不死者の弟子~邪神の不興を買って奈落に落とされた俺の英雄譚~
猫子
第一章 不死者の弟子
第一話 神様の遊戯
「カンバラ……カンバラカナタ、だねぇ。うん」
中性的な、妙な訛りのある声が俺の名前を呼んだ。
俺はそれに応えて目を開いた。
俺は……白い空間に浮かんでいた。
そうとしか形容できなかった。
周囲には黒い渦の様なものが浮かんでいるが、手に触っても通り抜けていく。
えっと……これは、夢か?
俺を呼んだ声の主らしき人物は目前に立っていた。
派手な緑色の癖毛の人物で、黒い礼服を纏っていた。
男物の格好だが、性別は……どちらとも区別がつかなかった。
顔の造りは西洋人らしく、蒼い瞳をしていた。
「自己紹介と行こうか。僕は、神だよ。正確には、上位神の奴隷として創られた、下位神だけれどねぇ。僕の名前は……正式名称ではニンゲンにとってはあまり長すぎるし、ニンゲン程度の用いる言語に置き換えることもできないのだけれど……それでも便宜上とりあえずの名前を名乗っておくと、ナイアロトプという」
か、神……?
「あなたは、何を……! むぐっ!」
突然、口が開かなくなった。
「ギャーギャーと喚かれるのは嫌だから、君の口はチャックさせてもらったよ。僕はねぇ、煩わしいありふれた質問が大嫌いなんだ。必要最低限の情報だけ伝えて、とっとと進めさせてもらいたいんだよね。口は、後で開かせてあげるけれど……そのときにくだらない質問をしたら、死ぬより辛い目に遭うと思ってくれたまえよ」
緑髪の人物……ナイアロトプは、飄々としたふうにそう言った。
何を馬鹿げたことを……という言葉が頭を過ぎったが、周囲の異常な空間と、実際に口が開かなかったという事実、そしてナイアロトプから感じる得体の知れない感覚から、どうやら彼の言葉が全て真実であるらしいということを俺は感じ取っていた。
「おめでとう。君は、僕のショーに選ばれたのさ。僕の役目は、上位神達にエンターテイメントを提供することなんだよねぇ」
エンター、テイメント……?
「カンバラカナタ、二十歳、フリーター……趣味なし、特技なし、将来の夢なし、友人なし、恋人なし、親しい親族なし……」
ナイアロトプが、淡々と俺についての情報を口にしていく。
……さびしいプロフィールだが……ナイアロトプの言う通りだ。
俺は特に親しい知人もなく、特に趣味や夢もなく生きていた。
両親も、高校時代に事故で死んでいる。
「定期的に元の世界に未練のなさそうな、君の様なクズを僕はプロデュースしてあげているのさ。異世界転移小説は知っているかな? 知っているよね、君達の文化なのだから! いや、アレはいいよね。僕も大好きだ、心が躍る」
俺は小さく頷いた。
確かにそういった小説群があることは知っているし、数シリーズほど読んだこともある。
神様の都合で異世界に飛ばされた主人公が、そこの世界で神様から得た特権や元の世界の知識を活かして活躍していくファンタジー小説だ。
しかし、プロデュースとは一体……。
「実は上位神達も、アレを大層お気に召されていてね。でも上位神って奴は、ニンゲンよりもちょっとばかり目が肥えていて贅沢なんだよ。そこで僕は他の上位神の力を借りて、世界を一つ創り上げたのさ。ニンゲンを送り込むのに適した、ゲーム風中世ファンタジーって奴をね。異世界ロークロア……君達のいた世界とはちょっとばかり違う法則に支配された、おとぎの世界だよ。どうだい? 心が躍るだろう?」
せ、世界を一つ、創り上げた……!?
「創ったのは君達の世界でその手の小説が流行してからなんだけれど、上位神にとっては時間なんてどうにでもなるものだからね。既にロークロアは創世歴一万年の世界だよ」
規模が大きすぎて、頭が理解しきれなくなってきた……。
俺が頭を抱えていると、ナイアロトプが不機嫌そうに眉間に皺を寄せていた。
い、いけない……とりあえず、呑み込めた振りだけしておこう。
後でゆっくり考えた方がよさそうだ。
彼か彼女かはわからないが、ナイアロトプはありふれた邪魔臭い反応が嫌いだと口にしていた。
ナイアロトプの機嫌を損ねるのは危険だ。
「そう、それでいい。利口な子は嫌いじゃないよ。さて、こうしている間も……君は高位神様達の見世物になっているわけだよ」
ナイアロトプが指を鳴らす。
空間が歪み……周囲に様々な顔が浮かんだ。
仮面のようなものや、時計を模した様なものもある。
目玉だけが浮かんでいるものもあった。
どれもとにかく不気味な代物で……見られていると思うと、背筋に冷たいものが走った。
「フフフフ……神様達は、君達地球のニンゲンが、チートスキルを手にしてロークロアで好き放題に暴れることをご所望なのさ! 勇者になるも、魔王になるも……それとも力を隠してひっそりと甘い汁を啜るのも、全ては君次第というわけだ。どうだい? これまでの君のクソみたいな人生とは比べ物にならないだろう? ああ、君は本当に幸せ者だねぇ!」
ナイアロトプが口を押えて笑う。
「さぁ、ご趣味のよろしい高位神の皆様方! このナイアロトプが、また一人ロークロアへと《主人公》を送り込ませていただきます! しかし、魔法と剣、そして魔物の支配するロークロアの世界では、軟弱な地球産のゴミなど即日ミンチとなることは必定! 固定スキルの《ロークロア言語》、《ステータスチェック》に加えて、今回は彼に何を差し上げましょうか? そして、今回送り込むのはどの地がよろしいでしょうか!」
