第八話 ルナエールの拠点
「人間を招き入れるのは気が進みませんが、仕方ありませんね」
ルナエールが拠点の布張り小屋を前に、腕を組んで小さく溜め息を吐く。
「……本当にありがとうございます、師匠」
「気兼ねしなくて結構です。私からしてみれば、人間など虫けらの様なものですからね。小蠅が入って邪魔に思えど、ただそれだけのことです」
ルナエールはそう言いながら入口の帳を捲り、表情をむっとさせる。
それから尻目で俺の方をちらちらと見ていたが、目が合うと顔を逸らした。
「どうしました?」
俺が尋ねると、ルナエールは俺の方を向き直り、露骨に扉を背で隠した。
「……いいですか? 少し、そこで待っていてください。絶対に動かないでくださいね」
「……師匠?」
ルナエールはさっと小屋の中へと入っていった。
中からはバタバタと大きな音が聞こえる。
なんだ、何をやっているんだ。
何か、大きな破裂音まで聞こえて来た。
これは本格的に妙なことになっているのではなかろうか。
動かないでくれ、とは言われているのだが……。
「あ、あの、大丈夫ですか、師匠」
……声を掛けてみたが、一向に返事がない。
この化け物だらけの迷宮で心強いルナエールから離れた寂しさもあり、どうにも不安になってきた。
少しだけ、帳の合間に目を近づけてみた。
これならここから動くの範疇には入らないだろう。
……まあ、ただの言い訳なのだが。
……ルナエールが、牙の生えた宝箱型の化け物の中へと、せっせと部屋内に散らばっている分厚い本やら、何かの骨やらを押し込んでいた。
あの宝箱は、俺が襲われた口のある壁同様、ものに化けた魔物のようなものなのだろうか。
黄金で縁取られ、飾りに宝石が用いられており、煌びやかな外観をしていた。
「モウ、モウ、食ベラレナ……」
「つべこべ言わず、とっとと押し込んでください。これ以上客人を待たせるわけにはいきませんから」
泣き言を零す宝箱に、ルナエールがせっせと物を押し込んでいる。
宝箱はそこまで大きくないが、どうやら見かけ以上にものが入るようだ。
ルナエールの使っていた魔法、《
……というか、あっちに仕舞ってあげてはダメなのだろうか。
宝箱は随分と苦しそうに見える。
「…………」
どうやら掃除中だったらしい。
他にも首のない大柄の人間のような外観の土人形二体が、雑巾を持ってせっせと内装を磨いていた。
め、めっちゃ気遣わせている!
人間如きは小蠅程度にしか思わないと言っていたのはなんだったのか。
部屋の内装に目を移す。
魔法の研究のようなものなのか、趣味なのか、骸骨を用いた装飾品のようなものが多かった。
「ど、どうしましょうか。ベッドが一つしかありません。私が床で寝るのは妙な空気になるでしょうし、あの子だけ床で寝てもらうというわけにもいきません。こういう場合、どうするのが自然なのでしょうか?」
「オレ、ソンナコト言ワレテモ……宝箱ダシ……」
「それでよく今までやって来られましたね。ミミックなら人間心理にくらい精通していてください」
り、理不尽な喧嘩をしている。
「一緒ニ寝レバ?」
「ば、馬鹿なこと言わないでください! 叩き壊しますよ!」
ルナエールが顔を真っ赤にしながら腕を大きく振り上げたのが見えた。
魔法陣が展開されていく。
「オ、落チ着イテ主!」
「
降ろされた指先が宝箱を向いていた。
そのとき大きな土人形二体が、雑巾を捨ててルナエールを二人掛かりで押さえ込んだ。
「放して! 放してください!」
「ソレ飛バシタラ、オレドコロカ、コノ小屋吹ッ飛ンジャウ! 落チ着イテ主!」
そ、そんなにヤバイ魔法だったのか今のは。
「初メテノ来客デ舞イ上ガッテルノハワカルケド、主ハ不死者ダシ、変ナ期待ハシナイ方ガ……ア」
宝箱と、目が合った。
正確には宝箱には目がないので、とにかくその瞬間、お互いを認識し合ったのを感じ取った。
俺は小さく頭を下げ、そっと扉から離れた。
……な、何も見なかったことにしよう。
それから十分ほど経って、何事もなかったかのような無表情でルナエールが小屋から出て来た。
取り繕うのが上手い。
「私の小屋には、人間には毒となる瘴気が漂っていましたからね。少しそれを撤去していました。貴方が死のうとも別に構いませんが、ここまでしてやって小屋の中で死なれても迷惑ですからね」
「な、なるほど、ありがとうございます……」
詰めが甘い。
あの中のドタバタ音はなんだったと理由付けするつもりだったのか。
何なら、覗き見しなくても叫び声が聞こえてきていただろう。
「では、中にどうぞ」
「ど、どうも、失礼します……」
ルナエールに続いて中に入ろうとすると、彼女は扉の前でまた固まって俺を遮った。
「あ、ちょっと待ってください、緊張が……あ、いえ、そうではなく……」
「な、なるほど。なんとなくわかったので、ちょっと待ちますね」
……初めて人間を入れるらしいので、心の準備ができていないのかもしれない。
なぜこうも、妙な取り繕い方をするのだろうか。
素直に言ってくれた方が、お互い色々と楽だと思うのだが。
本心から人間嫌いでないことは、正直既に大体わかっているのだが。
その後、中に入ると、覗き見した時よりすっかり綺麗になっていた。
というか、綺麗になり過ぎている。
俺が怖がると思ったのか髑髏の装飾が全て撤去されているし、そもそもベッドが初めからなかったように消え去っている。
宝箱は既に限界だったようだが、あの上に更に詰め込まれたのだろうか。
どうやらあの後、最初からベッドなどなければ気まずくならないと考えて、異次元の解決策へと出たらしい。
な、なるほど、そうなったのか。
別に普通に使ってくれたらいいのに……。
二体のゴーレムも宝箱も、置物ですと言わんばかりに奥で静かに鎮座している。
……宝箱の方は、俺としっかり目が合ったと思うんだけど……。
「殺風景で驚きましたか? リッチになると、感性が衰えるのですよ」
「なるほど……」
花を植えたり猫の石像を作ったりしておきながら、よくそんな嘘がさらっと出て来たものだ。
というか、本当に悪い気がするので、もう普通に生活していて欲しい。
俺からしっかり伝えるべきなのだろうか。
俺が宝箱をじっと見ていると、宝箱が俺にアピールするかのように僅かにニッと牙を晒した。
……ルナエールに睨まれて、そっと牙を隠していた。
あ、あいつ、結構可愛いな……。
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