第8話   勝ち組男とねこちゃん



『4日目 昼』



「ね、ねぇ、みっぴー」


「何、ちどりん」


「(ち、ちどりんって・・・)

 その、私、絶対誰にも言わないから。

 私とアナタだけの秘密にするから、その・・・

 名前を、教えてくれない?」


千鳥は光が買ってきた昼食用のサンドイッチを頬張りながら、みっぴーと話し込んでいた。

無論、悪霊であるが故に何処か恐る恐る、怯えるような声のトーンで。

千鳥の問いに対し、みっぴーは天井を向いて考えるような素振りを挟む。

そして、何か思いついたように、笑顔で千鳥と目線を交わす。


「みっぴー、幸せになりたいのっ。

 幸せを教えて!」


「幸せ?

 それを教えれば、名前が分かるの?

 だ、だったら、何でも教える!」


「わーい!

 じゃあ、ちどりんの幸せを教えてっ」


「うちの?

 それって、私が可愛いこととか、友達いっぱい・・・

 う、うん、いるわ、いっぱいいる!

 登録してる電話帳も200人以上、

 一言君での友達だって、3万人以上いるし!」


光のいない所で、自分だけを救おうと画策する千鳥。それに対してのみっぴーの答えは変わらない。

それは光に伝えたと同じように、「幸せになりたい」の一言。

それがどういう意図で、どういう意味なのか。それは光ですら全く紐解けてはいない。

千鳥は数秒考えた末に、それを友達の数と当てはめた。


「どうして?」


「どうしてって・・・。

 それは、うちって可愛いじゃん?

 だから何だろう、最初はさ、ちょっと有名人みたいになりたくて。

 いっぱい、皆に、私を見て、知ってもらいたくて。

 クラスとか学校だけじゃなくてさ」


「へへん。

 みっぴーは電話帳、パパの連絡先だらけだったよ!」


「(う、うわっ・・・)

 だ、だから!