ナイアロトプが両腕を広げながらその場で回り始めた。
高位神達にアピールしているらしい。
高位神達の目玉がぎょろぎょろと蠢き、口がカクカクと動いた。
そして聞いたことのない奇妙な言語が忙しなく響き渡る。
とにかく……それは異様な光景だった。
俺は気圧され、ただ茫然としていた。
「むむ……そうですねぇ! ええ、ええ、カナタ君にも、要望を伺ってみましょうか!」
そのとき、俺の口を縛っていた力が解放されるのを感じた。
どうやら俺の口が解禁されたらしい。
「さぁ、さぁ、要望をどうぞ! もっとも……あまりヌルゲーになってもつまらないので、制限は掛けさせてもらいますがねぇ!」
ナイアロトプが期待した目で俺を見る。
俺は少し考える。
怒らせるだろうか……いや、しかし、言わないわけにはいかない。
「あの……戻してもらっていいですか?」
俺が言うと、騒々しかった高位神達が静まり返った。
ナイアロトプの表情が大きく歪んだ。
「はい? なぜです? あなたは、何の未練もないニンゲンと、既にリサーチ済みです。怖くなったのですか? 大丈夫ですよ……堅実に生きていけば、あなたは僕の授けたチート能力で、何ら困ることなく裕福な生涯を……」
「猫を飼っているんです。ナイアロトプ様は俺を孤独の身だと言いましたが……俺にとっては猫のクロマルが家族なんです。両親を事故で失ってやさぐれていた俺を立ち直らせてくれた、大事な相棒ですから」
クロマルは雑種の猫で……ある日突然、家の前に捨てられていたのだ。
最初は見捨てるのに気が引けて、引き取り手が見つかるまで家に置いておくだけのつもりだった。
しかし、いつの間にか大切な家族になっていた。
あいつは俺がいなくても上手く野良としてやっていけるかもしれないが……だからといって、別れの挨拶もなく、唐突に別世界に旅立つような真似はできない。
置いていかれる悲しみは俺が一番よくわかっている。
ナイアロトプの顔が更に歪んでいた。
目や鼻、口が螺旋状に歪み、顔に奇妙な皺が刻まれている。
髪と顔の一部が奇妙に一体化していた。
俺は唾を呑んだ。
ナイアロトプも、恐らく元々は人間の姿ではないのだ。
何か恐ろしい正体が表に出そうになっている。
「こっちはさぁ……そういう嫌々な態度を見せられると、萎えるんだよ。ニンゲンが欲望や身勝手な価値観で、好き放題に暴れるところが見たいんだ。わかれよ、空気読めよ。だから、わざわざ君みたいなクズを捜して選んでやったんだよ。新しい転移者だって高位神様らが期待していたのに、この僕に恥を掻かせてくれやがって。君の召喚やらだって、どれだけ手間が掛かると思っている? ニンゲンが都合で神に駄々を捏ねるなよ。それも猫だって? 馬鹿にしているのか?」
そもそも一方的に呼びつけて、俺が転移したがっているに違いないと思い込んでいたのはナイアロトプの方の落ち度なのだが……とにかく、機嫌を損ねてしまったようだった。
ナイアロトプの顔がどんどん渦巻いていき……肌色と髪の緑、衣服の黒が合わさっていく。
奇妙な捩じれた、緑の植物の根のような化け物の姿へと変わっていった。
ナイアロトプの、奇妙な緑色の大きな腕が俺へと伸びる。
「ひっ!」
俺は逃げようとするが、身体が動かない。
すぐに胴体を大きな腕に掴まれてしまった。
歪な爪が、俺の背に突き立てられた。
こ、殺される。
恐怖で声も出ない。
「しかし……そうだね。ゴミを殺すのは簡単だけど、せっかく高位神様らにもご覧になっていただいているんだ。こんなしょうもない殺し方はできない……そうだ、チャンスを上げよう」
チャ、チャンス……?
助かる、のか……?
「君に特別な技能を上げるつもりだったけれど、それはナシだ。言語能力と、それからせいぜいステータスチェックを活かすといい。そして……君の転移先だが、ロークロアの《
俺を中心に……何か、奇妙な言語で綴られた計算式の輪の様なものが浮かび上がっていく。
「君には馴染みがないだろうね、魔法陣って奴さ」
ナイアロトプが俺に顔を近づける。
人間の顔面はほとんど崩れており、螺旋状に渦巻いた中央の空虚な穴が、至近距離から俺を睨んでいた。
「さぁ、高位神様の方々……こちらの手違いで、興醒めするニンゲンを連れてきてしまい、申し訳ございませんでした。ではカナタ君がどれだけ生き延びることができるか、どんな死に様を迎えるのか、お楽しみに!」
ナイアロトプが声を張り上げて叫びながら、高位神達に見せつける様に俺を高く持ち上げる。
「それじゃあね、出来損ない君。《
俺の周囲に浮かんでいた、魔法陣とやらが輝きを帯び始める。
光に包まれて、周囲の景色が歪み始める。
気が付くと俺は……見知らぬ建物の中にいた。
石造りの厳かな内装をしていて、まるで神殿跡のようだった。
壁に悪魔の顔が等間隔に彫られており、口の中に炎が灯されている。
並ぶ石柱には、そのどれもに人間を模した彫り物が施されている。
ただ……不気味なことに、その石の全ては赤黒い血で汚れていた。
「な、なんだよ、これ……」
思わず呟いたが、頭では理解していた。
俺はどうやら……ナイアロトプの奴の魔法とやらによって、異世界ロークロアとやらの最悪のダンジョン、《
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