第十四話 ルナエールの料理

 ルナエールが料理を行ってくれている間も、ノートを読み返しながらノーブルミミックと話をしていた。


「料理ト言ッテタガ、アマリ期待スルナ。主ニソンナ趣味ハナイ」


 ま、また聞かれたら怒られそうなことをこの宝箱は……。

 調理場の方へ目を向けたが、ルナエールがこちらに勘付く気配はない。

 俺は少しだけほっとした。


「丸焼キニスルカ、砕イテ薬ニスルカノドッチカダ。アレハ料理ト呼バナイ」


 ……それを聞くと、何となく想像ができてしまう。

 確かにルナエールは料理手法に拘るより、手短に済ませて霊薬の研究でも行っていそうなイメージがあるかもしれない。


 黄金の鶏の頭部が二つ、丸焼きにされて並べて出てくるのが脳裏を過ぎった。

 そういえば、ラーの頭の方を俺に出してくれると言っていたっけな……。

 な、何が出てきても、美味しく食べ切ってみせる……!

 

「不束者ノ主ダガ、ヨロシク頼ム」


 ノーブルミミックが、頭を下げるように身体を俺へと傾ける。

 微妙に真剣そうなところが余計ルナエールを馬鹿にしているように思えてならない。


「ぶん殴られますよ。それにたとえ料理に関心が薄くても、師匠は凄い気遣いの徹底した人です」


「本当ニソウ思ウカ? クール振ッテ、ナンデモ卒ナク熟スッテ顔シナガラ、結構空回リシテルゾ」


「……そ、そんなことは」


「オレノ目、見テ言ッテミロ」


 俺はノーブルミミックを無視して、ノートへと目を走らせた。

 ……まだ基礎的な部分でも、覚えないといけないことが山ほどあるみたいだからな。


「オイ、今無視スルッテコトハ、認メタッテコトダゾ、オイ」


 ノーブルミミックが俺の周囲を這い回り、構えと言わんばかりに存在を主張する。

 こ、こいつ、本当にルナエールに密告してやろうか。


「師匠は凝った料理ができないんじゃなくて、関心がないだけでしょう。自分で食べる分だけで何年も過ごしていれば、適当になる気持ちもわかりますよ。薬作りが得意ってことは、手先が器用でレシピをしっかり守れるってことですから、その気になればできると思いますよ」


「ナラ、丸焼キト薬以外ノ物ヲ持ッテクルト?」


「別に今日、凝った料理をする理由はないでしょう」


 俺とノーブルミミックが話をしていると、調理場の方から爆発音が響いた。

 

「……魔物ノ襲撃カ?」


 ノーブルミミックが呆然と口にする。

 俺はすぐさま剣を手にし、調理場へと駆けた。

 俺如きが役に立てるかはわからないが、大恩人の危機かもしれないのだ。

 無駄かもしれなくても、命を張る理由がある。


 ……爆炎に巻き込まれたらしい調理場が綺麗に吹っ飛んでおり、調理器具の残骸らしいものが散らばっていた。

 黒焦げになった魔物の肉が四散している。

 その中央で、ルナエールがぼうっと立っていた。


 彼女の足許に、黄金の鶏、ラーの生首が見えた。

 他の材料同様灰燼に帰していた。


「ま、魔物ですか! 大丈夫でしたか!」


「料理……失敗しました」


「え……?」


 俺は何らかの爆発で抉られたらしい、壁と地面へ目をやった。

 聞き間違えか、料理を失敗してこうなったと口にしていた様な気がする。

 何らかの大魔法を撃った後にしか思えないのだが……。


「すいません、慣れていないことを無理にしようとした、私が馬鹿でした」


 ルナエールががっくりと頭を下げる。

 言葉はいつも通り平坦だが、間違いなく落ち込んでいる。

 どうにか励まさないと……!


「……アア、燥イデ、余計ナ見栄、張ルカラ」


 ノーブルミミックが追い打ちを掛ける。

 しかし、それを怒る元気もないらしく、ルナエールは反応を返さなかった。

 ど、どうしよう、この空気。


「そ、そうだ! 俺、多少は自炊やってたから料理できますよ! 任せてください!」


「しかし、客人に任せるわけには……」


「これまで散々世話になってるんですから、それくらいさせてください! ただこっちの調理器具の勝手がわからないんで、それだけ教えてもらっていいですか?」


 こうして、俺が流れで料理を引き受けることになった。

 調理器具は魔石という魔力の宿った鉱石を燃料にしていること以外は、あまり気を付けるべき部分はなかった。

 要領はあまり大きくは変わらなさそうだ。


 ノーブルミミックの中から食材になりそうなものを漁らせてもらい、《アカシアの書》で食材の情報を見て適した用途を確認しつつ、魔物の乳と肉、野菜と香辛料を用いてシチューを作った。

 ……《地獄の穴コキュートス》産であるためか妙に高価値のものが多かったが、気にしていると何も作れなくなってしまいそうなので、許可を取って使うことにした。

 味見してみたが、高価値の食材のためか、無難に作っただけでも随分と美味しく仕上がったように思う。


 俺はシチューを盛りつけた皿を渡す。

 ルナエールは珍しいものでも見るように目を丸くして受け取り、そうっとスプーンを伸ばしてシチューを掬う。

 

「ど、どうでしょうか……?」


 ルナエールは食した瞬間、身体を縮込めて顔を赤くしていた。

 何事かと思っていると、ルナエールの目に涙が滲んでいた。


 し、失敗した!?


「す、すいません、口に合いませんでしたか?」


「いえ……人の手料理など、もうずっと食べていなかったので、その……」


 ルナエールは目の涙を拭ってから、続けてもうひと口食べる。


「ありがとうございます、凄く美味しいです」


 初めて、ルナエールの笑顔を見た。

 その眩しさに、俺は少しの間呆気に取られていた。


 今の様子でわかった。

 ルナエールの過去に何があったのかはわからないが、きっと彼女はこんなダンジョンの奥地でずっと一人で暮らしていたため、人寂しいのだ。


 俺は一瞬考え、それからすぐに決心した。


「も、もし師匠の迷惑じゃなければ……その、俺、ここで暮らさせてもらえませんか」


「えっ……」


 ルナエールが、大きな目を瞬かせる。

 その後、顔を真っ赤にして、口をぱくぱくと動かしていた。


 後ろでそっと鍋に近づいて盗み食いしようとしていたらしいノーブルミミックが、俺の言葉を聞いて跳び上がって驚いていた。

 落ち着かない様子で、俺とルナエールを交互に見ていた。


 しばらく、ルナエールは沈黙した。

 俺は答えをただじっと待っていた。


 ルナエールが顔を上げる。

 その時の顔は……いつもの、冷徹な表情へと戻っていた。

 

「……何を言い出すのですか。この階層に居着かれては迷惑だから、外に出られるようにしてあげようと言ったのです。修行が終われば、とっととこの《地獄の穴コキュートス》から出て行ってもらいます」


 ルナエールは、はっきりとそう明言した。

 ノーブルミミックが、しゅんとしたように頭の部分を下げていた。

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