第十七話 《歪界の呪鏡》

 卒業試験(卒業試験ではなかった)が終わって小屋に戻ると、ノーブルミミックが床に底部を引き摺りながら近づいて来た。


「ドウダッタ? カナタ?」


「無事に、レベル150の土ドラゴンを倒せました」


「オオ、オマエニャ早イト思ッテタガ、ヤリヤガッタカ! ヤルジャネェカ!」


 ノーブルミミックはぴょんぴょんとその場で飛び跳ねて俺を祝福してくれた。

 しかし、唐突に飛び跳ねを止めて、がっくりと頭を前のめりにする。


「……ダガ、コレデ寂シクナルナ」


「あ、いえ……まだ修行をつけてくださるそうです」


「ン?」


「あの、外に出たらまだやっていけないかもしれない……とかで。転移者だからと、命が狙われることもあるそうなので」


「……イヤ、レベル150アレバ、ソウソウ厄介ナコトニハ……」


 ノーブルミミックはちらりとルナエールの方を見た後、ぱたんと宝箱の口を堅く閉じた。

 俺もちらりとルナエールの方を見た。彼女からさっと目を逸らされた。

 俺はノーブルミミックへと視線を戻した。


「な、何を言い掛けたんですか?」


「……マ、オレモ外ノコトハアンマリ知ラナイ。余計ナコトハ言ウマイ」


 ……よ、様子が何かおかしい気がする。

 その日は軽い魔法の修練を積んで後は休憩ということにして、食材をいつもよりちょっと多く使わせてもらい、俺が最低限戦える強さになったことを祝ってもらった。


 翌日、俺は剣を片手に、ルナエールに連れられて外へと出た。


「今日はレベル100のゴーレム狩りですか?」


 本当は俺よりも上のレベルの魔物を相手取るのが一番効率がいい。

 しかし、《土の人形サンドピューパ》で造り出せるゴーレムの最大レベルがそこまでなのだ。

 《土の暴王サンドタイラント》ならばレベル200まで最大で出せるらしいが、相手が大きすぎるため数を熟す効率が悪くなってしまう。


「別の魔法で、小さくてもっと強い魔物も造ることができるのですが、今回は止めておきましょう。……今ならあなたのレベルも上がりましたし、その、もう少し効率のいい方法があるんです」


 ルナエールがなぜか、少し言い辛そうにしていた。

 ……レベル上げで、もっと効率のいい別の方法?

 

「まだ、この階層の魔物を相手取るのは厳しくないですか? 師匠の補佐があっても、まともに貢献が入るとは……」


 ここの魔物はレベル2000前後の奴らばかりだ。

 俺が何をしたってダメージなんてまともに入らないし、逆に向こうの攻撃が掠りでもすればその時点で即死しかねない。

 いや、《ウロボロスの輪》があるので即死は避けられるだろうが……。


「《異次元袋ディメンションポケット》」


 ルナエールは魔法陣を浮かべ、その中央部に手を突き入れ、円形の鏡を取り出した。

 魔法陣の描かれた布が被せられており、表が隠されている。


「それは……?」


「《アカシアの記憶書》を開いてみてください」


 ルナエールに言われるがまま、俺は《アカシアの記憶書》を開いた。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

【歪界の呪鏡】《価値:神話級》

 古代のある国で、全知の悪魔を召喚するために、王に仕えていた錬金術師が造り出した鏡。

 しかし、全知の悪魔を招くことはできなかった。

 鏡は次元の隙間と繋がっており、大量の高位悪魔を招き入れ、一夜にして王国は滅び去った。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 と、特大クラスにヤバいアイテムじゃないか……。

 なんでそんな鏡がこのダンジョンに流れ着いて来たんだ。

 ナイアロトプ達が扱いに困ったアイテムを処分する代わりに、この《地獄の穴コキュートス》へと集めていたのではなかろうかと勘繰ってしまう。


「こ、これ、下手に出したらまずいアイテムなんじゃ……」


「悪魔を外に逃がすのではありません。私達が、鏡に入って悪魔を狩るんです。いくらでも高レベルの悪魔が向こうから来てくれるので楽ですよ」


「鏡に入る……? だ、大丈夫なんですか? そもそも、その悪魔って、レベルいくらくらいなんですか?」


「……一人で私の《土の暴王サンドタイラント》を倒せたのですから、大丈夫ですよ。これ以上のレベル上げは、《歪界の呪鏡》を使わないと厳しいです。少し難しいかもしれませんが、これに慣れる以外にレベルを素早く上げる方法はありません」


 ルナエールが地面の上に《歪界の呪鏡》を置く。


「来てください、行きますよ」


「は、はい師匠!」


 俺が答えると、ルナエールが複雑な表情で顔を逸らした。

 ……な、なんだ、今の意味深な様子は。

 何か、後ろ暗いことでもあるのか?

 い、いや、だとしても俺はルナエールを信じるだけだ。


 俺はルナエールの横に並ぶ。

 ルナエールは左手で《歪界の呪鏡》に被せてある布を捲り、俺を振り返る。

 それから少し迷う素振りを見せた後、俺の袖を控えめに引っ張った。


 ルナエールが前に動き、鏡面に吸われるようにその姿が消える。

 俺も引っ張られ、鏡の中へと入り込んでいった。


「うわっ……とっ!」


 俺は床へと身体を打ち付けた。

 どうにか膝を突いて立ち上がり、周囲を見回す。


 とにかく不気味なところだった。

 虹色の光が、足場や空間に広がっている。

 背後には大きな黒い歪みがあり、どうやらこれが元の世界へと繋がっているらしいと察した。


 すぐ横にはルナエールが立っている。


「師匠、悪魔はどこに……?」

 

 ルナエールが答えるより先に、空間の至るところに瞳が浮かび上がった。

 大きな口を持つ黒い靄や、触手の生えた胸像、翼もないのに飛び回る異様に首の長い三つ目の牛など、《地獄の穴コキュートス》以上の地獄が広がっていた。

 口と目から血を流し続ける天使や、全身が目玉で覆いつくされた巨人の様なものも見える。


 無数の魑魅魍魎が俺達を包囲していた。

 《地獄の穴コキュートス》の魔物達は辛うじて生物として成立していることがわかったが、こいつらはそれさえも怪しい。


 こ、これ、本当に手頃なレベル上げの相手なのか!?

 いや、意外にレベル80くらいだったりするのかもしれない。

 俺は《ステータスチェック》を使った。


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種族:%#&hあ=

Lv :3142

HP :15082/15082

MP :17595/17595

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 う、嘘だろ!?

 《地獄の穴コキュートス》でもレベル2000前後ばかりだったのに!

 いくらなんでも、レベル150の土ドラゴンからこれは差が酷すぎる。

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