異世界魔王が因習にまみれた村の祭りの生贄になる話

砂塔ろうか

魔王vs降臨祭

 生誕祭までの7日間、わたしは夢を見る。

 という7通りの未来を私に見せつけて、その果てに待つわたしの死に様を教えてくれる――そんな夢、つまりは悪夢だ。

 だが、そんなものは私の知ったことではない。

 なにせわたしは魔王。

 全世界に畏怖される、不滅の存在なのだから。



 ――困ったことになった。

「あんれぇ! 目ぇ覚ましたんけあんた!」

「大丈夫け? イトガミサマんとこの祠ん前で倒れてたんよ? あたま平気け?」

「あ、ああ……」

 なんだこれは。なんだこれは。なんだこいつらは。

 ――思い出そう。

 生誕祭の日、わたしはいつもどおり夢を無視して祭りを大いに楽しんでいた。……それで、そうだ。飲み比べ大会に参加した。

 それで優勝したものの、中々酔いが抜けずに、道端で倒れてそのまま寝た。

 下等な人間とは違い、わたしは酒程度で吐瀉物を道に撒き散らすという無様は起こさないのだが、今にして思えばそれが良くなかった。

 目を覚ますと、町から遠く離れた平原で磔にされていた。

 そしてわけのわからぬまま、魔術師の男が召喚した鋼鉄の箱――“トラック”と呼ばれていた――に吹き飛ばされてわたしは死んだ。

 死んだ、はずなのだ。

 しかしこれは一体どういうことだろう。

 普段は、死ぬと魔王城で復活する。

 だというのに、わたしは今、わけのわからない場所でわけのわからない連中に初めて聞く言葉を聞かされている。

 しかももっとわけのわからないことに、その初めて聞くはずの言葉をわたしは理解できている。そのような加護を得た覚えはないのだが。

 もっと言えば、この連中の言葉が「訛っている」と感じられるのは一体どういう理屈なのか。

 なにもわからない。


 ここが異世界であることはすぐに分かった。

 テレビやスマホといった電子機械を見れば、この世界に魔術が存在しないことは馬鹿でもわかる。当然、魔王城も存在しないだろう。

「……ここで死ぬのは危険だな」

「ん、まおちゃんなんか言うたんけ?」

「いいえ。お気になさらず」

「そっけ? まぁ記憶が戻るまで不安なこともあっだろけど気負うな。ゆっくりしでげ」

「ええ。感謝します」


 とりあえず、ここでは「まお」という名で通すことにした。「魔王」と言ったのがそう聞き間違えられただけなのだが、この村ではむしろ、このたった二文字しかない名の方が都合いい。

 記憶喪失ということにしたのは、余計な詮索をされぬようにするためだ。この世界のことはよく知らない。下手を打てばわたしがウソをついているとすぐにバレて村の連中から不審がられてしまうだろう。

 ――本来ならば、こんな村、すぐにでも脱出しているところだ。

 夜中、こっそりと確認してみたところ、身体強化系の魔術は問題なく使えるようだった。

 なぜ魔術が使えるのかは不明だが、これがあれば一夜で千里を駆けることも可能だろう。東京とやらにもすぐ着くはずだ。

 それなのに、わたしがそうしないのには無論、理由がある。


「心配すんな、三日後の祭りでイトガミサマが降臨して下さりゃ、まおちゃんの記憶だってきっと戻っからよ」


 イトガミサマの降臨――これが元の世界に帰る鍵となる――そんな予感があるのだ。

 イトガミサマとはこの村で信仰されている神の名だ。名から察するに漢字では糸神様と書くのだろうと思っていたが、どうも違うらしい。

 そもそも、イトガミサマの奇跡に糸は関係ない。

 イトガミサマの奇跡とは「失くしたものを取り戻す奇跡」だ。

 失った母の形見が戻ってきた。騙し取られた大金が戻ってきた。果てには、死者が蘇った、という話まである。

 もしもこのイトガミサマの奇跡が全て事実だとすれば。

 わたしはこう考える。

 イトガミサマとは、「ここ」と「ここではないどこか」を繋げる神なのではないか、と。かつては「異土神様」と呼ばれていたのではないか、と。


 そしてもう一つ、わたしがこのイトガミサマの降臨を重要視する理由がある。

 それは、夢だ。

 生誕祭までの7日間と同様、イトガミサマが降臨する降臨祭までの7日間、わたしは夢を、悪夢を見る。例によって、こうあってはいけない未来を見せる夢だ。

 ただ一点、これまでと違うのは、その果てに待つ未来が「死」ではない、ということ。

 ――祭りを終えても、わたしはちゃんと生き続けている。この、世界で。

 そう。今回のバッドエンドは死ではない。帰れないことだ。

 死を恐れぬわたしも、これは困る。

 ゆえに今回ばかりは、この不愉快な夢に従ってやることにした。


 かくして、祭りの日は訪れた。

 その日、村は深夜から騒がしくなる。

「「「おんあんびらうんけんそわかおんあびらうんけんそわか」」」

 この村の三十歳以上の男たちが呪文を唱えながら、イトガミサマの祠を中心とする螺旋を描くように村中を歩き回るのだ。ちょうど、日の出とともにイトガミサマの祠前に到着するように。

