第6話 妖精を売る男

 ブライアンは横柄さを隠さなかった。マーサとロイが入ると、わざとらしく残念そうな顔を作り、

「なんだ、あの茶髪の彼女と、背の高い彼が良かったのに」

「あなたの審問は私たちが担当します。私はキャロライン四級審問官」

「俺はサンダース七級審問官。よろしくどうぞ」

 二人とも、挑発には乗らない。マーサが無表情に、ロイがにっこりして挨拶すると、ブライアンは腕を組んだ。

「何が聞きたい?」

「あの、地下室にいた妖精たちはどうして?」

「なに、一時的に『保護』していたのさ。怪我をした妖精を見て、放っておけるか? そんなことできないだろう? あなたに良心があるなら……」

「雑な嘘ね。妖精は、善悪の区別がついている人間の前には現れません」

「……」

 ブライアンは、笑い顔のまま表情を歪めた。マーサは現場の状況を書き留めたメモを見せた。

『足が切断されているものが複数。故意に切り落とされたものと見られる』

「逃げられないように、あなたがやったのでしょう」

 ジルには言わなかったが……マーサがエドワードと一緒に捕獲した妖精の一部には、くるぶしから先がなかった。ブライアンに切り落とされたのだろう。羽がむしり取られたような妖精もいた。

「証拠はあるのか?」

「あるぞ」

 不意に扉が開いた。マーサは少し嫌な顔をして、

「エド、ノックをしなさい」

「失礼しました、マーサ。協力を要請した近隣の町で、妖精のバイヤーが捕まりました。その取引先の名簿に、ブライアン・ジョンソンの名前が」

「エドって言うのかい? 君、優秀そうだね。まあ、優秀なんだろう。でも、『ブライアン・ジョンソン』って言う名前の男が、この国に何人いると思う?」

 ブライアンも、ジョンソンも、ありふれた名前だ。今目の前にいる彼以外にも、複数いるだろう。

「連絡先があの家だったぞ。流石に、同じ住所に立て続けに『ブライアン・ジョンソン』がいる確率は低い」

「馬鹿な、そんな筈はない」

 そう口走ってから、ブライアンは顔をしかめた。エドワードは目を細めて口角を上げる。

「おっと、そうだった。確か、前に住んでいた町の住所だったんだった。俺の勘違いだったらしい。でも、どうしてお前は『そんな筈はない』って言えるんだ?」

「俺じゃないからさ」

「じゃあ、なんで前に住んでいた住所が? 引っ越してから連絡を取った様だが、嘘の連絡先を教えるのに、使ったことのある住所を書くのは少し頭が足りなかったな」

 ブライアンはしばらくエドワードの顔を眺めていた。優しそうで、言いくるめやすそうだと思っていた男が、思いの外舌鋒鋭く、自分にはったりを仕掛けてくるとは思わなかったのだろう。鼻を鳴らす。

「大した罪じゃない」

「では、認めますね?」

 ブライアンは拗ねた様に肩を竦めた。ロイが身を乗り出して、

「でも、どうやって? 妖精は、捕まえようとしたら出てこないって言うよ? どうやって捕まえたの? 教えてくんない?」

 若い審問官が、自分に教えを請うのが愉快だったのか、ブライアンは少し機嫌を取り戻したようだった。にやりと笑い、

「『捕まえるかどうかは会ってから考える』と思えば良い」

「そんなことできる?」

「できる。少なくとも俺には、俺たちにはできる。君たちのような凡人とは違うからね。妖精に会う条件を?」

「『一つ、無邪気であること。二つ、善悪の区別が付かないこと。三つ、捕まえる意思がないこと』」

 マーサが諳んじた。ブライアンは満足そうに頷き、

「故に、妖精の密売人に相応しいのは、子供の心を忘れずに、善悪の区別が付かず、捕まえると言う意識を持たないものだ」

 ブライアンは背もたれに身体を預けながら、にんまりと笑って見せる。

「俺はどうやら善悪の区別がついていないらしい」

「そのようですね。逃げられないように、と妖精の脚を切り落とすことに疑問を覚えない時点で、相当だと思います」

 マーサはため息を吐きながら、

「売りさばくとわかっていながら、捕まえる意識を持たないと言うのは興味深いわね」

「それは、あんたたち凡人にはできないことだ」

「したくもないけど」

 ロイが肩を竦める。マーサは調書を片付け始めた。

「今日は終わりかい?」

「ええ。今日の審問はここまでにします。一つ言っておくわ」

「なんですか?」

「私たちは人間の異端を追求します。けれど、妖精は人の法が適用されません」

「つまり?」

「妖精はそこら中にいます。この建物の中にも。その彼らはあなたの罪を知っています。仕返しされないようにお気を付け遊ばせ。私たちも、妖精の『悪戯』は追求できませんからね」

 部屋の隅から、小さな笑い声が聞こえた。

 でも、それも一瞬だった。気付いたのはロイだけで、その彼も、気のせいかと思って首を横に振った。


 その日の夜中。

 ブライアンは、与えられた留置室で、薄い毛布にくるまって眠っていたが、ふっと目を覚ました。囁き声が聞こえる。隣に留置されている異端だろうか? 何を言ってるんだろう? 興味を覚えて、彼は聞き耳を立てた。

 しかし、どれほど耳を澄ませても、彼が知っている言語は聞こえてこない。何だ? 頭がおかしいのか?

