第二話 暴食の壁

 俺は血で汚れた迷宮の中で、壁を背に床に座り込んでいた。

 なぜこんなことになったのか、まだ俺は受け入れきれないでいた。


 あの神の奴隷を自称していた化け物によれば、ここは異世界ロークロアの最悪のダンジョン、《地獄の穴コキュートス》であるはずだった。

 俺を殺す代わりに悪趣味な残虐ショーとして(もっとも人の人生を娯楽にしている時点で悪趣味なのだが)ここへと俺を送り込んだようであった。


「……立ち止まっている場合じゃない。とにかく、ここをどうにか抜けないと……」


 俺は自分に言い聞かせる。


 ナイアロトプの話によれば、ここは恐ろしい化け物がいるところ、という話だった。

 長居は無用だ。

 逃げられる術があるのかどうかはわからないが、こんな訳の分からないところで殺されるのはごめんだ。


 ナイアロトプは、結局俺には何か特別な力はくれていないようだった。

 しかし……固定技能と奴が称していた、異世界転移者にまず渡すらしい《ロークロア言語》、《ステータスチェック》とやらは渡しているといっていた。

 これが役に立つかもしれない。


 《ロークロア言語》は恐らく、この世界において一般的な言語なのだろう。

 ナイアロトプは地球の人間をこの世界に送り込んでショーにしている、といっていた。

 現地人と接触しやすいように言語能力を与えようとしていたとしてもおかしくはない。

 ……それに、奴がモチーフにしていると明言していた異世界転移小説においても、言語能力の付加は別段珍しい設定ではない。


 《ステータスチェック》は……恐らく、俺や他者の情報を確認することのできる力だろう。

 こちらもその手の小説で読んだことがある。


「……《ステータスチェック》」


 まずは自分に使ってみよう。

 俺は自分のステータスを確認する様、念じながら呟いてみる。


 頭の中に、感覚的に引っ掛かるものがあった。

 手足を動かすときのように、こうすれば自身の情報を確認できるだろう、というような感覚があったのだ。

 頭の中に、ゲーム画面の様なものが浮かび上がった。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

『カナタ・カンバラ』

種族:ニンゲン

Lv :1

HP :3/3

MP :2/2

攻撃力:1

防御力:1

魔法力:1

素早さ:1


特性スキル:

《ロークロア言語[Lv:--]》

通常スキル:

