第3話  あの世招待数え歌


『2日目 夜』



「おかえりなさい、犬のおまわりさん」


「誰が犬のおまわりさんだ」


午後7時23分。光は帰路についた。

玄関のドアを開けると、さもこの部屋の住人が如くみっぴーが迎え入れる。

持っていた手荷物を床に置くと、ソファで我が物で寛ぐみっぴーを確認する。

まだ上着は着たまま。だが、光はある事実を確認しなければならなかった。

みっぴーの前に膝を落とし、目線を合わせる。


「おまえに二つお土産がある」


「ごめーんあそばせ!」


何も知らずに両足をばたつかせて喜ぶみっぴー。

そんなみっぴーに対して、事情聴取をする刑事さながらに、ポケットから

携帯を取り出して目の前に突き付ける。


「女の名前は堂本千鳥(どうもとちどり)、高校2年生。

 おまえがくれた写真は、この女の一言君のアイコン画像そのままのようだな。

 堂本千鳥も一言君上で多くの友達を抱えているらしく、すぐに何人もの提供者が現れた」


「にゅん」


「この女の知人か誰かが知らないが、

 本名、年齢、学校、そして住所までご丁寧に教えてくれた奴がいたよ。

 無論、炎上を少しでも避けるため、この件の俺の一言は速攻で削除した。

 当選者もでっち上げている、全て完璧だ」


「あら、坊や。

 中々やるのね」


「一体なんのキャラクターだ、この馬鹿。

 (こいつに動揺の素振りは見えない。

 つまりはここまではこいつの筋書き通りということ、か)」


朝に応募企画を立てた自撮り女の探索は、意外にも光の予想を上回る収穫を得ていた。

女の名前が判明するだけでなく、その身の周辺の情報までも網羅できた。

だが、その事実を聞くみっぴーの表情に、何も変化はない。

今まで通り、何処か光を小馬鹿にしたような、ふざけた態度が続く。

光は携帯をポケットに戻し、そして、いきなりみっぴーの胸倉を掴んだ。


「ぴぴ、ピー君!?」


「最後のお土産だ、みっぴー」


「にゅん?」


「おまえは一体、何人殺したんだ?」


光の問いに、みっぴーの表情は変わらない。

まるで他人事のように、真剣な表情の光をあざ笑ったまま。


「図書館の職員に聞いた。

 ここ数か月の間、同じ様な質問をしてくる者が何人かいたとな。

 つまり、おまえは俺と同じようなことを

 何人にも実行していたことになる」


「みっぴー、眠たい」


「ここからは想像だが。

 この堂本千鳥を殺すという条件を満たすことは、できないことは無いハズだ。

 俺のような勝ち組でなくとも、無能でも3、4日で身元が分かるハズ。

 だが、それは実行されていない。

 ということは、他の奴らは特級の阿呆でこの女を殺せなかったか、

 もしくは俺に限りこの条件にされているのかの二つの選択肢となる」


「うんうん」


「つまり、俺と同じ境遇の他の奴らはどうなったか?

 そしてそいつらは今、一人でも生きているのか?

 その答えは、自ずと見えてくる。

 女は生きている、そしておまえの最大の目的は『幸せになること』。

 それが達成できていないから、今、おまえはここにいる。

 ・・・全員、殺したな」


光の冷静で、重い口調に対し、みっぴーは幾度となく目を眠たそうに擦るばかり。

その存在に対しても、その考え方、極端に言えば本当に同じ人間がそこに

対峙しているのかすら、疑問に思える空間。

死に対して気づかぬ怒りを秘める光と、死に対してくしゃみ程度の感覚しか覚えぬみっぴーが

そこの空間に、確かに存在していた。


「また、ここまでの話を繋げると、ある一つの可能性が浮上する。

 それは『女を連れてきて殺す』条件を達成しても、俺が殺される可能性だ。

 ・・・勝ち組をなめるなよ。

 負け組共を、無能共を騙せても、俺はそうはいかない」


「ぶぶっー!

