文化祭でのソウル・ボイス

 ― 文化祭当日 ―


 ソウル・バンド部のメンバーはすでにメイクをし、案内係や行列の整理、揉め事の仲裁等を行っていた。


 そんな中、校内を見回っている神沢のインカムに、講堂にいる庶務の中村から悲壮な声が届けられた。


「なんですって!?」

『予想外に各演目が時間を食っちゃって、最低でもどれか一つ、演目を削らないと……。このままでは後夜祭までに片付けが終わりません!』


「……わかりました。私から“彼ら”に伝えます」


 非常階段の踊り場に立つ、神沢と前田。


「……そうか。俺たちのソウル・バンド、取りやめか……」

「ごめんなさい。すべての責任はこの私にあります……」


 神沢は深々と頭を下げた。

 既に覚悟していた。

 前田から侮蔑の言葉を浴びせられても……。

 手を出されても……。


 それに、ソウル・バンドのメンバーは、文化祭でのライブのためにパンツ一枚で土下座した。

 同じことをやれと言われても……。

 それ以上のことをされても……。


 すべて受け入れると……。

 

「わかった。他のメンバーには俺から伝えておく。“会長”は仕事に戻っていいぜ」


 しかし、前田はいつもの口調で携帯を手にする。

 拍子抜けし、無言で非常扉を開け校舎に入ろうとする神沢の耳に、


『リーダーだ。みんなに伝える……。すまん。今までありがとう……』


 今まで聞いたことのない前田の声が神沢の心に、魂に突き刺さった……。


 ― 後夜祭まであと十五分 ―


 日が暮れた校内を見回る神沢。

 ソウル・バンド同好会の働きによって講堂や各教室の片付けは済んでおり、生徒達は続々とキャンプファイヤーのやぐらが組まれたグラウンドへ集まっていった。


 神沢の脳裏は、いくつもの生徒の声を思い出す。


”ソウル・バンド、中止だってよ”

”また会長を怒らせたのかぁ? 文化祭ぐらい大目に見ればいいのによぉ”

”私、結構楽しみにしてたんだけどな~”


『ただいまより、後夜祭を始めます』


 設営テント内の放送部のかけ声により、やぐらが点火され。グラウンドに置かれたスピーカから音楽が流れる。

 生徒達は叫び、踊り、手に手を取り合って歌い合う。


 そんな中、神沢の眼は、校舎の前で座る前田を見つけた。

 傍らには残った焼きそばやお好み焼きが積まれており、後夜祭の様子を眺めながら黙々と食していた。


 その横、一人分のスペースを空けて神沢は座る。

 差し出されるフランクフルト。

 神沢は手に取り。一口含んだ。


 沈黙の時が流れる。


「……ごめん……なさい」

 神沢の再度の謝罪にも、前田は無言で食べていた。


「何とか時間を工面すれば……演奏出来たかもしれないのに……」


 二学期になると”会長に立候補”と、神沢は周りの生徒からされた。

 そのことを、自分を一番知っている男子生徒に呟くと


『いいんじゃね? やってみれば。珠美ならきっと出来るぜ!』


「生徒全員を……貴方達を……楽しませることが……できなかった……。私……会長……失格……」


 一番楽しんで欲しい生徒を悲しませてしまった。

 自身にとってそれは償いきれない罪。

 それを不問にする彼の態度が、より神沢を苦しめた。


 最高潮に達した後夜祭の中、神沢の瞳から水晶のような雫が、スカートの上に落ちる。

 次の瞬間


”ガガ……ピーーーー!”


 音楽が止まり、雑音がグラウンド上に轟いた。


『すいません。ちょっとお待ちください』

 放送部員がハンドスピーカーを手に皆に謝罪する。


 ざわめきながら、生徒達の熱は徐々に熱が冷めていった。

 そんな中、前田は勢いよく立ち上がると、携帯を手にした。


『リーダーだ。全員! グラウンドに集合!!』


 それをうるんだ瞳で問う神沢。

 前田は校舎に立てかけてある二本のモップを手に取ると水で濡らし、神沢にウインクを捧げた。


「まかせな。最高の後夜祭にしてやるぜ! それに……」

「……?」

「ゲリラライブは、ソウル・バンドの専売特許ってな!」


 朝礼台へ歩む前田に続き、神沢もまた、弾けるようにグラウンドへ飛び出した。

 そして、放送部員からハンドスピーカーを奪い取ると、笑顔で声を張り上げる。


『レディース、アンド、ジェントルメ~~ン! ただいまより、ソウル・バンド同好会のゲリラライブを行いま~す! プリーズウェルカム! ソウル・バンドォ~!!』


『うおおおぉぉ~~!』

『ここでかぁぁ~!』

『待ってましたぁ~!』


 朝礼台の上に立つ前田。

 その下に集う三人のメンバー達。


”チンチンチンチン!”


