第9話 勇者と魔王①
「鋼――」
「『閃剣』」
一手ばかり遅かった。アウグストは先手を封じるために抗魔の力を発動しようとしたが、相手の詠唱の方が早い。
アウグストの身に死の気配が突進してくる。彼の眼には、扉のすぐそばにいたはずのスパロフが、いきなり目前に瞬間移動したように見えただろう。
その通り、瞬間移動である。雷のように、光のように、閃剣は自在に空間を歪める、最強の剣である。それを――
「っ!」
「――ふん」
甘い、と言わんばかりに防ぐセプテム。光の速さも、雷の一撃も、魔王にとっては常の物。
黒色の刃に散る火花。閃剣は空にて止まり、憎々しげに老騎士が皇帝を見る。
「魔王の力を御したか。こうなる前に仕留めておきたかったが――」
「はっ! 他国の奴隷頼みの貴様に何が出来よう! 我が国の惨事、全て貴様の命で償わせるッ!」
聖剣で閃剣を弾き飛ばし、セプテムは微かに闇を纏う。
「召喚!!」
発音と同時に空間に生じる次元の歪。その境を割って現れたるは人の形をした悪魔の如き見た目の魔物。
もはや魔物の域ではなく、これは、魔王の眷属――魔族の域である。
しかし、それを――
「――そこです」
歪ごと両断する閃き。閃剣とて
そのままの速さで、セプテムに激突するスパロフ。セプテムは剣を受け止めてはいるが、闇の力の代償か、表情が微かに歪んでいた。
「おやおや、無理はしてはいけない。力を使えば使うほど、貴方は魔王になっていく。純粋な、当代の魔王へと変貌する」
「っ……! 知れたこと、この身が魔族に落ちようと、国の危機だけはここで――!」
「甘い甘い。そこには感謝も恩もありはしない。あなたへ向けられるのは賞賛ではなく憎悪。魔物により国を半壊させ、同盟国の重鎮を葬った魔王という汚れた肩書の身と知りなさい」
剣戟は1秒に10を超える。この一瞬において、彼らはおそらく人の域を超えていた。
後は、精神が凌駕する方が勝つ。
だからこそ――この戦いは、セプテムの敗北に終わるだろう。
その結末を見守るだけでいい、しかしそれを良しとしない男がいる。
見えぬ剣戟を見て、尚も折れぬ精神を持つ男、その名はアウグスト。
「鋼鉄のグラディウス!」
3秒もあれば十分。その時すらもセプテムが稼いでくれていた。
アウグストは何の遠慮もなく、二人から神の如き力を剥奪する。
蒼い光はおおよそ闘技場ほどの広さまで広がっていく。王城全域を覆う抗魔の力が、勇者も魔王も構わず人へ堕とす。
「やりますな、奴隷」
「アウグストだ。これで閃剣と言えど、ただの硬い剣だ」
「しかし、それはそこの皇帝陛下にも言える事。そうなれば――」
セプテムの前から跳躍し、アウグストに斬りかかるスパロフ。
受けに回った鋼鉄の剣が軋む。この男、どこにそんな力が。
「私が勝つ。武功も修練も、それこそ無限に積んでいる」
「! 気をつけろアウグスト! そいつは閃剣なんぞなくても化物だ!」
――剣を引いたかと思えば、目を抉るような突きが来る。
――交わしたかと思えば、喉を裂くような薙ぎ払いが来る。
――攻撃し終えたかと思えば、後ろ手にセプテムの剣を捌き切る。
……老練、伊達ではなく。
魔力による隠密性、素早さの後押しが切れたとしても、
この男の強さは、今までに戦ったどんな闘技場の化物共を軽々と凌駕して余りあるものだった。
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