けて俺の背後から迫っていた、根っこのように大量の足のついた花の化け物を蹴り飛ばした。
「紡ぎ終わりました、《
ルナエールが魔法陣を広げた時、俺は腹部に激痛を感じ、自分の視界が低くなっていくのを感じる。
ルナエールの切り飛ばしたクソ犬の生首が、俺の肉らしきものを喰らいながら笑っているのが見えた。
俺は地面の上に転がりながら、自分の身体を確認する。
身体が大きく抉られていた。
……ああ、またこいつにやられてしまったか。
薄れていく視界の中で、ルナエールが生首を掴んでぶん投げている間に、どんどん悪魔達が接近してくるのが見えた。
《ウロボロスの輪》ですぐに俺の身体は再生したが、直後に別方向から飛んできた悪魔に首を刎ねられた。
……悪魔共にまともに距離を詰められては、《ウロボロスの輪》の復活があっても、もうまともに動けそうにない。
気が付くと俺はルナエールの小屋の中で、毛布にくるまれて横になっていた。
意識がぼうっとする。
今回も、早期リタイアしてしまった。
いや、多少はレベルが上げられた方だろうか。
「主、素直ニ、カナタニ置イテヤルト言エバ良インジャナイカ?」
「何を言っているのですか?」
ぼんやりと、ノーブルミミックとルナエールの会話が聞こえて来る。
意識が不完全だからか、あまり言葉が頭に入ってこない。
「回リ諄イ。ダカラ、愛シテルカラ一緒ニイテクレト……」
「……《
ルナエールがそっとノーブルミミックに指を向ける。
周囲に魔法陣が展開されていく。
ノーブルミミックがぴんと身体を縦に伸ばした。
「ジョ、冗談! 冗談ダ!」
ルナエールは小さく溜め息を零し、腕を降ろす。
ノーブルミミックは魔法陣が消えていくのを見て、ほっとしたように身体を元の形へと戻した。
「……ノーブルは寂しいのかもしれませんが、彼はまだ若い、生身の人間ですよ。ここに閉じ込める様な酷なことが、できるわけがありません」
「ソレハ、ソウダガ……」
ルナエールの言葉に、ノーブルミミックがしゅんとしたように頭の部分を床へと垂れる。
それからふと思い出したように、頭部を持ち上げる。
「イヤ、主、言ッテルコトトヤッテルコトガ違……」
「そ、そんなことはありません! 必要なことだからです! きっと今のまま外に出ても、外の悪意に晒されて、殺されるだけです!」
ルナエールが途端に取り乱し、バタバタと腕を動かす。
「……すいません、俺、また気を失っていたみたいですね」
俺は頭を抱えながら、身体を起こしてルナエールへと声を掛けた。
ルナエールはびくりと身体を震わせ、俺へと振り返った。
「お、起きましたか。いえ、あれはあの悪魔の耐久能力を甘く見ていた私の油断です。まさか、切断した部位の両方が問題なく飛び回るとは、思っていませんでした」
ルナエールが小さく首を振る。
「今日のところは、レベル上げはここまでにしておきましょう。ゆっくりと休みましょう」
「いえ、俺はまだ挑めそうです。この感じにも、少し慣れてきました」
「みょ、妙に気が焦れば、失敗の元ですよ。《ウロボロスの輪》があるとはいえ、魔力が完全に尽きればそれまでですし……今日は、ここまでにしておきましょう」
……最近、よくルナエールからストップが掛けられる気がする。
そんなに焦っていたか……?
俺は自分が思っているより、冷静ではないのかもしれない。
あの日から、色々なことが一気に起こり過ぎた。
ノーブルミミックはルナエールの方をじっと向いていたが、突然俺の方へと正面を切り替えた。
「ナァ、カナタ……」
ノーブルミミックが俺の名前を呼ぶ。
俺が続きの言葉を聞こうとノーブルミミックへと顔を向けた瞬間、ルナエールがノーブルミミックの上へと飛び、宝箱の口が開かないようにしっかりと押さえ付けた。
ノーブルミミックがじたばたと苦し気にもがく。
な、何を言おうとしたんだ……?
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