第七話 《太陽の宝玉》
俺はルナエールの後に続いて、迷宮の中を歩いていた。
……歩き始めてからそこまで経ってはいないのだが、ルナエールは既に五体の化け物を仕留めていた。
今も目の前に、その内の一体が血塗れで倒れていた。
鶏の双頭を持つ、全身金色で筋肉の塊の様な大男である。
もっとも……今ではその特徴的な双頭はどちらも首から斬り落とされており、四肢もバラバラにされているが。
どうやらラーという物々しい名前の魔物であったらしい。
信じられない程の高速で飛来してきて、双頭から炎を吐きながら向かってきた。
ラーの向かってきた通路が猛炎に覆われており、俺は見た瞬間に死を覚悟していた。
俺だけなら間違いなく瞬殺されていただろう。
なお、ラーの倍の速度で前に出たルナエールが剣を振るい、一瞬で金色の身体を八つ裂きにして始末してくれた。
わかっていたことだが、この人、反則級に強すぎる。
「
ルナエールは魔法陣を展開し、ラーの死体を回収していた。
ルナエールは時折こうやって魔物の死体を収納している。
一体、何に使うつもりなのだろうか。
聞くのが怖い気もするが……まさか、薬にでもするのだろうか。
「活きのいい鶏肉が手に入ってよかったです」
「鶏肉!?」
「何か、問題がありますか?」
ルナエールが無表情をそのままに首を傾げる。
「ちょ、ちょっと身体が人間的過ぎると言いますか……」
「育ちすぎた鳥の範疇だと思いますが」
育ちすぎたの範囲がちょっと広大過ぎないだろうか。
陸地の見えない海原に投げ出されたような気分だ。
「わかりました。餓死されても面倒なので、頭を食べていいですよ」
脳裏に、金ぴかぴんの巨大な鶏の頭部が二つ並んでいる図が浮かんだ。
……いや、それはそれでえぐすぎる。
大きい自体で不気味というか、人工的な色だと余計に食欲が失せるというか……。
それに、俺の暮らしていた国では、鶏の頭部を食べる習慣はないのだ。
そもそも、ラーだとかエジプト神の様な名を冠していたが、食べたら呪われたりしないだろうか。
……しかし、到底食用だと思える外見ではなかったのだが、確かにこの迷宮内でまともな食料が手に入るとも思えない。
ルナエールも善意で言っているに違いない。
我儘を言ってはいられない。
「……頭をいただくことにします」
その後もしばらくルナエールについていくと、迷宮内に土が敷かれている場所へと辿り着いた。
他の場所よりも明るく、仄かに暖かい。
どうやら地面が土になっているわけではなく、あくまで石造りの上に分厚く土が敷かれているようであった。
土には草が生えており、綺麗な花も並んでいた。
……陽の光が届かないここでは、植物がまともに育つとは思えないのだが。
いや、元の世界の常識がどこまで通用するのかはわからないけれど。
もしかしたらこの世界の植物は、陽の光がなくても、別の手段で栄養を得ることができるのかもしれない。
俺は周囲を見回し、観察する。
一本しかないが、木も生えていた。
真っ赤で、白い斑点のある不気味な果物が実っていた。
奥に大きな猫の像があり、口に真っ赤な水晶を咥えていた。
水晶が赤々とした輝きを放っている。
「……あの水晶、日光と同等の光を放っているのかな?」
「よくわかりましたね。《太陽の宝玉》という、外の世界では非常に価値の高いアイテムです。本物の日光よりも植物を育てるのに適しており、地上ではこれを巡って戦争が起きかねない程だそうです。ここでは、高価なアイテムが何気なく放置されていることが多いですからね」
俺が疑問をつい独り言で零すと、ルナエールが教えてくれた。
なるほど……そういえば、ここには高価なアイテムがいくらでもあるとナイアロトプが口にしていたが、あのことは真実であったらしい。
もっとも、連中は俺をここから生きて出すつもりはなかったようだが。
「欲しかったので地下九十五階層まで降りて探して、宝石好きのドラゴンを半殺しにしてもらってきました」
それはほとんど強盗なのでは……?
高価なアイテムが何気なく放置されていることが多い、というのは何だったのか。
「話し合いのできる魔物だったので、殺さなかっただけ穏便です。向こうは殺す気で来ていましたからね」
「は、はぁ……なるほど……」
……この人、この《
「あの《太陽の宝玉》を咥えている変な猫の像は最初からついていたんですか? 太陽を司る神様か何かなんですか?」
「……あれは、私が趣味で宝玉の土台として作ったものですが」
ル、ルナエールの趣味だった。
変な、なんて言わなければよかった。
ちょっとだけ目付きが厳しくなっている様に思う。
少し怒っているのかもしれない。
意外と可愛いもの好きであったらしい。
花の並ぶ地面を、ルナエールを先頭に歩いていく。
ルナエールは花を眺めながら歩いていた。
どうやら彼女は花も好きなようだ。
ここに土を敷いたのも、《太陽の宝玉》を持ってきたのも、全て花のためだったのかもしれない。
冷酷な雰囲気に似合わず優しいし、趣味も随分と可愛らしい。
リッチという在り方のためか異様なオーラを放ってこそいるが、ルナエール自身は本当にいい人だ。
……人間に裏切られたと、そう口にしていたことは少し気になるが。
「その、可愛い花ですね。こういうの、結構好きかもしれません」
「お世辞など結構ですよ」
そう言いながらも、ルナエールの足取りが少し軽くなっていた。
顔にはあまり出ないが、意外にわかりやすい。
俺はルナエールの背を和やかに眺めていたが、突然手に冷たい液体が掛かった。
「ひゃっ!」
透明な粘液のようだ。
「……騒々しいですね、何かありましたか?」
「い、今、液体が……」
掛かってきた方向へと目を向けると、花の中央に大きな口が開いていて、そこから涎が並んでいるのが見えた。
俺がぎょっとしていると、その近くの花が一斉に口を開け、声を出さずに笑い始めた。
ぞっとする光景だった。
まさか、ここの花のほとんどはこういう類なのではなかろうか。
「な、なんでもありません……」
俺は花を褒められた時のルナエールの嬉し気な足取りを思い出し、黙っておくことにした。
一度褒めたものを貶す様な真似はしたくない。
「無駄に騒がないでください。でも気になったことがあれば、何でも口にしてください。その……黙っていられて後で文句を言われれば、そっちの方が腹立たしいですから」
……口調は厳しいが、言っている内容は割と優しい。
しかし、だからこそ、そんなルナエールを悲しませたくはない。
黙っておくことにしよう。
「あそこが私の拠点ですよ」
ルナエールの言葉を聞いて目線を追えば、白い大きな布張りの小屋があった。
遊牧民が使っていそうな印象の、丸屋根の骨組みに白布を被せたような建物であった。
テントに近いが、それなりの大きさがある。
……そしてその横に、畑らしきものがしっかりとあった。
い、意外に文明的!?
これ、別に鶏頭で黄金マッチョな魔物なんか食べなくても生きていけるのではないだろうか。
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