第6話 自撮り女、ログインせず
『3日目 深夜』
「あらためて質問をする。
おまえは堂本千鳥だな?」
「決まってんじゃん」
「・・・本当に、堂本千鳥か?」
「はぁ?」
「この一言君のアイコン画像と、少し顔が違うように・・・」
言葉を言い終えるまでに、千鳥がわずかに動く右足で光の足を蹴る。
多少のロスはあったものの、今現在、ようやくこの堂本千鳥に尋問を開始する光。
だが妙に、一言君上で掲載されている千鳥の自撮り画像と、実物には違いが見られた。
それを指摘した直後に飛んできた、千鳥の蹴り。
千鳥は足をバタつかせながら、顔を真っ赤にさせる。
「あんたバカじゃないの!?
今時の女の子はみんな加工アプリ使って自撮りしてるし!!
加工マシマシの100%サイボーグ面だっているんだから!
それに引っ掛かって、アンタみたいな
馬鹿な男が寄ってくるんでしょ!」
「(この態度から察するに、本人に間違いは無いようだな)
堂本千鳥と分かればそれで良い。
おまえに聞きたいのは・・・こいつだ」
鼻息荒くする千鳥をよそに、淡々を確認作業・会話を行っていく光。
この千鳥を誘拐したのは、あくまで例の目的である『この女を殺すこと』が目当てではない。
本当の狙いはもう一つの方。みっぴーの情報を聞き出すため、それである。
光の背中に隠れていたみっぴーを、力づくで千鳥の前に押し出す。
そして、みっぴーと千鳥は対面した。
二人とも、目を見つめ合ったまま喋ろうとしない。そんな無意味な時間が10秒続く。
痺れを切らした光が、問い詰める。
「この女を知っているか?
いや、知っているハズだ。
何でも良い、名前だけでも、年齢だけでも、住所でも良い!
とにかく情報を・・・!」
「って、てゆーか」
「何だ?」
「・・・この子、可愛いじゃん」
例え堂本千鳥が名前や年齢を知らなくても、何処がで見かけたことがある。
校舎で見かけたことがある。この程度の情報だけでも、光は喉から手が出るほど欲しかった。
そして、その答えを待ち望んでいた。だが、無情にも返ってきた返事は180度異なるもの。
見惚れるような表情でみっぴーを見つめる千鳥。そして、当のみっぴーは
右手でVサインを作り、光に突き出す。
「いぇーい」
「何で俺の顔を見るんだ、この馬鹿。
・・・嘘だろ、この女の顔をよく見るんだ。
何処かで見た記憶があるハズなんだっ」
「そんなこと言われたって、うちは知らないし。
何よ、この子?
この子も可愛いから誘拐してきたってわけ?」
「ち、違う。嘘だ・・・!
思い出せ、思い出すんだ!
この女がおまえを知っていて、おまえがこの女を知らないハズがない!!
何か接点があるハズなんだ!
子供の頃に似たような女がいた記憶は!?」
「しつこいっつーの!
知らないよ、バカっ」
光の顔はみるみるうちに青ざめていく。必死に千鳥に問いただしてみてみるものの、
どうにも嘘をついているようには思えない。だからこそ、急激に血の気が引いていくのが分かった。
光の視界に千鳥は映っていたが、本能ではその姿を捉えられてはいなかった。
感情と感覚がバラバラの状態。意味もなく、頭を撫で、右手で口を覆う。
全てが無意識に、焦りが光をコントロールしている状態。
そのうち、地面に両膝・両手をつき、現実を直視するまでには時間は掛からなかった。
「そ、それじゃあ、俺は・・・。
(俺は・・・俺は、何のために誘拐をしたんだ・・・?
犯罪を犯したんだ?
こんな負け組にまで堕ちて、さらに転げ落ちたというのか?
そんなことって、あるか?
