記念日
東雲一
「祝祭」
私は、ついに念願の夢を果たそうとしている。その道のりは、長かった。決して、平坦な道などではなく、とてもいびつで、時に、残酷な判断を迫られる時もあった。
血に染まるような道のりの果てに、今、こうして、多くのものの前に立ち、羨望の眼差しで見られているのだ。声をあげ、讃えるものもいる。
目の前にいるものたちの期待に答えられるように、これから頑張っていかなければならない。
ああ、なんと、素晴らしい光景だろうか。私は、今この時をもってこの国の王となり、今まで誰もなし得なかったことを成し遂げるのだ。
「では、さっそく始めるとしよう!この記念すべき日を祝い、いまだかつてない大きな祭典を!」
私がそう叫ぶと、周りからものすごい歓声があちらこちらから、沸き上がり、静かだった大広場は、途端に、盛り上がりを見せる。
大広場は、派手な飾りで彩られ、さまざまなお店が立ち並んでいた。
太鼓や笛などの楽器を奏でるものや、お酒を飲み鼻歌を歌うもの、建物から身をのりだし、友と楽しげに話すもの。
ここにいるものは、心から今日という日を祝い楽しんでいる。
私もまた、この記念すべき日を楽しもうと思う。そして、これからも、私たちが成し遂げたことが続いてくれることを願わずにはいられない。
目の前に広がる、光景に自ずと涙が頬を伝った。ここまで来るまでの多くの犠牲と苦難、差別や、エゴ、そういったものが頭のなかに駆け巡り、感情が揺さぶられた。
「一緒に飲みましょう」
そういって、昔からの仲間が、酒を片手に言った。
「ああ、飲もう。今日は思いっきりな」
私が、仲間と共に酒を酌み交わそうとした時だ。盛大に盛り上がっていたものたちが突然、騒ぐのを止めた。先ほどまでの、活気溢れる雰囲気が嘘みたいだ。
何事かと振りかえってみると、周りのものたちは皆、向こうの方を見ていた。私も、皆の視線の先を、見つめた。
あれは、勇者。私の宿敵......。
勇者が、剣を腰に備え付けてこちらを悠然とした様子で私のところまでゆっくり近づいてくる。勇者の近くにいたものは、あわてて距離をとり、道をあける。
「ついに勇者が来ましてね」
側近が、私に小さな声で話してきた。
「お前はここで待っていろ。私だけで、あの勇者のところに行く」
「分かりました。そういうことであれば」
私もまた、こちらに近づいてくる勇者に向かって歩いた。なんともいえない緊張感が広がり、周りのものたちは、静かにその様子を見守っている。
ついに、私と勇者は、目の前まで来るとお互いに立ち止まった。
「魔王、ついにこの時が来たようだな。待ちわびていた」
勇者は私の目を見て言った。
「私もだ」
私は、まっすぐ勇者の方に手を伸ばすと、勇者は、その手を握りしめた。
「今日から、人間と魔族は協定を結び、争うことを止め、互いに共存することを誓う!」
私の叫び声とともに、堰を切ったかのように、周りを囲む魔ぞくと人間たちが歓声をあげ、長年の争いの末、得られた、この平和を象徴する日を祝った。
勇者と私は、一生見ることがかなわないと思っていた、人間と魔ぞくとが、同じ酒を酌み交わしている光景を見ながら、盃で乾杯した。
「魔王よ。この平和が続くと思うか」
「さあ。私にもわからない。ただ、今この瞬間、新たな歴史を作ったことに大きな意味があるのではないかと思う。こうして、人間と共存し尊重し合えるという事実が証明されたのだから」
「確かにどうなるかは分からない。もしかしたら、この平和も、ある日、また、崩れ去る時がくるかもしれない。だが、例えそうなったとしても今、魔ぞくとの共存できたという事実が、これからの人間と魔ぞくたちの希望になるのかもしれないな」
私は、盛り上がりを見せる大広場の外側に見える、ひっそりと並ぶ数多くの墓場を見つめた。人間たちの争いや迫害を受けて犠牲になった魔ぞくたちのお墓だ。
この平和の裏側に、数多くの犠牲と悲しみがあったことを忘れてはならない。今も、これから先の未来も。
記念日 東雲一 @sharpen12
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます