第7話 檻の外の混沌④

「大丈夫か?」

「あ、ありがとう……ってお前、アウグストじゃないか!」

「そうだ。お前たちがいなくなったおかげで、俺はを手にしたぞ」


 一瞬怯えた瞳をアウグストに向けた番兵だったが、床に座ったまま、声を上げて笑い出した。


「はっはっは! それは良かったな。 ……この国は終わりだよ。魔物がこんなにいる。建物に籠っている市民もいるが、魔物が消えない事には、どうにもならないだろうよ」

「どうしてこうなってるんです?」

「ああ、アウグストのお付きのエルフか。ほら、あっちに城があるだろ? あそこから魔物がわんさか湧いてくるのさ」

「魔物が、城から?」


 アウグストもジュヌも、驚きを隠せなかった。


 城から魔物が奔流する。まったくもって荒唐無稽な話が過ぎるからだ。

 驚く二人をよそに、番兵は語り続ける。


「この国の伝承をお前たちは知らないだろうけど、一応教えておくとだな、昔この国は、魔王が治めていたんだよ」

「魔王――」

「そうだ。ずーっと昔にセント・ヴェリウス初代皇帝が仕留めたがな。その時使った剣が、いつも陛下が封じて持ち歩いている『聖ヴェリウスの封剣』ってわけだ」

「……魔王が復活したのか?」

「おそらくな。あの剣は代々の皇帝が持ち歩いてる。あれは権力を誇示するためでもなく、使うためでもない。そばに置いておかないと『力が暴走するから』なんだってのがもっぱらの噂だよ」

「じゃあ、が魔王になっちゃったの??」

「――おとぎ話の話だと思ってたんだがな。まああくまで伝承に過ぎない。気になるなら城に行って、陛下に直接聞いてみたらどうだ?」

「……どうしよう、アウグスト」

「――ジュヌは、どうしたい」

「もちろん逃げたいです、こんなことに関わる必要はありません。自業自得ですよ、人間なんて。ここまで自分たちのエゴで他種族を貶めて来たんだから、滅びて当然です。でも……」


 ジュヌは少し言いよどむ。美しいその瞳にはかすかに涙が浮かんでいる。


「アウグストさんが真相が知りたいというなら、私はついて行きますよ。ここまで私の命があるのは、あなたのおかげですから」

「……そうか」

「アウグストさんは、どうしたいですか?」

「――俺は、自由だ。今はそう言い切れる。だが、自由になった今、すべてを投げ出して逃げるのは、後味が悪い」

「じゃあ、城に行きます? ひょっとしたら死ぬかもしれないんですよ? まさか、今更皇帝陛下に義理立てですか?」

「……そんなつもりはないさ。むしろ――」


 止めを刺してやらなければならない。

 アウグストは静かにそう思った。

 何故そう思うに至ったのか、昔の記憶が微かによみがえるが、霞んでよく見えない。

 だが、奴が醜態をさらしているのならば、殺すのは俺でなければいけない。

 胸の内側から鼓動がするように、心が俺に『行け』と指示している。

 この思いを裏切れば、俺は自由の身に一生足枷を嵌めて生きることになるだろう。心の底から奴隷として、そこから解放されることはきっと一生ない。

 それをと呼ぶのなら、おそらく、今行かねばになるのだ。


「――。自由になったこの体で、俺の心の枷を斬る」

「……そういう事なら納得です。男の矜持っていうんでしょ? そういうのって。私はついて行きますよ。馬鹿な人間さん」


 ジュヌはいつもの調子で、心を開いているようで開ききっていない態度で、アウグストを見据えて微笑んだ。

 アウグストはその微笑みを見て、拳に力が入った。

 俺の行動にはジュヌこいつの命が伴う。

 俺の矜持に付き合わせるのだ。どんな結末になろうとも、彼女だけは守らねばならない。


「ははぁ、熱いねお二人さん。行くっていうなら止めないぜ。番兵は番兵らしく、町を守って死ぬだけさ」


 見れば番兵は一面の血の海の上にいた。自らの血の海の上に。

 助けた。と言えば聞こえは良いが、その実助けられてなどいなかった。

 少し、ほんの少しだけ生きている時間が伸びただけ。

 死ぬまでの時間が、ほんの少しだけ、穏やかになるだけ――


「今まで世話になった」

だけな。今だから言うが、飽きなかったぜ、お前の人生を見るのは。お前が奴隷じゃなければ、仲間にでも、友達にでもなりたい気持ちだった、さ」


 檻の外の混沌の中、彼は言うだけ言い終えて、静かに息を引き取った。

 アウグストに仲間や友というものはわからない。しかし、それがを示すものであることは理解しているつもりだった。故に


「ではな、名も知らぬ番兵。来世で会おう」


 そう言い残して背を向けて、二人は一途王城へと足を進めるのであった。


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