《ステータスチェック[Lv:--]》

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 ほ、本当に出て来た。

 比較対象がないので詳しいことはわからないが……まぁ、初期状態らしい、ということはわかる。


 ナイアロトプもレベルと口にしていたが、本当にそんなものがあるんだな。

 この世界にはこの世界独自の法則がある、という話だった。

 魔物を倒せばレベルが上がるのだろうか。


 俺は呼吸を整え、頭を落ち着かせる。

 とんでもないことばかりだが、順応しなければ生き残ることはできないだろう。


 何か、活路はあるはずだ。

 きっと恐ろしい化け物がいるはずだが、ナイアロトプはこうも口にしていた。


『君にもわかりやすく言うと、ゲームでいう裏ダンジョンって奴さ。世界最高級のアイテムの数々と、世界最悪クラスの魔物達が君を待っているよ』


 そう……ここには恐らく、強力なアイテムとやらがある。

 魔物に接触する前にそれを手に入れることができれば、とりあえずの危機を凌ぐことはできるかもしれない。

 それからゆっくりとここを出る方法を模索し、この世界についての情報を集めて行こう。


「よし……行くか」


 俺は壁に耳を当てて、足音を立てない様にすり足で進む。

 一度の魔物との接触で詰みかねない。


 俺はダンジョン探索ローグライクと呼ばれるジャンルのゲームをやったことがある。

 ランダム生成される迷宮を突き進み、敵を倒しながら装備を整えていくのが基本的な流れとなっている。


 例えるならこれは、ダンジョン探索ローグライクにおいて初期状態でダンジョン最奥地に放り込まれたようなものだ。

 無策で魔物に見つかれば、逃げる術もなく一撃で仕留められてしまうのはわかりきっている。


「意外と頭回ってるな俺、案外どうにかなるかも……」


 こんな状況に、少しわくわくし始めている自分がいることに気が付いた。

 楽観的なのは俺の数少ない美徳の一つだともいえる。


「ん……?」


 しばらく歩いていると、通路の行き止まりに当たった。

 黒く朽ち果てた骸骨が、壁に凭れ掛かる様に倒れていた。

 腐臭を放っている。


 気味が悪かったが……そこまでグロテスクというほどではない。

 惨死体ならともかく、骨ならば葬儀で見たことがある。


 それにラッキーだと思った。

 骨は、黄金色に輝く剣を握りしめていた。


 間違いなくレアアイテムという奴だ。

 これがあれば……魔物が出て来たときに対応できるかもしれない。


「それじゃ、拝借させてもらいますよっと……」


 俺は剣を掴んで引っ張った。

 その勢いで骸骨が崩れ、俺は背後に飛び退いた。


 ……な、なんだか、申し訳ないことをした気持ちになる。


 黄金剣に《ステータスチェック》を使ってみようとしたが……感覚的に無理だろうな、ということがわかった。

 スキルを持っていると、扱い方が直感的に理解できるようだった。

 これは生物に対してしか使えないものなのだ。

 何か、別のスキルかアイテムがあればわかるのかもしれないが……。


 軽く振ってみようとしたところ……突然、黄金剣が姿を消した。


「えっ」


 遅れて、腕に激痛が走る。

 黄金剣だけではない。

 俺の右手の肘から先がなくなっていたのだ。


「ゴ、ゴゴ、ゴチリマス……」


 目の前の行き止まりの壁に、大きな口ができていた。

 口はくちゃくちゃと動き、ぺっと黒ずんだ腕の骨と黄金剣を吐き出した。

 ――俺の腕だ。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:グラトニーミミック

Lv :1381

HP :9027/9027

MP :5919/5919

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 俺は《ステータスチェック》で、咄嗟にそいつを確認していた。

 思っていたよりも数値の桁が全然違った。


「あ、あああ、あああああああああああああっ!」


 俺は食い千切られた腕を押さえ、叫びながら逆方向へと駆け出した。


「ゴチッ、ナリマシタ……」


 無機質なグラトニーミミックの声が響く。


 曲がり角を曲がったところで、俺はその場に倒れていた。

 もっと逃げなければと考えていたが、膝がガクガクと震えて動かないのだ。

 動悸が激しく打ち鳴らされていた。

 心臓が口から出てしまいそうだった。


 俺は温く考えていた。というより、温く考えるように自分を誤魔化していた。


 ここはゲームを模した世界ではあるが、ゲームの世界ではない。

 自分を騙して、止まっても無意味だと鼓舞していたが、死ねばそこでお終いなのだ。


 勝算なんて最初からなかった。

 これはそういう奴らのショーなのだ。


 今のあの化け物に、何かちょっと凄い武器があったからといってとても勝てるとは思えない。


「これっ、最初から詰んでるじゃないか。クソゲー過ぎるだろ……」


 もう、何もしたくない。

 このまま床に伏せたまま死んでしまいたかった。


「悪い、クロマル……俺、ダメかも……」


 俺が突っ伏していると……何か大きな音が近づいて来た。

 顔を上げる。


 頭部のない、二メートル以上ある人間がいた。

 肌色は灰色で、力士を思わせる体格をしていた。

 腹部には、頭の代わりとでもいわんばかりに大きな口が開いていた。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:プレデター

Lv :1821

HP :9418/9418

MP :5081/6054

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 とっくにわかっていたことだが……ここには、本当にヤバイ化け物しかいないらしい。

 今度こそ、終わった……。

 俺は、死を覚悟した。

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