 その、今は一言君とかで可愛い自撮り取れば、いっぱい友達申請も来る。

 色んな人が、出会うハズの無い人が、うちを見て、知って、褒めてくれる。

 たまにナンパとか、出会い厨とか、しょうもないのもいるけど。

 それがうれしくて。数学の赤点なんかどーでもいいくらい、夢中になって。

 だからそれが、きっと幸せなのかな」


光は現状況に対して頭が一杯一杯のため、何も感じることは無いのだが、

このみっぴーと堂本千鳥に関しては、世間一般の目から見ても何かしら芸能事務所に所属してる、

と言われても疑いの無い容姿をしていることは明らかだった。

恐らく、10人に聞けば8人が可愛い、美しい等、褒めたたえる言葉が返ってくることは間違いない。

サンドイッチを口にしていた手が、ピタリと止まる。


「でも・・・何か最近、ちょっと」


「?」


「うまく言えないけどさ。

 ちょっとちやほやされたくて、何万人も友達承認してきたけど。

 ネット上の繋がりから、本音を喋れる友達みたいな子もできたけど。

 何かそれって、今がちょっと、イヤだったのかもって。

 だから・・・ネット上で、違う自分を・・・アップロードして。

 何十人だけの世界から、クラスから、ちょっと・・・家出したくて」


「うーん。

 みっぴー、よく分かんないっ」


「(でも・・・何か、最近、ちょっと。

 家出先でも・・・)」


自分の自己分析を行っていくうちに、しだいに判明してくる自分に対しての闇。

それは普段では分からなかった事実。今まで人の中で生活していた千鳥が、

人のいない中で生活している今、ようやく別の考え、視点から自分を見つめることができた瞬間でもあった。

すでに食欲はない。退屈でもない。友達と話したくもない。

自然と体を縮こませるように、体育座りをしていた。


「ごめんね、みっぴー。

 幸せ、もうちょい考えさせて」


「いーよ!」


「・・・みっぴー、目大きいね」


「みゅん?」


「フフッ。

 うちのカラコン、つけてあげる」



 お昼を過ぎた頃。人がまばらな図書館に急ぎ足で入館する男が一人。光である。

周囲に人がいないパソコンを見つけ、さらに座る直前にも人がいないか、監視カメラがないか再確認する。

確認を終えると、着席し、持っていたカバンを膝の上に置く。

チャックを半分まで開けると、ひょこっと猫の頭が飛び出してきた。


「先生、教えて下さい。

 さきほどおっしゃっていた”戦った”という件について」


「うむ。

 あれは7ヵ月ほど前の話だ。

 深夜にも関わらず、一本の電話が入った。

 その内容はまさに君と同じ状況で、何とかして助けて欲しいというものだった。

 一見さんは断っているが、その喋り方・様子が尋常でなくてな。

 しきりに、”時間が無い””明日殺される”と繰り返していた。

 法外な額を吹っ掛けても、承諾する始末。

 仕方なしに、私は翌日のお昼までには向かうと約束した」


「(悪い方の情報ばかりが手に入るな。

 まずあの惨殺写真が脅しの類のものではないこと。

 本当に俺と同じ状況の奴が過去に存在し、そして殺された事実。

 そして、同じように7日間の猶予が与えられていたこと)」


道源寺から伝えられる言葉は、ある意味で光が一番知りたくなく、信じたく無かったもの。

まだ心の何処かで、みっぴーが見せたあの惨殺写真は脅し、見せかけのもの。

もしや6日目のラストになれば、今までのことは嘘だったと、言われるのではないか。

そんな淡い期待は全て、今、この瞬間に崩壊した。突き付けられた事実は、死ぬことの確信。


「翌日の11時半頃に依頼主の自宅へと着いた。

 そこには悪霊・・・確か、み・・・み・・・みっきー」


「みっぴーです、先生」


「そうだ、みっぴーと呼ばれておった。

 みっぴーと名乗る悪霊が、確かに依頼主に憑りついていた。

 依頼主はもう数時間しかないと、大分取り乱しておってな。

 すぐに除霊に取り掛かった・・・が」


「が?」


「私は今までこの世に未練や遺恨・怨念を残して死に、成仏ができない霊。

 またそれが増幅し、悪霊となった魂の浄化を専門として取り扱ってきた。

 曲がりなりにも、それの誇りは持っている。

 26歳から修行を始め、40歳で家元を継いでから、人様に対し恥じない仕事をしてきたつもり。

 完全に解決したとは言えんでも、除霊という点に関してはこなして来た。

 だが・・・あの女だけは、今までのどの霊よりも、苦戦を強いられた」


「(先生ほどの除霊師が、苦戦か。

 もう別の除霊師を、というわけにもいかなくなったか)」


「油断は一切しておらん、だが歯が立たなかった、通じんかった。

 あらゆる術を尽くしたが、一向に除霊はできん。

 1時間、2時間と、時間だけが過ぎていくだけ。

 そして・・・」


「タイムリミットが来た、と」


「依頼主は目の前で殺された。

 そしてその数か月後に、君から電話があった。

 これも何かの運命だと思ったよ」


「そして、先生はみっぴーの奇襲にあって。

 (奇襲、いや。俺が、先生の名前を・・・)」


「あぁ、殺された」


道源寺の話に聞き入る光。それは想像していた以上の、みっぴーという悪霊の手強さ。

一筋縄ではこの件は解決できないと、ある意味思い知らされるには十分であった。

しばし言葉が出てこない光。意味もなく、右手で口元を何回も摩る。


「・・・それだと、話が矛盾しています。

 先生はみっぴーの除霊ができなかった。

 しかし、さきほど先生は助けてくれるとおっしゃっていました。

 どういうことです?」


「こちらも除霊が本業。

 できませんでした、で終わるつもりは無い。

 この数か月間、色々と新たな手法・対策は練ってはいた。

 通じるかは分からん。

 だが、今の状況を見るに、もうそれに賭ける他ないのだろう?」


「納得しました。

 余計なことを言いました」


道源寺総一郎とて、除霊のスペシャリストとして名をはせた人物。

このまま失敗の汚名を被って終わるつもりは無かった。

また一から勉強をし直し、修行を重ね、道源寺なりに今日という日を想定してきていた。

だが運悪く、みっぴーに先制攻撃を受ける形で、人間の肉体は失ってしまった。

しかしそれでも、魂だけは失われなかった。

人間の体を失ってなお、道源寺は仕事を全うしようと、ここに来ていた。


「次は私の番だ、光君。

 君は彼女についてどこまで情報を持っている?」


「・・・申し訳ないですが、こちらが有利になる情報はありません。

 確かな個人情報が何も掴めていないのが現状です」


「そうか」


「ただ、奴に関してのいくつかの予想・憶測は得ています。

 まず奴の住所はこの県内であること。

 ここの職員が自分と同じような質問をしてくる輩を何人も見たと言いました。

 自分以外の犠牲者もこの図書館を使用しているということは、

 犠牲者の住居もこの図書館から比較的近いと考えるのが普通。

 つまり、奴の行動範囲は県内に限られる」


「ふむ」


「次に奴の年齢及び死亡した時期。

 今自分が見ているみっぴーの姿が、死亡していた時期の姿であればですが。

 ヘアスタイル・化粧・衣服・ネイル・アクセサリ、その全てが流行していた時期・年代を

 その分野の人間に聞いて回りました。

 すると今から2~3年前がうまい具合に折り重なり合う」


光もただ闇雲に行動していたわけではなかった。2日目の図書館に行った後、

様々な情報を得るために奔走していた。だがあくまでそれは憶測・予想の域に過ぎないことを

光は痛感していた。だからこそ、思い切った行動に今まで出ることができなかった。

この、道源寺総一郎に出会うまでは。

光はパソコンを使い、データーベース資料の検索をし始める。

そして、画面に映し出されるいくつかの新聞記事。


「今まで自分が説明した条件に当てはまる人間でなおかつ、

 女・学生・死亡、これらの要素をプラスすると導き出されるのはこの人間達。

 そして先日、重要な情報を手にしました。

 みっぴーの名前に”し”が使用されていないということ。

 それを鵜呑みにするならば、絞られてくるのは・・・この4人」


「なるほど、どうやら答え合わせはできそうだな」


「答え合わせ?」


「光君、君に残された時間は?」


「・・・今日を除いて、後2日です」


「分かった。

 もう時間が無いな。

 私はそのみっぴーという女の本当の名前を、前の依頼主から教えられた」


「な、何ですって!」


「だが、それが真実なのか。

 それを確かめる術が無く、途方に暮れていた。

 職業柄、人様に対して必要以上の詮索はできんしな。

 しかし、今の君の情報で答え合わせができたよ。

 女の名前は・・・足立美緒(あだち みお)」 

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