第8話 聖ヴェリウスの封剣④

「あ、あぁああああ!!!」


 揺らめき、よろめき、苦痛の声を上げる魔王。

 身体からは黒い靄が溢れ出し、中空へと溢れ出していく。

 封剣を左手に持ったまま、素早くグラディウスを拾いなおして、アウグストは魔王に向き直った。


「あああ、ああ、あ、アウグスト……」

「! セプテムか!」

「よ、よくやった……おかげで……忌まわしき呪いが、抜けていく――」


 セプテムはガクリと両膝をつく。投げ出される首、俯いたまま、セプテムは言葉を紡いだ。


「はははは、馬鹿め。長い時の中で自身の力が弱まっていたことに気づかんとは魔王も落ちたるもの! 完全に復活する前に追い出してやった。魔王の魂は拠り所を失い、この時の彼方で消滅する……もはや封印しておく必要もない! しばらくは魔物が増えるだろうが、じきおさまるだろう。貴様は、魔王を討ち果たしたこの国の英雄として、この後の世界を生きることになる――」

「セプテム――」

「俺の、貴族の時代は終わった。お前は俺の首を取り、として玉座に座れ。それでようやく、が来る」

「一つ聞かせろ。鎖を解くきっかけとなったモノとは、何だ」


 アウグストの純粋な問いに、セプテムは小声で笑う。


「お前の良く知っている人間だ。おそらく、すぐそこで俺を見張っているだろう。だからこそ――お前が首をとれ。もう、俺は動けん。今動けば、それはと同義になろうからな――」

「――おやおや、皇帝陛下、種明かしが少し早いのでは?」

「!!」


 セプテムが顔を上げる、アウグストが振り向く。その声の先は、自身が来た扉の入り口。そこには――

 ――年端のいかないエルフをゴミのように掴んでいる、老年の騎士が立っていた。


「ジュヌ!」

「おっと、動かれては困りますな。あなたはセント・ヴェリウスの次期皇帝。我がローゼンデリア王国とは親密なままでいてもらわなければ」


 老年の騎士の名はスパロフ・リコリス。

 彼は足音もなく謁見の間に入ると、部屋の隅にエルフの体を放り投げた。


「突如魔物で溢れかえるセント・ヴェリウスはまさに神話の体現。魔王が復活したのであれば勇者の末裔である我が国の出番。そして、貴方という身分を超えた真の勇者の登場により、ローゼンデリア王国は唯一無二のを得る」

「……なるほど、それでアウグストを俺に仕向けたのか、老骨」

「その通りでございます、皇帝陛下。しかし、アウグスト殿は全てを知ってしまった。まったく、致し方ない。貴公らをここで殺し、ローゼンデリア王国の一人勝ちとさせていただく。功は我が子へ。それで世界も丸く収まるというもの」


 老人は笑うでもなく、謝るでもなく、平然とそう言ってのけた。


 ――この老人は平和を謳い、その実誰よりも争いを好んだ。

 自国の領土拡大、安寧の為に、どこまでも狡猾になれる男、それがスパロフという人間だった――


「お前も、俺を利用したというのか」


 アウグストが静かに言い放つ。言葉には、確かな殺意が含まれていた。


「そうです。奴隷が平和の礎になるのです。そのために、何か月も前から準備をし、その剣をあなたに渡したではありませんか」

「――――」


 思わず、絶句した。

 アウグストは少なくとも、今の自分を肉体的には「自由」だと思っていた。

 心の迷いを断ち切るために、ここに来たのだと。

 しかし、その身体さえ誰かに利用されていた。

 そこに、己の意思など無いとしたら……


「俺の、自由は――」


 どこにあるのだ。アウグストはそう言わざるを得なかった。


「はは。自由など、我らに関わった時点でありはしますまい。諦めるのです。あるいは、こそが、、とは考えられないでしょうか?」

「――――」


 アウグストは政治がわからなかった。

 二国間の闘争もどうでもいい、魔王の復活もどうでもいい。

 人が何人死のうが、世界がどんな結末を迎えようが、どうでもいい。

 しかし、アウグストにはがあった。それこそがである。

 しかし、自由を手に入れようとするたび、誰かの思惑や、行動が関わってくる、それならば、


「──自由とは何だ!どうすれば手に入るッ!」

「知れたこと、そんなもの、はなからこの世には存在しないッ!」


 後ろからセプテムが叫ぶ、立ち上がり、スパロフに敵意を向け続けるアウグストの背中に語り掛ける。


「自由とは社会に寄らないものだ。国に属す以上役割がある。そこに、はなから自由などというものは無いのだッ!」

「では人は何のために生きる! 束縛の中で、枷を引きずって尚なぜ生きる!」

「それを探すのが人だ! 家族の為、人の為、国の為、己の為、その信念の為!」


 叫ぶセプテム。アウグストはその言葉を静かに聞いていた。


「アウグスト、この世は醜い。貴族、奴隷、人が人の価値を決め、その役割に当てはめようとする。人は自由を求めるが、同時に束縛無くして生きられはしないのだ」


 セプテムはやがて、アウグストの横に立ち並ぶ。


「それでも自由が欲しいと願うなら、束縛の中で、手に入るだけの最大限の自由を探せ! それが嫌なら、ここで死ね」


 男は並び立った。アウグストは左手をセプテムに差し出し、魔の消えうせた聖ヴェリウスの剣を渡す。


「俺は…………俺は、それでも、自由が欲しい」


 セプテムは剣を手に取り、同時にアウグストの腕を即時修復する。魔王の魔力の一端だ。彼は魔王の人格を消滅させたが、魔王の力はその身に宿したままだった。


「自由というものがなんだかわからない。だが、このまま口車に乗せられて、目の前の男に国ごと取られるのは、間違いなく、違う」

「ほう、言いますね、奴隷。ならば死合うか、我が『』と」


 スパロフは腰に差した剣を手に取る。それは、レヴン・リコリスが本来持っているべき閃剣つるぎ。どういった経緯で彼の手に握られているかは不明だが、少なくとも、渡ってはいけないものが、渡ってはいけない人間の手に渡っている。


「やれるな、アウグスト」

「無論だ。奴をここで、殺す」


 皇帝と奴隷は、肩を並べて同じ敵を見据える。

 敵は諸悪の根源、正義の名のもとに悪を働く、異郷の騎士。


 ――もはや、語る言葉は無い。


 三人の男は、それぞれの剣に、自分の思いを託すのみだった――

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