第10話 自由とは③
「しかし、良かったのかアウグスト? お前、自由が欲しかったんだろ?」
セプテムの問いに対して、アウグストは静かに返答する。
「ああ、欲しい。今でもな」
「ここにいる以上、手に入らないぞ」
「だが、俺がいなければ誰もこの剣は使えない」
鋼鉄のグラディウス。国を、魔王を滅ぼすために仕立て上げられた陰謀の剣。
その剣はローゼンデリアの技術によって、アウグストの声にしか反応しないように仕立て上げられていた。
しかし、それもローゼンデリアに返上すれば修正することも容易だろう。
だが、彼らはそうしなかった。したところで、アウグスト以上に剣の立つ兵士など、この国にはもういなかった。
「自由とは、社会に属している以上、手に入らないものだと、お前は言っていたな」
「ああ」
「おそらくは、社会など関係ないのだ」
アウグストは言って、朝の美しい太陽の光を窓越しに見る。
視界には数羽の鳥が風を受け優雅に飛んでいる。
「あの鳥だってそうだ。一見すれば自由に見える。しかし、鳥にも家族があり、仲間がある。毎日朝エサを探して届け、仲間と情報を交換し、夜には寄り添って寝る。あのような自由を象徴する動物にも、自由など存在しないのだ」
「では問おう、アウグスト、お前にとっての自由とはなんだ」
「それは――」
アウグストはセプテムの目を見る。
赤く燃える瞳は敵意でも圧力でもなく、純粋な興味を向けている。
「好きな時に起き、好きなものを食べ、眠りたい時に眠ることだ。夏の暑さも冬の寒さも感じず、病や怪我もない状態をこそ、自由という」
「……貴族、でもそうはいくまい。奴等とて薪がなくなれば死ぬ。隣人に殺されもしよう」
「ああ。だからこの世には存在しないんだ。だから――この手で作ることにする」
ジュヌとセプテムが驚き、目を見開いてアウグストを見る。
彼は注がれた視線を避けるように、また窓の外へと視界をうつした。
「この世は不自由だ。自由などどこを探しても存在しない。故に、俺たちは歴史を紡ぐ。その条令文のように少しずつ差別や貧困をなくし、社会の発展で飢えや苦しみを無くし――いずれ、自由に至ってみせる」
「その時、お前はもういないぞ? その計画は、あまりに時間がかかりすぎる」
「それでもいい」
アウグストはセプテムの言葉に、諦観にも決意にも似た響きで言葉を返す。
「いいんだ。俺やお前のように、何かを悩み苦しむ人間が今後も現れる。皆、自由を求めるだろう。そんな時に、自由が手に入る社会が作れれば、俺はそれでいい」
「――随分、遠い目標になったな、アウグスト」
「ああ――まぁ、今はそれでいい」
「今は……?」
アウグストは伏し目がちに、少しだけジュヌと目を合わせて、すぐに視線をよそへと向けた。
「自由より欲しいものが出来た。それだけだ」
「ほー!! 自由より欲しいものと来たか!! これは実に、実に愉快だ!!」
セプテムはその様子を見て全てを理解し、大笑した。
ジュヌもその様子を見て察し、大いに顔を赤らめた。
「よ、良かったんじゃないですか?! アウグストさん! もう!」
「な、声を張り上げるな! 驚くじゃないか」
「いいから、俺の頭上で楽し気なやり取りをするな、近衛ども」
勘弁してくれと言いたげなセプテムの表情は笑っているようであり、困っているようでもあった。
そんな彼の珍しい表情がおかしくて、アウグストとジュヌは思わず笑った。
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