第4話 知恵比べ
「いーの?
みっぴー、本気にしちゃうよ」
「顔がニヤけている奴が言う言葉か」
光の言葉を待っていたと言わんばかりに、不適な笑みを浮かべるみっぴー。
みっぴーがこの部屋に現れた時から、光はつねに個人情報を少しでも聞き出そうと
度々話掛けてはいた。だが、みっぴーは頑なに、自分の情報を漏らさない。
言葉巧みに聞こうとしても、それを見透かすように回避されてしまう。
観念したか、光は最後の賭けに出るしかなかった。
「いいよ、ピー君。
みっぴーの名前に入っている文字、答えてみて」
「(こいつが真実を言うか、嘘を言うか。
そんなことを気にしている余裕は、時間はない。
とにかく今は何かを動かすしかない。
このまま膠着状態が続いては、例え7日あろうが8日あろうが何も変わらない)」
光は目を左右に揺さぶりながら、何も喋らず、じっと考え込む。
時に唇を噛みしめ、当ての無い光を見つけ出そうと思考する。
「(こいつは自分のことを”みっぴー”と名乗っている。
つまり常識的に考えるならば、名前か苗字に”み”がついている可能性が高い。
ここからは俺の勘に過ぎないが、恐らく名前のハズだ。
”みほ”や”みさき””みか””みちる”など、下の名前から”みっぴー”に繋げるのが自然と見える。
だが・・・)」
「えへへっ。
ピー君の真剣な表情って、やっぱり面白い」
「喧嘩を売っているのか、この馬鹿っ。
(だが、やはり下の名前で絞っていくと統一性が無さすぎる。
”み”から繋げる文字で、共通している文字があまりにもバラバラ過ぎる。
下の名前から答えを導き出すには危険が高い。
となると、頼るのは苗字。
苗字・・・そして、あわよくば名前にもよく使用されている文字。
それがもっとも、理屈が通る)」
考えれば考えるほど、泥沼に嵌っていく思考のロジック。
すでに「みっぴー」だけしかヒントが無い時点で、正答率を高める何かなどほぼほぼ存在しない。
最悪、そのみっぴーという名前すら、まるで本当の名前と一切関係ないかもしれない。
光とて、今自分が考えていることがいかに無駄か、阿呆か、よく存じていた。
だが、それでも光は考えるしか無かった。考える他無かった。
自分のいわば寿命を、賭けているのだから。
「(今はどうか知らんが・・・昔、本で読んだことがある。
日本人の名前でよく使われている文字の順位。
それと俺の身近にいる人間。友人・同僚・ご近所、その全てを考慮し、
そして、導き出される、”文字”は・・・)」
「ピー君、お月様が眠っちゃうよ?」
「・・・”し”だ、俺は”し”を選ぶ」
光が考えた末に導き出した答えは「し」。昔読んだ本の記憶だと、他にも「あ」や「た」「か」の文字が
並べられていた。後は、実際に自分の周りにいる人間の名前から、答えを導き出した。
みっぴーはわざとらしく、天井を見上げて考え込む仕草を取り始める。
眉を顰めて、いかにも考えている、と態度を示す。光は動かない、目線をずらさない。
12秒後、みっぴーは光に目線を合わせたかと思うと、
いつものように力の無い笑みを振りまく。
「ぶっぶー!
残念だったね、ピー君」
「クソが。
そのみっぴーというふざけた名前はお飾りか!」
「イヤん。
ピー君はそうやって情報を聞き出そうとするから、
みっぴー怖い」
「(・・・終わった)」
最後に仕掛けた罠も、全てこの女には通用しなかった。
光はまさに2重の賭けに出ていた。1つ目はそのままの、文字を当てるという行為。
そして2つ目は、ハズれたとして、くやしがる素振りを見せつつ、”みっぴー”の名の情報を聞き出すこと。
人は勝負の勝ち負けが着くまでは、その集中力・注意力は高い地点で継続される。
しかし、それが終わった後。まさに終わった直後。そこにわずかな緩みが生まれる。
その深層心理、そして、それを見破られないように、一連の流れを演出したつもりだった。
だが、それすら看破された。完全に光の敗北だった。失った1日を、鼻で笑う光。もはや憎まれ口を叩く気力も無かった。
「ピー君、ピー君。
ごめんね、みっぴーいけないことしちゃった?」
「(どうすれば、どうすればより情報が得られるんだ・・・)」
「うーん。
そうだっ、ピー君に頑張ったで賞あげる!