 みっぴーは嘘つかないもん」


「ッチ、唾を飛ばすな!」


至近距離で言葉を発していたためか、みっぴーの唾液が光の顔に飛び散る。

ハンカチをポケットから取り出し、舌打ちをしながら顔を拭く。


「(これ以上話しても無駄か。

 こいつの一つ一つの言動を疑問視していても、埒が明かない。

 それに恐らく、”俺に限りこの条件にされている”ことは間違いないか。

 さもなくば、この堂本千鳥という女が素顔を晒して、堂々と一言君などやれるハズがない。

 過去に殺人未遂、誘拐未遂の危険に晒されているハズだからな)」


みっぴーは、最初に掲示した『女を連れてきて殺す』という救済条件に嘘偽りが無いことを断言した。

ある意味、これまでのほほんとしてきたみっぴーにしては珍しい態度。

それはまた、光にそう確信させていた。掴んでいた胸倉をゆっくりと解き、立ち上がる。

みっぴーは少し不機嫌な顔で、よれよれになった服を気にする。


「でもみっぴー、びっくり!

 今までの人はこんなに早くここまで辿り着かなかったのに。

 ピー君のこと見直しちゃった」


「見直した・・・?

 おまえのような低学歴の負け組が、どの口でほざく!」


「低学歴は負け組なの?」


「学校で習わなかったか!

 高学歴である勝ち組は、低学歴の負け組とは生態が違うことを!

 俺はつねに低学歴を、底辺を見下す、蔑むっ!!」


「えー、小学校のサクラ先生はそんなこと言ってなかったもん」


「俺は親切だからこそ、おまえにも、そしてネットやSNSでも日頃発信している!!

 どの大学が良いか、どこが平均かなどと自己保身に走る底辺共になっ!

 教えてやる・・・偏差値65以上の大学以外、行く価値はないっ!!

 2度も言うぞ、行く価値はないっ!

 そうだ、3度も言ってやる、行く価値は、無いっ!!

 日本社会はそんな君たちを、必要としてないとな!!」


「えっ。

 でも、そんな負け組しか集まってない所に、

 ピー君みたいな勝ち組の人達が仲良くお喋りしにくるんだ」

 

「昆虫は黙っていろ!!」


光はクッションに腕時計を叩きつけて、キッチンへと足を進める。

みっぴーにも悟らせるように、足音を大きく立てながら。

冷蔵庫に入っていたミネラルウォーターを、何も考えず、感じず、喉に押し込む。

予想以上に事は上手く運んでいる、そのハズ。

そう前向きに捉えることでしか、この震える手の感覚を抑える術は無かった。

ミネラルウォーターをテーブルに置き、光は夕飯も食べずにまたパソコンと語り始める。

何分も、何十分も、何時間も。

さきほどからティッシュを丸めて光にぶつけるが、何の反応も示さないことに卑屈になるみっぴー。


「ねーねー、遊ぼう」


「・・・」


「ピー君暇だよぉ。

 そうだっ、一緒にゲームしようよ。

 ピー君って、あっぷっぷ好きだよね、うん!」


パソコンを弾く手が止まる。

一つため息をつき、ゆっくりと腰を上げ、ダルそうにみっぴーの目の前で膝を落とす。

数秒みっぴーを見たと思うと、両手で頬を引っ張り始める。


「なぜおまえとにらめっこしないとならない」


「へ、へも~。

 みっひー、ひまなんわもん」


「・・・。

 (もう、賭けてみるしかないか)」


みっぴーの頬を引っ張っていた両手を下へと落とす。

さきほどとは打って変わって、真剣な眼差しでみっぴーを睨む。


「(俺が何を聞いても、こいつは個人情報を漏らさない。

 こいつ個人の情報・家族・死因・友人関係、その全てが弱点になるからだろう。

 だが、それを無理やり聞く手段はある。

 一つ目はあの自撮り女、堂本千鳥とこいつを対面させて情報を聞き出すこと。

 二つ目は、そう・・・)」


「にゅん?」


「クイズをしようか」


「するする!」


「これから一つ特殊なクイズを行う。

 俺がおまえに質問をし、俺が正解を事前に提示できるかどうか、だ」


「それってー、みっぴーのことが知りたいの?

 みっぴーの経験人数?

 それとも、生中の回数?」


「”おまえの名前の一文字を当てられるか”、簡単だろ?」


「ぶー。

 それって、ピー君しか面白くないもん」


「(そう、確実に餌を撒かないと、おまえが乗ってこないのも知っていた)

 俺が言い当てたら、それが俺の勝利報酬となる。

 そして、俺が負けたらだ」


「うん」


「七日間の俺の寿命・・・一日をおまえにくれてやる」

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