第7話   エターナル・インベーダー


『4日目 朝』




「ピー君、ご飯進んでないよ?

 最近、悪いことでもあったの?

 ママに何でも言って」


「おまえは人を怒らせる天才だな、この馬鹿が」


「(えっ、な、何っ。

 これがこいつらの普通の会話なの。

 怪しすぎる・・・)」


早朝、コンビニで買ってきたおにぎりを食べる光と千鳥。

だが、光の様子がどうにもおかしい。何処か目線を泳がせて、食べることに集中できていない。

その様子を面白おかしく揶揄うみっぴー。そんなしょうもない会話を間近で聞き、動揺する千鳥。

光の食欲を削いでいる原因は、明らかにさきほど出会った「猫」。

我慢仕切れなくなったのか、食べかけのおむすびをテーブルに置いて、身支度を始めだす。


「俺は調べものに行ってくる。

 堂本千鳥、おまえは大人しくここで待っていろ」


「ちょ、ちょっと待ってよ。

 暇すぎて死ぬっつーの!

 誰とも連絡しないから、ケータイ貸してよ」


「駄目だ。

 それに連絡を取らない携帯に何の意味がある」


「ソシャゲに決まってんじゃん」


ソシャゲとはソーシャルゲームの略称である。その言葉を聞いて、光は深いため息をつく。

しばし黙ってカバンの整理をし、身支度を続ける。千鳥がいくら協力するとは言ったといえ、

この家から一歩も出すわけにはいかなかった。

捜索願いが出されている可能性が高い身、例え一緒でも外に出ることはできない。

あくまで外出は光一人だけの制限が掛けられている。


「ソシャゲ・・・あぁ、ソーシャルゲーム。

 負け組証明書のことか」


「はぁ!?

 あんたいちいち、うちのことに文句つけて!」


「あの負け組共が熱心に、指で証明書を磨き上げている物だろ?」


「あれは画面をタップしてるだけだし!

 ほんっとに、考えがジジイなんだからっ。

 ソシャゲやる人が負け組とか、意味不明だし!」


「奴らがつねに下を向き続けていることが、その証拠だろ?

 負け組にお似合いの姿じゃないか。

 負け組は負け組らしく、一生下を見続けているんだな」


「えへへっ。

 ピー君もだいぶ人を怒らせる天才だね」


「おまえは黙っていろ、この馬鹿っ!!」


痴話喧嘩の最中にも、着実に外出する準備を進める光。しかし、納得できない千鳥。

飲んでいたペットボトルを力の限り握り潰し、背中越しの光を睨みつける。

だが、この何処か緊迫した状況が功を奏したのか。すぐに冷静になり、一度深呼吸をする。


「わ、分かったわよ。

 負け組でも何でも良いから、ケータイ貸してよ!」


「なぜそうまでソシャゲにこだわる?」


「そ、その、限定イベント、昨日からやってて。

 ガチャで大当たり引ければ、ネット上の奴らにも、

 クラスの皆にもマウント取れるし・・・」


「マウント?自分の優位性をアピールできるというのか?

 おまえ・・・どれだけ負け組に浸れば気が済むんだ。

 昨日も言ったハズだ!

 おまえはマウントを取っているんじゃない、マウントを取らされているに過ぎない!

 開発者側におまえは立派に支配されているだけだ!!

 どうして馬鹿は支配されることに喜ぶ!?」


「う、うざっ!

 だって、だってもう・・・。

 ソシャゲやってないと友達減っちゃうし、お、お金だって、いっぱい使ったし・・・!」


「おめでとう、堂本千鳥!

 この先ももっと大切な物を失えるぞっ!!」


光は舌打ちをして、自分の部屋へと入ってしまう。次に部屋から出てきた時、上着と

いくつかの本を持っていた。持っていた本を、不愛想に千鳥の目の前に投げつける。

その様子を笑顔で見つめるみっぴー。


「みっぴーも可愛いから、

 エンコーの界隈ではマウント取れてたよぉ」


「負け組のお勤めご苦労様だな」


「でも、勝ち組とマウントって似てるよね」


「・・・だから何だ。

 行ってくるぞっ!!」


光は不機嫌そうに部屋のドアを強く叩きつけて、出て行ってしまう。

言うだけ言われて、取り残された千鳥。今になってその言葉が、怒りが思い出されたのか、

冷静になればなるほど、歯ぎしりが強くなる。

握り潰したペットボトルを、感情のままに地面に叩きつける。


「何なのあのクソ男っ!!