 その一方、女たちはイトガミサマへのお供えものと男たちを労うための料理を、こちらもまた深夜から作り始める。年に一度の祭りとあって、ご馳走が作られる。

 山間の村にも関わらず、イトガミサマへのお供えものとして新鮮な魚を用意することになっているらしく、村の女の何人かは前日の夜から車を走らせて深夜の築地市場で魚を買い付けるらしい。よくわからないが大変そうだ。

 この女たちの作業をわたしも手伝おうと言ったのだが、断られた。しかし、これが帰還への第一歩となることをわたしは知っている。少なくとも、夢の中のわたしは一度たりとも手伝いを申し出ていなかったのだから。これには何か意味があるはずだ。

 その意味を考える時間は十分ある。

 男たちがイトガミサマの祠にたどり着くまでの間、わたしはヒマだ。降臨祭があるから、と、茶菓子を取り上げられてしまったのは残念だが、空腹ごときで集中を欠くような魔王わたしではない。

「……空腹?」

 思えば、昨夜から何も食べていない。お祭りの前だから身体を清めなくてはならないと言われ、湧き水しか飲んでいない。というか、それしか飲ませてもらえなかった。

 無意味ではないはずだ。

 そういえば、私だけこの真っ白な着物を着せられているのも変だ。

 わたしが作業を手伝うと申し出たときの、女たちのどこか張り詰めた空気。あれにはどんな意味がある?

 ――だめだ。頭が回らない。

 おかしい……こんなはずでは……。


 夢を見た。

 これが、七つ目の夢。

 それに示されたバッドエンドは、今までと違うものだった。

 村人たちがみな、そろって頭を垂れている。

 何をしているのか。

 わたしを拝んでいるのだ。

 否。魔王わたしではない。

「イトガミサマの、降臨じゃァァ」

 そう。拝まれているのは、異土神様わたしだ。

 もう一つのバッドエンド。それは、わたしがイトガミサマの依代となるというものだった。


「…………」

 目が覚めた。

 けれど頭はぼうっとして、風景が歪んで見える。

 きらめく世界はなんて美しいのだろう。

「これを」

 この村の長老が盃を差し出した。私はそれを受け取って、飲む。

 喉の奥に張り付く感じの、変な香りの液体だった。

「おんあびらうんけんそわか」

 続いて老婆が前に出て、筆でわたしの額に何か印をつける。

 ――他人事みたいだ。

 わたしはただ、傍観している。それだけ。

 それから先、色々なことをされたが、いずれも既視感のある出来事だった。


「最後にこれを、お飲みください」

 そう言って差し出されたのは酒だった。

 わたしはやはり、言われるがままにぐいっと飲む。

 ――その時だった。

「――っ」

 一気に意識が覚醒した。

 酒のおかげ? 否。そうではない。

 ――飲み比べ大会の景品の『酒が万能薬になる加護』だ!

 不滅の魔王わたしには不要と、重要視していなかった加護がまさか、ここに来て役立とうとは。

 しかし歓喜にうち震えるのはまだだ。まだ、既視感は消えない。

 意識が覚醒したことを悟られぬよう振る舞わなくては。それに失敗して、夢の中のわたしは薬を再び飲まされてしまったのだから。

 この祭りの最終局面。夕暮れの、イトガミサマ降臨の時までに村民を欺き続けなくては。


 やがて、その時はやってきた。

「「「おんあびらうんけんそわかおんあびらうんけんそわかおんあびらうんけんそわか」」」

 輪唱する村人たちの中心、イトガミサマの祠の中でわたしは黙して座る。

 すでに布石は打ってある。あとはタイミングをあやまたぬようにするのみ。

 事前に夢で、いつ、魔王わたし異土神様わたしになるのかは把握済だ。

 それはちょうど日が向こうの山に隠れて見えなくなるその瞬間。

 あと、一分――30秒――10――5――2――1。

 今!

「――異土の神よ。貴様の力、貰い受ける! 権能吸収!」

 天と地に向けて左右の手のひらを向け、わたしは叫ぶ。

 瞬間、わたしはたしかに、力がこの身体の中へと吸収されてゆくのを感じる。

 同時に聞こえたのは、異土神の感謝の声。

 詳しく聞いてみると、ずっと名前を間違われ、欲しくもない生贄を差し出されては薬で魂を衰弱させられた状態の若い娘の肉体を、義理で乗っ取ることに罪悪感を抱いていたのだという。

 いや義理で乗っ取るなよ。そうツッコまずにはいられなかったが、異土神は気が弱い神だったようなので仕方ない。

 そんな異土神も、とうとう決心したのか村の連中にそのことをぶちまけたようで――毎年毎年、行方不明者の出る降臨祭は崩壊した。

 しかし、そのことを嘆く者は少なく、むしろどこか、安堵したような表情の者の方が多かった。

「ありがとう」

 誰も口には出さないが、表情でそう言っているのが分かった。

 帰り際、わたしの一部となった異土神が言う。

「貴女のおかげで今年の祭りは誰も死なない、最高のお祭りになった。感謝するよ、異世界の魔王様」

 その言葉はあまりに直截で、少し気恥ずかしかったのだが……。

「こういうのも、悪くはないな」

 わたしにとっても、久方ぶりに死と隣り合わせというスリルの味わえた、面白い祭りではあったと思う。

 かくして、村人たちに見送られながら、異土神という土産を携えてわたしは魔王城へと無事、帰還したのだった。

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異世界魔王が因習にまみれた村の祭りの生贄になる話 砂塔ろうか @musmusbi

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