第十三話 ノーブルミミック

 ルナエールが外に出ている間、書いたノートを軽く見返していたのだが、その間に宝箱が声を掛けて来た。


「ドウダ? カナタトヤラ、ココ、慣レソウカ?」


 宝箱の口が開閉する。

 中は闇が広がっており、何が入っているのかを窺うことはできなかった。

 外見よりも収納スペースが大きいようだし、魔法的な力が働いているのかもしれない。


「ええ、師匠のお陰で不便はしていませんし、寂しくもありませんから。あんまり長居して迷惑を重ねるわけにはいきませんし、なんとか早くにここを出るつもりはありますが……」


 ……なぜ俺は宝箱と普通に話をしているのだろうか。

 案外気さくで、ほどほどに俗っぽいためか不思議と親しみやすい。

 宝箱なのに。


「えっと、宝箱さんで大丈夫ですか?」


「正確ニハ、ノーブルミミック。ナンデモイイガ」


 なるほど、ノーブルミミックというのか。

 宝飾がふんだんに用いられているのが、ノーブルポイントといったところか。

 ……俺の腕を食い千切った、大口のある壁、グラトニーミミックの仲間なのか。

 ま、まあ、同種の魔物というだけだろう。


 何でもいいと本人が言っているし、宝箱さんで通させてもらおう。

 ……ミミックというと、どうしても俺はあの壁を思い出してしまう。


「宝箱さんは、俺と喋って大丈夫なんですか?」


 ルナエールの前では大人しくしていたあたり、ノーブルミミックは彼女から普通の宝箱を装う様に言われているかもしれない、と思っていたのだが。


「バレタラヤバイ。主、オマエガ怖ガルンジャナイカト心配シテル」


「じゃあ、もう別にいいんじゃ……」


「イヤ、喋ッタラ、オマエガガッツリ覗キ見シタコトヲ話スカ、オレガヘマシタコトニスルシカナイ」


 ノーブルミミックがぶるりと身体を震わせた。

 ……け、結構怒ると怖かったりするんだろうか。


「ダガ、タマニハ、アノ根暗女以外ト話シタイ時モアル」


 親しいからこその軽口だったのだろうが、ルナエールを馬鹿にされた気がして少しむっとした。


「師匠ー! 宝箱が、師匠の悪口を……」


 ちょっと脅かしてやろうと思い俺が振り返りながら大声を上げると、ノーブルミミックから素早く舌が伸びて、俺の身体を拘束した。


「むぐっ! じょ、冗談です冗談!」


「オマエニ余計ナコト吹キ込ンダト思ワレルト、何ヲサレルカワカラン。ソレダケハ止メロ」


 ノーブルミミックの舌から逃れた俺が床の上で伸びていると、ノーブルミミックが顔の横へと近付いて来た。

 く、口封じの俺にとどめを刺す気か……!


 咄嗟に俺は《ステータスチェック》を使っていた。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:ノーブルミミック

Lv :3022

HP :17225/17225

MP :12390/12390

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 め、滅茶苦茶強い!?

 俺を喰い殺そうとしていた蝦蟇の化け物ヘケトよりも遥かにパラメーターが高い。

 正直、この宝箱のことを舐めていた。


 俺が死を覚悟した瞬間、ノーブルミミックがぽつぽつと喋り始めた。


「……主、アンナ活キ活キシテルノハ初メテダ。仲良クシテヤッテクレ」


「え……? は、はい! 言われなくても、勿論……」


 な、なんだこのイケメンならぬイケ宝箱は。

 少しの間、互いに黙って見つめ合っていた。


「あの……師匠、ルナエールさんって、過去に何があったんですか?」


 ルナエールが本気で人間嫌いだとは思えない。

 しかし、あの様子を見るに、全く何もなかったわけでもないはずだ。

 ルナエールはリッチを『人としての生を捨てることで永遠を手に入れた存在』と称していた。

 昔は彼女も人間だったのだ。

 その際に、何かあったのだろうか。


「……ソウダナ、オマエニハ、知ッテオイテモライタイ」


 ノーブルミミックに、先程までの茶化した雰囲気はなかった。

 俺は唾を呑んだ。

 何やら深刻そうだが、本人の了承も取らず、こんなところで聞いてしまっていいのだろうか。


「千年前ノコトダ。当時ヨリ天才魔術師ダッタ主ハ、魔王ノ討伐隊ニ所属スルコトニナッタ」


「魔王……?」


「突然現レル、魔物ノ王ダ。魔物ヲ指揮シ、魔物ノ潜在能力ヲ引キ上ゲル術ヲ持ツ。何ヨリ厄介ナノハ、本体ガ短イ周期デ自己進化ヲ重ネ、際限ナク成長スルコト。最悪ノ魔物災害ダトサレテイル」


 そんな化け物がいるのか……。

 話を聞いている限り、単一の化け物というより最早現象、天災に近い存在のようだ。


「主ノ討伐隊ハ、壊滅シタノダ。魔王ノ討伐ニ失敗シタ。ソノ際ニ主ハ……」


「随分と楽しそうな話をしていますね」


 背後からルナエールの声が聞こえて来た。


 俺とノーブルミミックは、二人揃ってびくっとなった。

 つい背筋が真っ直ぐになっていた。

 ノーブルミミックも、気持ち縦に長くなった気がする。


 振り返ると、ルナエールがいつもの冷たい目で俺とノーブルミミックを眺めていた。


「コ、コイツニ、ドウシテモト強請ラレタ!」


 ノーブルミミックが舌先を丸め、器用に指を伸ばした手の形を作って俺を指し示した。

 こ、こいつ、真っ先に俺を売った!

 ちょっといい奴だと思っていたのに!


「後で覚悟しておいてください、ノーブル」


「何故オレダケ!」


 ノーブルミミックがぴょんぴょんと跳ねて抗議していたが、ルナエールに睨まれるとしゅんと大人しくなっていた。

 ……レ、レベル3000越えのノーブルミミックでさえ、ルナエールには頭が上がらないのか。


 ルナエールがノーブルミミックから俺へと視線を移した。

 つ、次は俺か!

 やっぱり見逃されなかった!


「すいません! 俺もその……」


「ノーブルと打ち解けていたようで何よりです。色々と気になることはありますが……それは、ノーブルの方にまた確認しておくことにします。材料を取ってきたので、料理してきます。待っておいてくださいね」


「あ、ありがとうございます」


「カナタニダケ優シイ! 狡イ!」


 ノーブルミミックが箱を横に倒して暴れながら抗議していたが、ルナエールに睨まれてまた動きをストップさせていた。

 す、すぐ折れるなら、最初から大人しくしておけばいいのに……。

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