第8話 聖ヴェリウスの封剣①

「はぁ、はぁ、はぁっ……」


 息を切らせて、王城の階段を駆け上がる。

 ここまでに切り伏せた魔物、実に32体。

 ここまでに死んでいた人間の命、数え切れず。

 距離にして10キロにも満たない短い行軍であったが、

 息もつかせぬ戦闘に次ぐ戦闘のおかげか、果てしなく遠い旅路にすら感じられた。


 ……この階段を上り切り、巨大な扉を開ければ、そこは謁見の間。

 アウグストにとっては数か月ぶりの、である。


「はぁ、はぁ……この扉の向こうから、すさまじい魔力を感じるよ……」

「魔力、わかるのか?」

「うん、一応エルフですから。それより……ここから先、私は足手まといです」


 走る足を止めて、ジュヌは立ち尽くす。

 アウグストが振り返ると、ジュヌは拳を固く結んで、静かに言った。


「決着をつけるんでしょう。私はここにいますから、どうぞごゆっくり。これ以上、私を庇わないでください」

「しかし、場内には魔物がまだいる。俺から離れれば、お前は死ぬ」

「見くびらないでください。こう見えて、危機感知能力は人間には比べるべくもないほど長けているんですよ。なんたって私にはが聞こえますから」


 ジュヌの言葉は真実だ。だが、同時に強がりでもあった。

 確かに先に危険を察知できるだろう。できたとして、彼女には

 逃げる事しかできない。だが、この先に進めば全方位が敵となる。

 二方向にしか道のないこの場所、かつ城の防衛魔法が少しでも効いているこの謁見の間の前こそが、彼女にとってギリギリの生存圏であった。

 最後に。と、彼女はアウグストに歩み寄り、彼の体を光で包む。

 もはや慣れたもの。彼女の回復魔法だ。全身の疲労と傷が、瞬く間に癒えていく。


「さあ、行ってください――待っていますよ、こう見えて、私は一途なんです」

「……知っている。なるべく、早く戻る。それまで生きていろ」


 アウグストは静かに歩き出し、扉に手をかける。


 ――彼が扉に消える頃、ジュヌはその場で音もなく、前のめりに倒れこんだ。

 全身が鉛のように重く、少しの力も入らない。

 魔力が切れたのだ。当然である。ここまで幾たびの戦闘があった。いかに庇われていても、傷付くものは傷付く。

 何より彼が、アウグストが見る見るうちに傷付いていく。

 それを癒し、自分の傷は誤魔化して先に進む、その果てにあるのは、一歩たりとも動けない空っぽの体だけ。


 ――ジュヌは、眠りにつく最後に、思い出す。

 私は、だと言った。

 彼は、と言った。

 しかし、彼は知らないのだ。私の一途さは、彼の思う『忠誠心』じゃない。

 それは――――

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