第10話 自由とは①
「終わった、か」
ガクリと膝をつき、ヴェリウスの剣を地面に突き立ててレヴンを見るセプテム。
レヴンは長い髪を払い、セプテムに手を差し出した。
「父の企てはこれで終わりました。兵士たちには民も兵も、あまねく者の救助を命じてあります。私への処罰はいずれ、近いうちに処刑台ででも顔を合わせるでしょう」
「しかし何故だ。何もしなければお前はおそらく、この国を治める者になれたぞ。勇者の名の下でな」
「だって、そこに義は無いでしょう? 正義無き戦いで勝ち取った功など、かつての魔王と同じ。私は、魔王になってまで人を統べたくはない」
レヴンは素直に、真っ直ぐセプテムの目を見据えて、心中を明かした。
それを聞いたセプテムは、笑うしかなかった。
――正義を語るには力がいる。この男はこちらの疲弊と、目当ての敵の油断を図らずも手に入れ、魔法の域に入りそうな速度で手段を速やかに実行した。
そのうえでこの正論だ。四の五の言ってきた人生であったが、これほどまでの天然に王道を語られては、もはや敗北を認めるしかなかった。
「! ジュヌ……!」
戦いが終わり、レヴンとセプテムが軽く話して玉座に向かう頃、アウグストは感覚のない体で扉の片隅に転がっているエルフのもとへ駆けつけた。
「ジュ――」
が、しかし、もはや限界だ。体はいう事を聞かず、五体そのままに正面から倒れこむ。
動かない足、もはや剣さえ打ち捨てて、腕で這って彼女に近づいていく。
――やっとたどり着いたころ、アウグストは視界が朦朧としていた。
意識の混濁ではなく、疲労による途絶でもなく、ただ、視界は白く濁る。
辛うじてまだ動く右腕を伸ばして、その頬に触れる。
彼女は動かない。肌の感触さえもわからず、この行動が全ての限界であることを悟る。
腕は感覚を失ったまま口元へ。もはや呼吸をしているのかが感覚で理解できない。
「守れなかった、のか」
アウグストは、かすれた声で呟く。
「ずっと、ここまで共に、来た、のに」
声は発しようとしても上手く発音できない。声帯は損傷していないはずだ。呼吸器はまだ生きている。なのに
「――すまない、すまない」
どうしてこんなにも苦しく、言葉が紡げないのか。
……頬を伝う汗がどこかいつもより熱い。
どうして、ここまで気が付けなかったのか。
彼女をここまで連れてきた。ここまでついてきてくれた。
甘えていたのだ。彼女の優しさに。
いつも傷付いた時、彼女は傍らにいてくれた。
だからこそ、アウグストは十全を尽くして彼女を守った。
だからこそ、アウグストは、ジュヌが倒れている姿を今まで一度も見たことが無かった。
その表情を見た時、どうしてこんなにも心が痛むのか。
責任感ではない、同情でもない、これは一体――
「ん……」
歪む視界の中で、ジュヌの口元が微かに動く。
「……あ、あれ、ここは――」
「ジュヌ!!!」
「わ、アウグスト! ……なんで泣いてるの?」
途端、動かないはずの体が動き始める。
這っていた体を起こし、転げるように彼女を抱きしめる。
「あ、え、あれ?? アウグストさん?? どうし――」
「――良かった」
徐々に熱の灯る体。ジュヌを通して、アウグストにも人間らしい熱が戻ってくる。
「あ――」
ジュヌは、そのアウグストの肌と触れて、全てを理解した。
ここまでの戦い、敗北、そして、ジュヌに抱いた、彼方からある、初めての感情――
エルフは、自然の声が聞こえる。これは感応力が高いからだ。超能力のように、生物の感情を読み取ってしまう。
だからこそ、この状況――全身で彼を感じている今、全ての感情が濁流のように彼女の内になだれ込んでくる。
「――ああ、そうだったんだね」
「ジュヌ……」
「大丈夫、私は生きてるよ。ただの魔力切れだから。そこの死体が、貴方の戦意を煽るために持ってきただけだから……もう、大丈夫だよ」
「……そうか――」
アウグストはいつものように納得したようなことを言って、しかし彼女の体を離そうとしなかった。
彼女も、今ばかりはそれを良しとした。セプテムとレヴンがこちらを見ている。そんなのはお構いなしで、彼女も彼に、疲れ切ったその体を委ねることにした――
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