 聞いている内に、ブライアンはその囁き声が複数であることに気付いた。二人や三人ではない。十、二十……いや、それ以上だ。

「……?」

 聞き覚えがあるような気がする。いや、つい最近聞いたような気がする。どこだったか。ここと同じ、暗くて狭いところ……。


 自宅の地下室だ。

 妖精を閉じ込めていたあの。


 それに気付いた途端、ブライアンは起き上がった。なんでこんな所に妖精が? 一体どこに? 降り注いでくる。囁き声が。

「上……?」

 ブライアンはふっと天井を見上げた。そして見た。

 無数に光る、小さな目を。

 彼が悲鳴を上げると同時に、その小さな光が一斉に彼へ飛びかかった。


 翌朝、ジルが出勤すると、マーサとエドワードが難しい顔で向かい合っていた。二人とも、眉間に皺が寄っている。ロイだけが、壁にもたれて紅茶を飲んでいた。出勤して最初に、昨日の失態を詫びようと思っていたジルは、そのどんよりとした空気に気圧されて、

「お、おはようございます……」

 おずおずと声を掛ける。すると二人は、ぱっと顔を上げて彼女を見た。エドワードが疲れたように、

「ああ、ジル、おはよう。具合は悪くないか?」

「ええ、おかげ様で……どうしたんですか? お葬式の相談みたいですよ」

「昨日の審問で……」

 エドワードが、マーサの方をちらちらと見ながら話し始めた。昨日、マーサとロイ、最終的にエドワードを交えた三人で行なったブライアンの審問について。

「……私も腹が立ったから、妖精が仕返しにくるぞ、と脅かしたんですよ。まったく反省の色が見えませんでしたからね」

「わ、私もそう思いますけど……」

 ブライアンがそれくらいで怯むとも思えない。

「今朝、俺が出勤したら、もうブライアンはいなかった。病院に運ばれたそうだ」

「俺んちの近くの病院ね。夜中にすげー勢いで、審問所の馬車が駆け込んで来たから、ああ、野郎かなって思ったよ」

「そ、それは良いとして、何故ブライアンは病院に?」

「夜中に悲鳴が聞こえて看守が見に行ったら……全身に針が刺さったブライアンが発見されたそうだ」

「……なんですって?」

 あまりにも想定外のことを聞かされて、ジルは悪い冗談を聞いた時の顔になってしまう。エドワードも苦虫を噛みつぶしたような顔をしながら、

「数十本って言う数だ。それを一瞬で。人間業じゃない。看守は悲鳴がしてすぐに駆けつけた。やった奴には逃げる時間なんてなかったはずだし、鍵も掛かっていた」

「……ブライアンはなんて?」

「妖精がやったと……」

「本当に……」

 マーサは渋い顔で首を振った。

「無邪気で、善悪の区別が付かず、捕まえる意思のないもの。留置されたブライアンは、確実に全て満たしていたでしょうね」

 皮肉にも、妖精を捕まえてもどうしようもない時に、「捕まえるかどうかは会ってから考える」という小細工もなしに妖精に会えるようになってしまった。そして、妖精の方から姿を見せたというわけだ。

「ま、俺たちがここでどんなに暗くなってても、ブライアンの野郎が治るわけでもねぇ。今日の仕事しようぜ」

 ロイの言葉に、エドワードが苦笑した。

「そうだな。マーサ、今日は相談業務を終えたら、昨日の報告書のまとめで良いですよね?」

「ええ、それが良いと思います。報告書なんて、溜めて良いことはないもの……」

 その時、部屋の隅で小さな足音がした。マーサが目を見開き、ジルが振り返り、エドワードが立ち上がる。

「妖精か!?」

「ネズミかもしれませんよ」

「いえ、ゴキブリです!」

 マーサが嫌悪感を隠さずに怒鳴る。彼女はエドワードが座っていた椅子を持ち上げると、足音がした方に駆け寄ろうとした。それを、エドワードが止める。

「マーサ! マーサ! ストップ! またドロシーに笑われますよ!」

「放しなさいエド! 今日こそ叩き潰すんです! 見てなさいよ、私を馬鹿にして……!」

「落ち着けってマーサ! 雀だよ」

 マーサとエドワードがもみ合っている内に、ロイがさっさとそれを捕まえていた。彼の掌にすっぽり収まっていたのは、小さなくちばしの雀だった。

「……」

 ちちち、とロイの手の中でさえずる雀を見て、マーサは目を細めた。ジルを見る。

「何よ……」

「わ、私は何も……」

「あー、良いよ、ジル、気にするな。マーサ、そろそろ俺たち相談に出るから。行こうぜ」

 ロイが雀を手に持ったまま部屋を出た。エドは苦笑いしながらマーサにウィンクし、ジルを手招きする。ジルはマーサとエドワードを見比べて……くすりと笑ってエドワードの後について行った。

「まったく……」

 マーサはやれやれと首を横に振った。昨日の聴取の内容をまとめようと、聞き取った内容をメモした紙を広げる。かさりと紙が触れ合う音がした。

 そして、さっきとは違う部屋の隅からも。

 マーサは鋭くそちらを見据えた。


 数分後、エドワードがマーサの雄叫びを聞きつけて、元来た廊下を引き返すはめになるのであった。

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異端審問官マーサ 目箒 @mebouki0907

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