一体どうなっているんだ。俺はどうなっているんだ。
こ、こんなの・・・あってたまるか・・・・こんなの・・・惨め過ぎるだろ・・・)」
みっぴーの情報を掴む最後の手掛かりとして、賭けに出た光。
誘拐という犯罪行為を犯してまで、この堂本千鳥とみっぴーを接触させてみせた。
だが、成果はゼロ。いやこの状況から察するに、昨日の状況よりも悪化。
何より犯罪を起こしている点が大きい。運が悪ければ、もう警察が動いていてもおかしくはない。
残り3日間を動くまでもなく、捕まる可能性すら生まれてきてしまった。
しかし、それはあくまで光サイドの話。一番迷惑を被っているのは、間違いなく。
「ね、ねぇ。
それで用事は済んだの?
だったら、もう帰してよ」
「・・・」
「聞いてるの!
お、大声、出すよ」
思えばこの堂本千鳥という女こそが、最大の被害者。
みっぴーと光のメリットのためだけに、拉致・誘拐された悲劇の女性そのもの。
はた迷惑も良い所である。うなだれる光に対し、これ以上の刺激を強めないためか、
声のトーンを落として話しかける。数秒後、落としていた頭をゆっくりと持ち上げていく光。
「(冷静になれ、落ち着くんだ。
俺はいつも冷静に事を対処し、切り抜けたからこそ、勝ち組になったんだ。
ここで集中力を切らしたら、そこで全てが終わる。
この絶望的な状況での最善策を、勝ちのルートを見つけるんだ・・・!
負け組共、低能共がトチ狂うこのシチュエーションでも
俺は、勝ち組は・・・切り抜けられる!
俺は勝ち組なんだ、勝ち組を胸に抱けっ!!)」
泣きたくなる、思わず無意味に暴れまわりたくなるほどの、どん底の状況。
だが、この状況こそが自分の真骨頂、勝ち組たる力を見せつける場だと切り替える。
自分に心酔せねば、まともな神経では、二足歩行すら困難な今。
たった一つの、勝ち組という誇りだけが、今の光を支えていた。
1、2度自分に言い聞かせるように、頭を頷かせる。
そして、ゆっくりと、現実を取り戻し始め、怯え出した堂本千鳥を見つめる。
「おまえを、ここから出すわけにはいかない」
「な、何でよっ。
もう目的は済んだんでしょ!」
「(こいつには6日目の最後までいてもらわねば困る。
仮に口止めの交渉が成立したとして、こいつは所詮学生。
家に戻って安堵が生まれれば、感情が優先されるに決まっている。
例え今、情報が無いにしても、こいつは逃がさん。
それに・・・あくまで、みっぴーはこいつを指名した。
ゼロではないハズ・・・みっぴーの情報を得るのに、こいつの存在価値はゼロではないハズなんだ)」
「シ、シカトしないでよっ!」
「(だが、こいつをここに監禁するのはそれ以上に無理な話だ。
食料・トイレ・逃げ道の封鎖・外への情報漏洩の阻止等、
その全てを、監禁の知識がゼロの俺がこなすのは無理だ。
それに、俺が助かった後の処理もある。
・・・そうだ、たった一つ。それでもたった一つ、魔法は存在する。
それは”こいつにとっても俺といることのメリットを生み出す”こと。
それには、このみっぴーを利用させてもらう)」
「にゅん?」
光が千鳥を逃がすことができないのは明らかであった。
ここで解放されれば、90%の確率で千鳥は親か警察に今回の件を報告する。
故に、例えどんなに千鳥が言わないと断言しても、誘拐した以上解放という選択肢は無い。
となると、千鳥をここで監禁せねばならない。だが、それがもっとも困難。
光はこの後もみっぴーの情報収集のため、外出することが必須な身。
24時間、監視することは不可能。故に、千鳥をたった一人でここに住まわせる必要がある。それも逃げないように。
両手両足、目・口を縛り付けて、糞尿ダダ漏らしにしておけば、解決することでもある。
だが、それは千鳥の反感を生み、さらなる脱出への感情を高ぶらせ、
また仮に光が生き残った際に、確実に千鳥からの報復・通報が成される。
まさに八方塞がりな状態。
「堂本千鳥、おまえに尋ねる」
「何よ」
「体は寒くないか?」
「体?
ちょ、ちょっと背中か首筋が寒いけど」
「そうか。
次に、この女を見てみろ。
顔だけじゃない、全体をよく見るんだ」
「可愛い子ちゃんを?
