第十五話 卒業試験

 ルナエールに弟子入りしてから、一週間が経過した。

 俺は魔導書を読みながら、片手で宙に魔術式を綴って練習していた。


 だいたい感覚として、魔法について掴めてきた。

 魔法とは電子回路に似ている。

 というよりは魔法陣、魔術式が電子回路で、魔法が電気製品といったところか。

 無論、魔力は電気だ。


 そのイメージが掴めてからは大分理解が容易になった。

 勿論魔導王の探究というチートアイテムの、理解力向上効果が大半だろうが。


 俺は魔術式を切ったり繋げたりしながら、ふとこの世界に来た当日のことを考える。


『……何を言い出すのですか。この階層に居着かれては迷惑だから、外に出られるようにしてあげようと言ったのです。修行が終われば、とっととこの《地獄の穴コキュートス》から出て行ってもらいます』


 ……ルナエールにここにいたいと頼んだとき、彼女からそう断られてしまった。

 冷たい口調だった。


 あれから特に気まずいということはない。


 俺は腕を上げる。

 今、俺は暗色のローブを纏っていた。

 二日目の朝にルナエールが『ノーブルの隅から見つかりました』と言って渡してくれたものだが、後でこっそり《アカシアの記憶書》で調べてみると、名称が《ルナエールローブ》となっていた。


 どうやらルナエールが初日の夜にこっそり用意してくれていたものらしい。

 俺に隠したかったらしいが、やっぱりどうにも詰めが甘い。

 夜通し作ってくれたことに感謝すべきか、気付かない振りをするべきなのか悩み過ぎて一日修行に身が入らなかった。


 そう、俺があのことを言った後もルナエールは俺に対して優しく接してくれているし、ノーブルミミックは主である彼女への軽口をいつも俺に吹き込んでくる。

 何も変わってはいなかった。


 ただ、ここに残りたい、という話を俺は口にできなくなっていた。


「準備ができましたか? 行きますよ」


 ルナエールが声を掛けて来る。

 俺は目を瞑って少し黙ってから、頷いて立ち上がった。


「失敗シテモイイゼ、カナタ」


 ノーブルミミックの言葉を苦笑いで受け取る。


 今回は……俺がまともな魔物を相手取って充分戦えるか、その試験であった。

 ……要するに、卒業試験ということになる。

 レベルは既に、目標だった100に到達したのだ。


 本音を言うと……俺はまだ、もう少しルナエールやノーブルミミックと一緒にいたかった。

 ……だが、ルナエールは俺がここへ無用に長居することを快く思ってはくれていないようであった。

 実力は充分なはずなのだ。

 今日でしっかりと決めてみせる。


 小屋を出てから、ルナエールと二人で庭の外れまで向かった。


 道中、ルナエールは沈黙を保っていた。

 卒業試験が決まってから、彼女はどこか余所余所しい。

 色々と思うところもあるのだろう。

 俺もそうだが、彼女もあまり口が上手な方ではない。


 ルナエールが俺から距離を取ったところで、腕を掲げる。


土魔法第十一階位|土の暴王《サンドタイラント》」


 大きな魔法陣が浮かび、周囲の土が大きく盛り上がっていく。

 全長二十メートル近い、土のドラゴンを象った。

 牙の並んだ口が開く。


「グゥオオオオオオオオオオオッ!」


 ルナエールがゴーレムを作った魔法、土魔法の第六階位、《土の人形サンドピューパ》の強化版だ。

 あれよりも規模の大きい魔物を造り出すことができるらしい。

 目安として、《土の人形サンドピューパ》は使用した魔力に応じてレベル1からレベル100まで造り出すことができるようだ。

 それに対し、《土の暴王サンドタイラント》は最大でレベル200までのゴーレムを造り出すことができる。

 今回の土のドラゴンは、額にレベル150と刻まれていた。


炎魔法第七階位|焔魔煙《フレイムフューム》!」


 炎の壁が俺と土ドラゴンの間にせり上がり、そのまま天井へと向かっていく。

 

「何をしているのですか? 炎魔法は、ゴーレムには通りにくいと……」


 ルナエールの声が聞こえて来る。

 勿論、そのことはわかっている。


 ただ、《土の暴王サンドタイラント》は魔法で距離を取って仕留められるような容易い相手ではない。

 俺程度の遠距離魔法では、どうしても近接攻撃に比べて大きく威力が劣ってしまう。

 ゴーレムは防御力も高い。


 かといって、速度で俺を大きく上回るため、正面衝突では捉えられてしまう。

 魔法は目晦ましに用いて、ダメージは直接攻撃で叩き込むのが狙いだ。


風魔法第三階位|風の翼《フリューゲル》!」


 続けて詠唱する。

 風が俺の身体を押し上げる。

 炎のカーテンの薄い部分を破り、そのまま土ドラゴンの背へと飛んだ。

 俺の動きを見切れなかった土ドラゴンは、前脚の爪で大地を抉っていた。


 俺は土ドラゴンの背を《愚者の魔法剣》で斬りつける。

 土ドラゴンの背に大きな斬撃が走り、土煙が舞った。

 俺は斬撃の反動で宙に跳び、二度目の《風の翼フリューゲル》で土ドラゴンの死角側へと回る。


 このクラスの相手にも《愚者の魔法剣》は充分通用する。


「グ……」


 俺を見失った土ドラゴンが一瞬硬直した。

 その隙を突いて、前脚を根元から斬り飛ばして後退した。

 土ドラゴンの身体が崩れ、前傾になる。


 俺は土ドラゴンの目前で、大きな魔法陣を紡ぐ。

 土ドラゴンは俺を認識すると、崩れた体勢のままに飛び掛かって来た。


 それが狙いだった。

 結局は本人の熟練度次第ではあるが、高位の魔法ほど発動までに時間が掛かる。

 そのため、相手の魔法攻撃は、高位のものほど発動前に潰してしまうのが戦闘の定石なのだ。


 だから、土ドラゴンもここで焦って攻撃に出て来ると踏んでいた。

 わざとらしく大きな魔法陣を鼻先で使ったのはそれが狙いであった。


 俺は今紡いだ魔法陣から一部の魔術式を取り出して、《風の翼フリューゲル》の魔法陣へと流用した。

 風に後押しされて、一直線に前に出る。

 傾いた姿勢の土ドラゴンの爪撃を抜けて潜り込み、首元を深々と抉った。


 土ドラゴンの首がぐらつき、その巨躯が地面の上に倒れた。

 俺は再び背の上に立ち、勢いよく剣を突き立てた。

 土ドラゴンの身体全体が大きく振動し、ついにその動きを止めた。

 全身に罅が入って砕け散る。


 無事、レベル150の土ドラゴンを突破することに成功した。

 ルナエールの方を見ると、彼女は無表情で俺を眺めていた。

 も、もうちょっと、何か反応をくれてもいいような……。


「や、やりましたよ! 師匠! 俺、ついにやりました!」


「え……あ、そ、そうですね、おめでとうございます」


 俺が声を掛けると、ようやく卒業試験が終わったことに気が付いたようにルナエールはそう言葉を返してくれた。

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