第3話 さんねん峠(とうげ) 社会人編
「さんねん峠で転んだならば三年きりしか生きられぬ」
私の勤める会社では、誰が言い始めたのかそのように言われている。
さんねん峠とは年に一度の成果報告のこと。
つまり、ここでKPI(←目標みたいなやつ)を達成できなかった人間は、自分の受け持つ新規事業とともに、3年で首を切られるというわけだ。
そして私は既に10年この会社でやってきている一応ベテランだ。
賞を取ったり表彰されたりといった華々しい功績はないが、仕事の進め方も知っているし、手堅い仕事ぶりで取引先からの評価も悪くなかった。
だが、今期に担当した案件の1つで大赤字を出して、ついにさんねん峠で躓いてしまったのだった・・・!
***
「さんねん峠でつまづいてしまった。もうだめかもしれない」
家に帰ると私は妻にこう打ち明けた。
私の年齢は今年で40。働き盛りだがもう若くもない。
今と同じ条件の会社へと転職するのは難しいだろう・・・。
そう思う、私はこの告白を一世一代の覚悟で行った。
だが、意外にも妻の反応は落ち着いていた。
「あら、それならもう一回転んでみたらいいじゃない?」
と妻は言った。
私にはこの意味が分からなかった。
そんな私の表情を察してか、妻は補足説明を付け加える。
「さんねん峠って言ったって、要はあと3年の猶予があるわけでしょう?
だったらその3年で今回のマイナスを取り返すぐらいの結果を残せばいいじゃない。」
「そうすれば、仮にクビになっても実績を持って好条件で転職をできるし、そうでなくてもクビで元々。会社の金でガンガン勝負できるチャンスじゃないの!」
・・・その通りだった。
少なくとも、さんねん峠で転んだからといって塞ぎこんでいても何も変わらない。それであれば、開き直って勝負したほうが合理的なのは確かだった。
「それか、もう1つ新しい事業を提案したらどう?そしたらそのプロジェクトが終わるまでまた3年は猶予をもらえるかもしれないわよ」
・・・その発想はなかった。
そうして奮起した私は、これまでは仕掛けられなかった大胆な施策をいくつも提案していった。
***
そして3年後・・・
結果として私の首が切られることはなかった。
私は何度か大きな失敗を繰り返したのち、さらに大きな成功をいくつか収めることができたからだった。
なぜ絶対と言われた「さんねん峠」で躓いた私が生き残れたのか、それは自分の立ち上げた事業について「自分より詳しい人が社内にいない状態になった」からだった。
社内の慣習に従い、上層部は私を首にしようとしたらしいが、私がいなくなれば事業が回らなくなる・・・。
そんな事業がいくつもあるということで、例外的に「さんねん峠」のルールは無効となったのだった。
むしろ、様々な新規事業でよい結果を残すことができるようになった私には出世の話やヘッドハンティングの話すらも飛んで来るようになった。
さんねん峠で転んでしまったら、もう一回さんねん峠にチャレンジしていけばいい!それに気が付けたことが私が生き残れた原因だろうと今になって思う。
「さんねん峠で転んだならば、もっと転んで強くなれ!
これが私から新入社員の皆さんに伝えたいメッセージです。
以上」
私は拍手の音を聞きながら壇上を後にし、次のクライアントの元へと向かった。
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