・・・えっ、何か、ボヤけて」
「教えてやる、堂本千鳥。
こいつの名はみっぴー。
そして・・・幽霊であり、悪霊でもある」
光の言葉に最初は馬鹿にした表情をする。だが、確かに違和感は少しずつ感じ取っていた。
この部屋の謎の冷気、そして不快な視線・プレッシャー。誘拐されたことによる緊張・恐怖からだと思っていた止まない鳥肌。
そんな少しずつ、カス程度の疑惑が、みっぴーを観察する目を徐々に真剣にさせた。
見れば見るほど、みっぴーの存在は気色悪かった。それは光が最初に抱いた感触と同じもの。
それから、堂本千鳥が、光と同じリアクションを取るまでに時間はそう掛からなかった。
堂本千鳥の感情が恐怖に占領され、ひとまず誘拐という事実が消え去っているのを悟ると、
光は両手に縛られたなわとびを外し、そっとミネラルウォーターを差し出した。
「飲め、落ち着け」
「ど、どういうことよ。
何であんた、こんなのと一緒にいるのよ!」
「俺はこいつに三日後に殺される。
助かるためには、こいつの名前を見つけないとならない。
そしてそのヒントに、みっぴーはおまえを指定したんだ」
「う、うち?
でも、私はこいつのこと全然知らないし!
ざけないでよ、関係ないわよ!」
「俺だってそうだったんだ。
実は俺も今のおまえと全く同じ状況だったんだ。
1週間前くらいに、見知らぬ男にこのみっぴーに殺されると告げられた。
そしてヒントは、この俺だ、と言われたんだ。
・・・もう、分かるな?」
「は、はぁ?
何よ、いきなりクイズ?
ちょ、ちょっと、うざっ、分かんないし。
頭悪くないけど、い、いきなりそんなこと言われたら、分かんないし!」
「俺が三日後に殺されれば、次のターゲットはおまえだ。
おまえが七日後に殺される。
こいつは、みっぴーはウィルスのように伝染し続けている、人から人へと。
答えが導き出されるまで、ずっとな」
まるで何処かで見たかのようなホラー映画の状況を、嘘として平然と語り出す光。
しかし、今の千鳥を納得させるには十分過ぎる内容であった。
この誘拐・監禁という非日常的な状況が堂本千鳥の冷静な判断を失わせ、
そして実際にこの目で見た幽霊みっぴーの存在が、それを真実だと脳みそが結び付けてしまった。
後はもう、光の手の平の出来事である。
「俺は死ぬつもりはない。
そして、おまえも殺すつもりはない。
だから、手を貸せっ!
ここで力を合わせなければ、俺達は惨殺される!」
「う、うち、死にたくないよ。
嫌だよ、まだ子供だし、そんなの嫌だよ」
「どうなんだ?」
「・・・う、うん。
私も、協力する」
『4日目 早朝』
光は財布を持って外に出ようとしていた。目的は自分と千鳥の朝飯を買いに行くこと。
あれから千鳥の説得に成功した光は、ひとまずその場を収めた。
千鳥を自分のベットで寝かせ、自分はソファで寝ることで事なきを得た。
まだ千鳥が本当に洗脳されたのか、いや、この嘘を信じ続けているかは疑問が残る。
だが、光にはもう時間が無いのだ。4日目の朝、光は目覚ましもかけずに、起きて見せた。
熟睡などできるハズもない。鼓動はつねに一定以上鳴り続けている。とても落ち着けない。
マンションから出て、一つ深呼吸をして歩き始める光。その時。
「流光」
「?
誰だっ!
(もう警察が嗅ぎつけてきたのか!?)」
背後から声がする。嫌な汗が流れる。すでに警察がここまでやってきたのか。
決定的な証拠を残していたのか。光はすぐに後ろを振り向く。だが、視線の先には何も無い。
「(どういうことだ、誰もいないぞ)」
「こっちだ、流光君」
「こっち?
・・・な、何だっ!?
ね・・・猫だと・・・!?」
「ようやく会えたな、流光君。
こんな姿だが、私は道源寺総一郎。
君をあの女から、救いに来た」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます