第10話 自由とは②

 ――危機は去った。

 レヴンの言った通り、ローゼンデリアの兵士は救護に消火活動、あらゆる救済を実行した。

 避難誘導をし、魔物を掃討し、倒れているセント・ヴェリウスの兵士の手当てを行った。

 兵は感謝を述べて、共に肩を並べて戦った。数か月前に結んだ盟約に倣うように、あるいは、、助け合って魔を打ち払った。


 そうしている内に行政機能が復活。レヴンを戦場指揮官、セプテムを司令塔として、戦況は瞬く間に改善した。

 一連の戦いの後、セプテム・レヴン両名は両国の兵にスパロフの企てを余さず話した。

 罰せられるべきはセプテムではなく、この死者であると。レヴンはその意向を強く推した。

 セプテムも、老騎士のはかりごとであって、その息子に責は無いと語った。

 帰国後も同様にレヴンは方々に触れ回った。セプテムの書状を持って。

 それはやがて、ローゼンデリアの国王にも行きついた――


「我がローゼンデリア王国とセント・ヴェリウス帝国は同盟関係にある。危機に駆け付けるのは道理である。それが、自国を発端とする諍いならばなおさらである」


 国王はそう言って、諸々の賠償を行った。金銭から食事の提供、職人の手配まで、一切の協力を惜しまなかった。

 そのために、目下戦争をし、戦局有利であったクラルガ公国との和平まで取り付けたのだから、両国の絆はより深まったと言えよう。


 この一件を受け、玉座に座ったセプテムは、隣にいる男にため息交じりに語り掛けた。


「こうも潔癖に対応されるとさ、こちらとしては皮肉の一つも言えないんだよ。まあ魔王が世界から消滅したという点で益があったから、文句を言う筋合いも無いんだがな」


 豪奢な鎧に身を包んだ男は、自然体の皇帝陛下に臆することなく、静かに言った。


「勇者の国だからな。何より、レヴンの信頼が厚かったと見える。それとも、スパロフの信頼が薄かったか?」

「はっ! 言うじゃないか、。まあ、レヴンも最善を尽くしてくれた。あとはこちらも動かねばな」


 セプテムはそう言うと、自身がしたためたお触書を広げ、軽く目を通す。


 一、奴隷制を排除する。奴隷は全て「労働者」と名を変え、人権を保障する

 一、民族差別の廃止。エルフ、ドワーフ、その他、生存しているものであれば移住を拒まず、これもまた人権を保障する。

 一、他国への義の無い争いを禁じる。自己の利益や都合によって何人の権利も侵害してはいけない。

 一、奴隷の英雄「アウグスト」とその友である「ジュヌ」の両名は、上記差別撤廃の先駆けとして、皇帝直属の近衛兵として身分を昇格し、召し抱える。

 一、貴族、富裕者等、余裕がある者で貧民や労働者の支援をした場合、国から報奨を出す。


「……我ながら、ここまで事が一気に進むとは思っていなかった。戦いが歴史を前進させるというのは、どうやら本当らしいな」

「やー、嫌になりますね、それ。もっと平和な時にこそ進んでほしいんですけど、私は」


 アウグストとは反対側に、セプテムを挟むようにして、美しいドレス姿の緑の妖精は語る。


「ジュヌ、話方はなしかた

「良いじゃないですか、アウグストさん。私は私です。一人くらいは砕けた話し方をしてる人がいる方が、謁見に来る人も安心なんじゃないですか?」

「……どうだろうか、セプテム」

「無礼でなければなんでもいいよ、俺は。 ……今のお前は、限りなく無礼に近いが悪意が無いからまあ良しだ」


 セプテムはにやりと笑って二人を見る。

 あの日の戦いで、近衛兵らしい人間のほとんどを失ったセプテム。

 わずかな生き残りも、前線の新兵の強化のため出払わざるを得ず、ここにいる二人だけが近衛兵ということになる。

 彼らはあの後正式に「清め」の儀を行い、体に残る一切の傷を消滅させた。

 結果、アウグストは少年の頃のような端正な顔立ち、しかし戦場をいくつも経験した険しい顔つきの男になり、

 ジュヌは、もはや少年とは言えないほど人間離れした美しい見た目を取り戻すに至った。

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