だから元気だして、ね?」
「頑張った、で賞?」
光の姿を見かねてか、みっぴーが慌ててポケットから携帯を取り出して操作し始める。
重い頭を無理やり上げて、バタバタと指で画面をなぞるみっぴーを見つめる。
お目当ての物を見つけたのか、みっぴーは歯が見えるほどの笑みで
携帯の画面を光に見せてくる。
「ほらね、さっきピー君言ってたよね。
”何人殺したんだ”って。
それちょっと見せちゃうね!」
「・・・!
こ、これは」
「この写真はね、小腸を全部引き抜いた時のやつ!
小腸って人にもよるけど約7mもあるんだよ。
みっぴー信じられないから、それをちょっとためしてみたの。
でもこの時はまだ生きててジタバタしてたから、写真ブレちゃったの」
「お、おまえ」
「それでこっちはね!
顔の皮膚を全部そぎ落とした時の写真!
映画とか漫画で見る、骨をむき出しにして動く人間が見たかったの!
でも鼻部分をそぎ落としている最中に、奇声を上げだしたから・・・」
「やめろっ!!!」
みっぴーの携帯を持っていた右手を、強くはたく。
衝撃で、携帯は宙を舞い、地面に叩きつけられた。呼吸を荒くし、光はみっぴーを睨む。
みっぴーはあっけに取られたような表情で、口を阿呆のように開けたまま光を見る。
光は呻き声を上げながら、髪の毛のくしゃくしゃにして、取り乱す。
「おまえは悪魔だ、鬼だっ!!」
「み、みっぴーはピー君を元気にしたいって」
「見ていろ、この低能女っ!!
おまえに絶対・・・吠え面をかかせてやる!!」
地面に置いてあったティッシュペーパーは蹴り飛ばして、上着を手に取り、
光は外へと出て行ってしまった。
みっぴーは相変わらず、悪気が無いように、飛ばされたティッシュペーパーを元の位置に戻す。
そして再び、ソファに戻って携帯をなぞり始めるのだった。
部屋を飛び出してから、光はネットカフェに来ていた。
以前から脳裏にかすめていたことだった。最悪になったら、最終的には、追い詰められたら。
こうするしかない。そう、光が何処か無関心で逃げながら、奥底で理解していたことだった。
今、パソコンの画面に映るは、絶望の光景。生涯、決して見るハズの無かった画像。
それに今、見入ってる状態。その状況を考えたく無かった、振り返りたくなかった。
気が狂ってしまいそうで、目からくやしさが捨てられそうで。
「(注文数は1セット、到着指定日は今から2日後、センター留めで。
支払いはクレジットカード・・・これは、俺の、ブラックカード・・・。
俺の、俺の名誉の、勝ち組である証の、こ、この・・・
誇り高き・・・ブラックカードで・・・
げ、解毒剤と・・・一緒に・・・1セットで・・・)」
部屋では注文できなかった。みっぴーに見られないためである。
マウスをクリックする感覚など、もう感じない。震えて、手の感触など吹き飛んでいる。
だが、画面は確実に注文完了画面へと光を導いてくれた。
この時、光は自慢のブラックカードで、初めて毒薬を購入した。
次に向かったのは、スポーツ大型ショップ。
夜になり客足も疎らな店内で、光は何一つ迷うことなく、手にしたものをカゴに入れ、
手にしたものをカゴに入れの作業を繰り返した。
気づけばカートには商品が山のようになっている。
目はすでに虚ろ。右を向こうとしているのか、左を向こうとしているのか、自分でも制御できない。
動揺という他人が、自分を完全に支配してしまっている。
気づけば足は、レジに向かっていた。
「シャツ2着、上下セットなので5%オフとなります。
シューズ1着、なわとびが1、2、3つ。
サングラス1つ、テープ4つ、キャップ2つ、飲料水4つ・・・」
購入していたのはスポーツ用品。お経のように喋り続ける店員の声など、耳には入ってこない。
朦朧とした中でも、光のやろうとしていることは着実に実行されていた。
決して、トチ狂ったわけではない。トチ狂ったことをしようとしているだけなのだから。
「(浅知恵に過ぎないが・・・。
身近に捜査が入った時、ホームセンターやコンビニで買うよりも
もしかしたら幾分、時間は稼げるやもしれん。
例え1日、10時間、1時間でも警察の動きを遅らせられれば。
もう・・・俺には、こうするしかない)」
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