集う魂のメンバー達

 ― 時はさかのぼって四月中旬 ―


 各部活が新入生を勧誘している最中、一人の男子生徒がプラカードを持って校門の前で叫んでいた。


『ソウル・バンド同好会のメンバーを募集中! 楽器が弾けなくても、歌が歌えなくても大歓迎! 必要なのは熱いソウルのみ! 俺と一緒に魂を燃やそうぜ!』


「よっ! 前田ぁ! がんばれよぉ!」

「骨は俺たちが拾ってやるぜ!」


 最初は他の生徒達から怪訝な眼で見られたが、今では茶々を入れられるほどになった。

 だからといってそんなうさんくさい同好会に、新入生が興味を示すわけはない。

 前田は毎日むなしい日々を過ごすだけだった。


「あ~あ。今日も空振りかぁ~。こうなったらスカウトするしかかねぇかぁ~。まずは……」


 ― ある日の、駅前のゲームセンター ―


 《虹音にじねクミ》の音ゲーの前でプレイする小太りで黒縁眼鏡の男子生徒に、皆の視線が集中していた。


”パパパチパパパチパチパパチパチ”


 男子生徒は画面上下左右からスコールのように振ってくる音符に合わせ、神速でなおかつ寸分違わずボタンを叩く。


 彼の名は後藤。

 前田と同じ月止西高の二年生である。

 音ゲー界においては、両手の指が十二本に見えるとして、《トゥウェルブ・フィンガー》とも呼ばれていた。


”ピロピピッピピィ~!”

『みっしょんお~るくりあぁ~! おめでとぉ~!』


 虹音クミの電子声と画面に映る『Congratulation』の文字に見物客はどよめいた。


「すっげぇ~。ナイトメアモードをフルコンプでクリアーだぜ!」

「これで虹音クミちゃんの音ゲー、すべて制覇かぁ!」

「こんなん、指が二十本あってもクリアーできねぇよ」


 しかし、当の後藤はそんな声をまったく気にもせずその場を立ち去ると、重い息を吐き出しながらベンチに腰掛けた。


「……お疲れさん」

 顔の前に差し出される缶コーヒーを見上げると、前田が立っていた。

「……どうも」

 後藤は軽く会釈しながら受け取った。


 二人は缶コーヒーを一口含むと、後藤は重い口を開いた。 

「なにか……用か?」

「いやなに、ただの祝杯さ」

「……君の噂は聞いている。大方、君のバンドへ僕をスカウトしたいんだろ?」

「話が早くて助かるぜ」


 しかし、後藤は眼鏡を指であげると、拒否の声を出す。

「他を当たってくれ。俺は楽器は弾けない。ゲーセンで音ゲーのボタンを押すのが関の山だ」

「楽器なんか弾けなくったっていいさ。燃える魂さえあればな」

「……意味がわからん」

「そのままの意味さ。メーカーから与えられたリズムを、金を払ってただただ消費する、それだけじゃお前さんの魂がくすぶっていると思ってな」


 “ピクリ”と後藤の眉が動いた。

 その仕草に前田は食いつく。


「どうだ? 一丁、お前自身が音ゲーになってみないか!?」

「はあぁ~? 僕が音ゲ~~?」

「おうよ! 誰にも真似できないリズムを、誰にも追いつけないビートを、お前の“口”で刻むんだ! お前自身が音ゲーに、誰にもクリアーできねぇ存在になるんだよ!」

「フフ……まぁ、休憩がてら話だけでも聞いてみるか」


 後藤に向かってソウル・バンドのことを熱く語る前田。

 いぶかしげに眺める後藤の目も、徐々に柔らかくなっていった。


「わかった。次の音ゲーが設置されるまでまだ間がある。暇つぶしに付き合ってやるか……」

「本当か!? やった……」

「た・だ・し! このバンドの《目的》を聞きたい。俺も闇雲にビートを刻むのはいい加減飽きたからな」

「……わかった。このことは他言無用で頼む」


 後藤はバンド設立の目的を小声で話す。


「はっはっはっは! 月並みだが面白いぜ! オッケー。俺のソウル。君に、リーダーに預けたぜ!」

 二人は魂の握手を交わしたのであった。 

 

 ― ある日の放課後 ―


 大音量の洋楽が轟く教室内で、一人の男子生徒がエア・ギターを熱演していた。

 観客は誰も見当たらない。

 しかし、ライブカメラの向こうでは数百人がその様子を生で、ライブで眺めていた。


 彼の名は右門。

 前田と同じ二年生である。

 またの名を、『エア・ギター界のヘル・ハウンド』と呼ばれていた。


「センキュー!」

 ミュージックが終わると、右門は右手を高々と上げ決めポーズを取った。

 リモコンでカメラを切ると、動画サイトのコメント欄に次々とメッセージが届けられた。


『ヘル・ハウンド! 今日もサイコー!』

『地獄協奏曲! 確かに受け取ったぜ!』

 それを一人、微笑みながら右門は眺めていた。


”パチパチパチパチ!”