 まぢでキモいし、勘違い男だし、つまんないしっ!!

 (・・・だけど、うちが生き残るためには、クソ男に協力しないといけない。

 一緒にいないと、あいつだけが助かって、うちが助からない可能性だってある。

 そんなのだけは、絶対いやっ!

 昨日見せられたあの惨殺写真・・・あれだけは・・・絶対に嫌っ・・・!)」




 家を出た光は図書館へと向かっていた。

だが、家を出た時とは少し様子が違う。その両手に黒猫を抱えているのだ。

時折、周囲からの目線に恥じらいを感じつつも、光は歩み続ける。

黒猫は、かの惨殺された除霊師「道源寺総一郎」だと、まさか日本語を喋りだした。

ようやく人の目が少なくなってきた所で、光は口を開ける。


「先生、いくつかお聞きしたいことがございます」


「何でも聞いてくれ」


「では、その、お姿というか。

 どうして今のような状況に」


「うむ。

 君も知っての通り、私は心霊的能力及びそれに準ずる仕事・家柄だ。

 故に、代々継がれている秘術の一つに精神体の憑依の教えがあってな。

 まさにこの肉体が削がれる時にしか使えんものであったが故に、

 ためす術も今まで無かったが・・・まぁ、上手くいったみたいだな」


「それで、猫に」


「申し訳ないな、光君。

 私は家柄の中でもその力が弱い部類でな。

 精神力の衰えた、この衰弱した猫にしか通用はせんかったよ」


「そうですか。

 (これ以上、オカルトな話を掘り下げても仕方ないか。

 すでに俺は悪霊を見て、共に生活をしている身。

 今さら喋る猫が来ても、口裂け女が出ても、どうということもない)」


光はこの猫が自身を惨殺された「道源寺総一郎」だと名乗ることを、素直に受け入れられた。

それも今までの超常現象の数々、そして今の切羽詰まった状況がその理論を正解へと解釈させていた。

それより、光がうれしかったのが、「キッカケ」が生まれたこと。

今日も今日とて、一体何が情報なのか模索するハズだった。それがひょんなことから、猫の道源寺氏と出会った。

その奇跡か偶然に都合よく便乗したいのが、今の光の現状。

まさに藁にも縋る思いであった。


「本題をお聞きします。

 先生はさきほど”あの女”とおっしゃいました。

 つまり、知っているのですね?」


「無論だ。

 今更だが、数日前の君からの急な依頼。

 別にあれは金に心が靡いたから引き受けたわけではない。

 あの女だと悟ったからこそ、承諾したに過ぎん」


「どうしてそのことを言って下さらなかったのです」


「あの態度から察するに、君はあの女が現れた当日に電話をしてきたハズ。

 そんな正常な判断ができていない君に、色々情報を与えた所で余計な混乱を生む。

 こちらとしても、変な偏見意識を持たない真っ新な状態で来て欲しかった」


「なるほど。

 (今までの会話から察するに、嘘はついていないようだな。

 あまりこちらの弱みを見せすぎないように・・・上手く話しを持っていければ良いが)」


光とて馬鹿ではない。この猫が道源寺総一郎だと認め、みっぴーを倒すことに協力してくれる事実には

ある程度理解をしている。だからと言って、その全てを信頼するわけではない。

この奇跡に少しでも便乗したい気持ちが、じょじょに光に警戒感を生まれさせる。

その感覚が何処か快感であり、勝ち組であると、自分が誇らしい気持ちにもなっていた。


「それで、先生。

 先生はあの女とは一体?」


「あぁ。

 私は過去にあの女と一度戦ったことがある」


「た、戦った!?」

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