神か、このハムスター。

川口

一話・死

「死ね」

 

 人はいとも簡単に口にする。

 

 無論、口にしたところで相手は死なないと理解した上での事であるが。

 

 しかし時には本当に死ぬ場合もある。「言葉は刃物にもなる」とはよく言うが、「死ね」とはまさに凶器そのものである。

 

 だが、日々生活していれば、そのような死の宣告など幾らでも耳にできる。

 私もこれまでの人生、他人に何度その凶器を向けたか、向けられたか。

 

 人間というのは、いけないと理解していてもついついやってしまう、そんな罪深い生き物である。

 

 何度も口にし、耳にするあまり、凶器への対応力、則ち「死ね免疫」がバッチバチな私であるが、それも虚しく、たった今私の想像を遥かに超える事態に襲われた。


 

 ほんの少し時を戻しつつ、話を変える。しかし今はそれどころではないため簡潔に述べる。

 

 私が一人暮らしを始めて三ヶ月が経つ。

 入学当初は、花の大学生活に胸を躍らせていたが、現実の厳しさに真っ向から押し潰され、晴れてボッチ大学生となったのである。

 冒頭から何やら賢そうに語ってきたが、ただのインキャだ、申し訳ない。一人称も普段通り「俺」に戻させて頂く。

 

 話が逸れた、本題に戻る。

 このボッチ生活に嫌気がさし、希望を求めた俺は、一ヶ月ほど前からハムスターを飼い始めた。ちなみにメスである。

 飼い始めはとても小さく、俺の掌でコロコロと動く可愛らしい様に、初めて友達ができたような喜びを感じていた。

 

 そうそう、そのハムスターの名前だが、散々悩んだ挙句「ハム」にした。俺の人間としてのつまらなさが前面に出たような名をつけてしまった。すまない。

 

 とは言え、毎日元気に動くハムの姿を見て、俺の真っ黒な日々が少しずつ色めいていく。この大学生活にもようやく希望が見えてきた、そう思い始めた矢先。








「死ね」








 何故一人暮らしの部屋に、俺以外の声が響くのか。何かの勘違いだと思い、大学に向かおうと片方の靴を履いたのも束の間、






「死ね」

 



 


 自分の身体が心配になった。聞こえるはずのない言葉が確かに耳に残っている。

 俺、とうとうボッチ極めすぎて病気に……





「死ね」




 

 三度目にしてようやく気づいた。

 この声の出所は間違いなくハムスターケージの中だ。

 

 履きかけた靴を脱ぐ。


 恐る恐るケージに近づく。

 

 まさかそんな事はあり得無ないだろう……など考えさせる時間も与えられなかった。

 

 ケージの中に設置したハムスター便所から、勢いよくハムが飛び出してきた。

 そして当然の如く、それはまるで人が言葉を発するのと同様に、ハムが口を開いた。



「お前に言ってるんだよ小谷、死ね」



「小谷」そう呼ばれるのには慣れている。

 親しい友達がいない俺は名字で呼ばれるのが普通だからだ。ちなみに名前は誠だ。

 

 しかしこの際どうでもいい。向き合うべき大きすぎる問題が今、ここにある。



「何ぶつくさ言ってんだ、死ね」 



 

 今まで生きてきて初めてだ。


 

 ハムスターに死ねと言われた。


 

 それに五回も。




 



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神か、このハムスター。 川口 @Kawa-515

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