 無音となった教室内を拍手の音が響き渡ると、一人、前田がドアの陰から現れた。


「……なんだてめぇか。やっぱ来ると思ったぜ。大方俺をソウル・バンドとやらにスカウトしに来たってかぁ?」


「安心してくれ。今の演奏で興味が失せた」


「……はぁ?」


「誰もいない教室に引きこもって一人寂しく演奏し、画面に映るお仕着せのコメントで満足する人間に興味はない」


「……んだとぉ?」


「観客の熱気がライブを行う演奏者の醍醐味であり、逆にブーイングは己の力量を純粋に評価してくれる絶対的な審判だ。これらから距離を置く引きこもり君とは仰ぐ旗が違ったようだ。では失礼する。良いエア・ギター人生ライフを……」


「待てやこらぁ!」


 教室を出る前田の背中に、右門は地獄の咆吼を浴びせた。


「ああ、そうそう、一つ気になっていたんだが……」


 しかし、前田は全く動じず、微笑みながら振り向くと


「……なぜエア・ギターって、一つしかギターを持たないのかな?」


 気の抜けた問いに右門は一瞬沈黙するが、獣の闘気は急激に冷め、馬鹿馬鹿しいとばかり鼻から息を出した。


「アホかお前は? 人間が二つのギターを持てるわけないだろ? 持ったとして、第一どうやって弾くんだよ?」


「そうか……俺なら二つ持つけどな。だって、どうせ見えないギターだし、弾いているモノマネするだけだからな」


「……ったく、これだからトーシローは……。テメェ、エア・ギターナメんじゃねぇぞ! どうやって二つのギターの音を表現するんだよ!?」


「“口”で表現すればいいじゃねぇか」


「……はぁ!?」


「一つ目のギターは今まで通りエア・ギターの体の動きで、二つ目のギターはこの口、声、いや、ソウルで音を表現するんだよ!」


「お前、声を出さず口パクするのがエア・ギター……」


「声を出せばいいじゃねぇか! そんな他人が勝手に決めたクソなルールに縛られる道理もない。むしろこっちからぶち壊してやれよ! お前がルールを作れよ! いや、お前がルールになれよ! それがロックってもんだろ!?」 


 一触即発か!?

 両者の間に静寂の時が流れる。


「……フ……ア~ハッッハッハッハァ! やっぱりお前は本当の馬鹿だ! だが気に入ったぜ! いいぜ、乗せられてやるよ、入ってやるよ! いやぜひ入れてくれ! お前のソウル・バンドへなぁ! もちろんタダじゃねぇ! 手土産にダブルエア・ギター、さらに、俺の魂で三つ目のギターを演奏してやるぜ!」


「……その言葉を待っていた」


「……だが一つ聞かせてくれ。このソウル・バンドでなにを《表現》するんだ? ただ闇雲に弾くだけじゃないんだろ?」


「わかった。他言無用で頼む。実は……」


 前田は声を潜め、ゆっくりと述べた。


「……そうか」


 右門はアゴに指を当て、ただ真顔で呟いた。


「……笑わないのか?」


「ったりめえだろ。だが、コイツはちとやっかいだな……」


「……無理そうか?」


「いや、むしろやりがいがあるぜ! いいぜいいぜ燃えてきたぁ! やってやるよぉ! 世界中の演奏者が度肝を抜くようなエア・ギターをよ! 魂で燃やしてやるぜ! 今日から俺はヘル・ハウンドじゃねぇ! 三つのギターを操る三つ首の地獄の番犬、ケルベロスよぉ!」   


 こうして、二人は地獄よりも燃える握手を交わしたのであった。


 ― これまたある日の放課後 ―


「はぁっ!」

”ペペンチョンペペンピンペンペン!”


 校舎裏では左京山が三味線を弾いており、右門と違い、十数人ほどの女子が彼の演奏に聴き惚れていた。

 さらに175の身長、細身ながら力強いばちさばき。神沢に次ぐ学年次席の成績、二年男子一番のイケメンである事実が、女子の頬をより紅に染めていた。


”ジャン!”

「ハァ……ハァ……」

 演奏が終わり、わずかな沈黙の時が流れると、


”パチパチパチパチ!”


 今度は、柔らかい女子の手から温かい拍手が奏でられた。


「ハァ……お粗末でした」


 上気した顔から流れる汗に、女子達のハートは締め付けられていた。


「左京山君バイバァ~イ!」

「また演奏会やるときは教えてねぇ~!」


 立ち上がった左京山は、遠ざかる黄色い声に向かって深々とお辞儀をする。


(”今日も”ダメだったか……)


 “ある言葉”が聞けなかった左京山は、重い頭を上げた。


「もう、出てきてもいいですよ」


 左京山の声に


「おう、悪いな。気ぃ使わせちまって」


 前田が校舎の影から顔を出した。


「そろそろ来る頃だと思っていました。いいですよ。君のソウル・バンドに入っても」


「えっ!? い、いや、それは願ったり叶ったりだが……いいのか? まだろくに説明してねぇけど?」


「”僕も”この春から三味線部を作ろうと、こうして演奏会を行っていました。だけどこのていたらくです。聞いてはくれますが、一緒に弾いてくれる人はいない。そんな中、君は”あの”後藤君と右門君をメンバーに引き入れた……完敗です」


「いやいやいや、べつに勝負なんかしてねぇし……。本当にいいのか?」


「はい。それではリーダー、これからもよろしく」

 左京山は右手を差し出したのであった。

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