『UNO・DEUX・参・FOUR・GO!』


 四人が魂を燃やす。

 生徒の間でくすぶっていた火が、熱い炎となってグラウンドの上で燃え上がる。


(やっぱり……これが蒼流なんだ……)


 前田の笑顔を見た神沢は、ホッと安堵の息を漏らした。


『りゅあらぁ~らんりゅらかららりゅあ~あ!』


(相変わらず変な歌……どんな意味があるのかしら……)


 その瞬間!


『♪……珠美』

「えっ!?」


 前田の声が神沢の耳ではなく、魂に届けられた。


『♪……かわいい珠美……素敵な珠美……大切な珠美……♪』

「な、なに……これ……」


 思わず声に出して狼狽する。


『♪……怒りっぽいのが……玉にきず……珠美だけにな……♪』


 これまでただの雑音にしか聞こえなかった前田のソウル

 それが今、はっきり言葉となって神沢の魂に響いていた。


「まさか……これって……もしかして……ソウル・バンドの曲の……歌詞!?」


 ― 学園祭まで一週間 ―


 準備の様子を見回るため生徒会室を出た神沢は、ゴミ捨て場で左京山と出会った。


「左京山君。ちょっと……いいかしら?」

「これはこれは生徒会会長直々のご指名とは。よろしいのですか? こんな所、新聞部や、ましてやリーダーに見られたら……」


 右手で自身の左肘を掴む神沢の目は真剣だった。


「……わかりました。大方、お話の内容は予想できますが……場所を変えますか?」


 二人は、校内の隅にある倉庫の壁にもたれかかる。


「……せっかくのご質問ですが、私はリーダーがなんでソウル・バンドを立ち上げ、活動しているのか知らないのです」


「えっ!?」


「いや、直接聞かなかったと申し上げるのがより正確でしょう。あの頃の私は三味線部員が集まらず半ば自暴自棄になっていまして、いっそピエロになろうと思っていましたから……」


「そう……なんだ」


「後藤君や右門君はバンドの《目的》や《表現》をリーダーに尋ねたみたいですが、他言無用と念を押されたため、私が尋ねても教えてはくれませんでした」


「……わかったわ。ありがとう」


「ですが、すぐにわかりましたよ。リーダーのソウルに触れて、聞いて、感じて……」


「えっ!?」


「会長も一度、リーダーの魂を受け入れてみてはいかがですか?」


「そ、そんなこと……どうすれば?」


「魂の壁を取り払って……リーダーの魂すべてを感じてみるのです」


「で、でも……」


「簡単ですよ。我々はこれまで“一曲”しか演奏していません。これからもそうですから」


 ― ※ ―


『♪~だけど、俺には珠美しかいない!』


 前田の魂が一気に燃える!


『♪~好きだぜ珠美! 愛しているぜ珠美! 俺にはお前しかいないぜぇ!!』


「……馬鹿……蒼流」


 神沢の魂に轟く前田からの告白。

 再び神沢の瞳から頬へ、雫がつたい落ちた。

 しかし先ほどとは違って、その雫は熱く燃えていた。


「!」


 神沢も朝礼台へ駆け上ると、前田のモップを一本奪い取った。


「お、おい、珠美……」

 神沢は告白の返事とばかり、前田の頬へキスをすると

”!”

 豆鉄砲を喰らった前田に構わず


『私のソウルボイスを、きけぇぇぇ~~~~! IYA〜HAAAAAAAAA~!!』


 グラウンドへ向けて魂の叫びを上げたのだった。


『うおおおぉぉ!』

『会長~!!』

『素敵ぃ~!!』


 最高潮に達する生徒達。


「おま……なにを?」

 頬を手で押さえる前田。

「蒼流のソウルへの返事……えっ?」

 ペロッと神沢が舌を出すと、前田は神沢を抱きしめ、唇を押しつけるように重ねた。


”!!”

 固まる神沢と、それを見ている生徒たち。


 ゆっくりと二つの唇が離れると


「ふぅ……最高の祭りに最高の舞台、そして最高の女。今の俺は最高に幸せだぜぇぇぇ!! イヤッハァ~!!」


 こうして、時間いっぱいまで、彼らのソウルボイルは校内を支配したのであった。   

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