第9話 勇者と魔王③
「そもそも、だ」
老騎士スパロフは語る。
「勇者とは何故勇者か。魔王を討つから勇者なのではない。苦しむ民の矢面に立ち、それを守り苦難を払うからこそ勇者なのだ」
目の前で、倒れ伏す男達に向かって。
「でなければ、我らがローゼンデリア初代国王より、聖ヴェリウス殿が勇者と呼ばれるべきだろう。しかし歴史はそうしなかった。何故か」
時刻は昼を過ぎた。あれからもう、2時間が経過していた。
「人々にとって、魔王とは遠い存在だったからだ。諸悪の根源であっても、民の悩みはもっと近くにあった。飢えや渇きの苦しみ、隣人や他国からの害意」
奴隷も、勇者も、もはや気力が付きかけていた。剣を杖に立ち上がっても、剣を受けきるだけの力がない。
「だからこそ、それに寄り添う勇者は希望だった。彼を信じていれば救われる、いわば神のように、政治を語る宰相のような男を、人々は神と信じ、勇者と呼ぶことで自身を正当化した」
作戦を立て、それで敗北したのだ。
見ての通り、男はかけらも疲弊の色を見せなかった。
むしろ余裕さえあったようにも見える。
外は黒煙が覆い、城下の大部分に炎が広がったことを示唆している。
……ローゼンデリアの思惑の通りに行くならば、この後ローゼンデリア王国の兵士たちが来て、住民の救護活動を開始するだろう。
住民の、である。民を守るため命を削った兵士はしかし、魔王の尖兵として、容赦なく切り捨てられるだろう。
「これが勇者と魔王の関係だ。人々は希望を欲して勇者という都合のいい人間を作り上げ、すべての災厄への対処をその男に任せたのだ」
「べらべらとよく喋る。貴様は、兵士であって勇者じゃないくせに」
「そうだ。勇者などという役割は国王陛下に任せておけばいい。私はその名のもと、世界を統一する手助けをするのだ。かつて傍らに立った聖ヴェリウスのようにな」
正義に酔っているのか、スパロフは毅然とした立ち振る舞いで、倒れ伏す魔王の残滓に刃を向ける。
「――それでは、お前は魔王と何ら変わらない。人は本当に争いを望んでいるのか? 飢えや渇きを癒してやれば、それでいいのではないか?」
アウグストはよろめきながら立ち上がる。体中の筋肉が悲鳴を上げている。正直な話、立っているという感覚が、既に無い。
「魔王は人間への脅威なんだろう、なら今のお前はこの国にとって魔王その物だ。違うか、スパロフ」
「ふん、死んだ人間は魔王の手先だ。生きている人間こそ、勇者の寵愛する民に他ならない」
「……それは選民思想だな、自分の認めるものしか救わない。それで勇者とは笑わせる」
セプテムは吐き捨てるように言って、無理やり立ち上がる。その二人の無様さに、スパロフは軽く笑って、剣を納めた。
「どうやら時間ですな。増援が来た。このお遊びもここまで、後は任せるとしましょう。我が息子に」
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