ずるい女①



 恋愛なんて一生縁のないことだと思ってたから、いざ自分が当事者になった今、何をどうしたらいいのかがよくわからない。なんて言ったら、彼女は笑ってくれるだろうか。


「お休みの日、普段何をしていますか?」

 そう彼女に聞かれたのは、私たちがお付き合いを始めてから二週間ほど経ったある日の終業後だった。

 付き合い始めた、といっても関係性が変わったかと言われればそうでもなく、前と同じような先輩後輩の関係性を続けている私たちがそこにはいた。

 でも、それも仕方のないことだ。彼女は私に恋をしているのかもしれないが、私はそうではない。形だけの、口約束だけの関係。心は決して繋がっていない。

 それを理解しているからこそ、彼女も何かをしなきゃって思ったのかもしれない。

「寝て、起きて、寝る」

 私の休日はこの三言で表すことしかできない。日頃残業で取れていない睡眠の全てをここで補っているから。人間、寝溜めは出来ないが足りないものを後から補うことは出来るらしい。

「つ、つまり暇ってことですよね?」

「暇……、暇かなぁ?」

 暇の基準を誰にするかによると思うんだ、それは。少なくとも私は自分の生活を暇とは捉えていないんだよ。とは、言えないし言わないけれど。

「えっと、気に障ること言っちゃいましたか……?」

 難しい顔してたんだろう。怒ってると勘違いさせたかもしれない。田辺さんの目が少しずつ潤んでいく。

 私より十センチ以上低いところから、そんな顔をされたらさ、惚れてる惚れてないなんてどうでもよくなるよね。

 かわいいよ、かわいいんだよ。それは間違いない。でも、その目で、その状態で私を見ないでほしい。

 今の関係も、泣き落としみたいなものだ。涙を見せないでほしい。その涙に勝てるほど私は強くない。

 彼女、実は涙もろいのかもしれない。仕事場で涙を流すことはなかったが、裏では辛いことがあると泣いていたのかも。

 それは……嫌だな。先輩としても、恋人(仮)としても。彼女のことを好いていない私と同時に、彼女の悲しむ顔を人一倍見たくない私が存在していて。

「泣かないで」

 周りに誰もいないのを確認して、彼女を抱き寄せる。

「えっ、ちょっ、夢野さん!?」

「勝手な話なんだけど」

 そう、本当に自分勝手な話。

「あなたには泣いていてほしくない」

 そう言うなら、好きになってあげればいいのに。私の言動が回り回って彼女を傷つけることを自覚していて、止めることができない。体裁の良い人間として生きてきた私を、変えることができない。

 私は未だに、こんな人間である私を好いてくれている彼女の気持ちが、信じられないでいる。



『え、映画のチケット、貰っちゃって』

 あの後、そう言われ明らかに貰い物ではなさそうな前売り券を渡された。つまるところデートのお誘いである。

「デートって、どんな格好して行けばいいんだろう」

 私の生涯、誠に残念なことに未だそのデートとやらを経験したことがないので基本の喜の字さえもわからない。仮にも年上だ、本当にそれでいいのか?

 よくない気がする……。かといって、調べるというのもばかばかしくてやりたくない。だってそれじゃまるで、私がデートを楽しみにしているみたいじゃない。

 それは、違う。

 私はただ、断れなかっただけ。告白も、デートも。

 いい人、いい先輩。そう思われていたいだけ。ずるいの、私は。断らなければ、悪い人には少なくともならないでしょう?

 それがわかっているから、断らなかった。だから私はずるい女。


『で、わからなすぎて私に相談してきたと』

 スピーカーの向こうの声は少し気だるげで、なおかつめんどく祭という感情を一つも隠すことはない。

「相談できそうな相手があなたしかいなくて」

『それは奏撫に友達がいないだけでしょう?』

「うっ」

 電話をかけた相手は大学時代の友人である牧野華。彼女は、幼馴染である横田陽子と付き合っている。大学時代、そしてその後も彼女たちのあれこれをたくさん見てきたし、逆に彼女も私をそれだけの期間見てきた。

 同性と付き合っている彼女だからこそわかることがあるはず、そう思った私は久方ぶりに彼女に連絡を取ったのだが。

『そもそも、あなたもお人好しすぎる。そんなの断ればよかったのよ』

「無理だよ、それは」

『大学時代はあれだけバサバサ振りまくってたくせに』

「そ、それはそうなんだけど」

 それとこれは違う気がする。大学の時に告白されたことなんて数回しかないし、どれも話したこともないような人ばかり。OKを出す方がおかしいようなシチュエーションばかりだった。

『違くない。奏撫は断ろうと思えば断れたはずだよ』

 でも、彼女は後輩で、たった一人の同性の同僚で、友人のような存在で。

『さっきまでの話、私にはあなたが必死に受け入れないように言い訳を並べているようにしか聞こえなかったけど』

 ズンと心の奥底を殴られる感覚。そこにあるのかないのかさえわからない本音を鷲掴みされて無理やり引きずり出されるような、ないはずのものをあると答えなければいけないかのような『圧』がその言葉にはあった。

『とりあえず、今ある服の中で一番気合が入りそうな服を着て、その日一日考えてみたら? 自分の心の奥の本音ってやつを』

「でも」

『だって、あなたじゃない。あの時私にそう言ったのは』

 脳裏に浮かんだのは大学時代の一コマ。陽子のことが好きなのかもしれないと悩み、打ち明けてくれた華に私が言った言葉。

「次出かける時にさ、今持ってる一番可愛い恰好して、考えてみればいいよ。自分の本音を。恋なのか、親愛なのかをさ」

 あの時の私は、華が一番いい決断を出来るように、そう思ってあの言葉を発した。

 確かに、そうだ。

 私はまだ、見えてない。

 答えも、何も。

 私はまだ、信じられていない。

 彼女の言葉も、想いも。

「うん、ごめん。ありがと」

『まあ、ちゃんと付き合うなら紹介してよね』


 心は、決まった。だから、もう逃げない。

 決戦はもうすぐ。

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あなたは私に舞い降りた天使 万宙束咲 @mahiro_424

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