第7話 檻の外の混沌②

 大通り、皇帝陛下に謁見する際に何度か通ったことのある道は、普段より遥かに混沌としていた。

 まず鼻をつく死体の匂い。道端、路地、構わず臓物をまき散らして、奴隷も貴族も死んでいる。

 空は徐々に黒く、朱くなる。建物が燃えているのだ。おそらく、自分たちの手で燃やしたのだろう、なぜなら、ここには人以上に多くの、

 闇を纏う、四足歩行の黒い犬と目が合う。数は三頭。死肉を食い漁っていたが、新鮮な肉が来たと、歯茎を見せて喜んでいる。


「!」

「アウグスト、逃げ」


 ジュヌが口にするより先に体が動いた。


 飛び掛かる獣の群れ、まず先頭のその一頭を、右の拳で思い切り殴り飛ばす。

 地面に打ち付けられて昏倒する獣。

 ――まず、一頭。

 すかさず、左右に回り込んだ獣の内左側の獣に向けて、鋼鉄の剣を振り落とす。

 メキッと頭蓋がひび割れる音がする。

 その獣を左腕で掴んで、三頭目の獣にぶん投げる――!


「おおおおおおおおッ!!」


 当たらない。までも、二頭目は脳が崩れて完全に死滅した。

 叫び声をあげて、残る獣を威嚇する。


 ――にらみ合う、にらみ合う、にらみ合う。

 襲ってくるならば殺す、逃げるならば追わぬ。お前がこの道を退け――


 獣の論理の中で生きるアウグストは、自身もさながら獣のようだった。

 アウグストは剣を振りかぶって、敵たる獣に襲い掛かる素振りをする。

 それを受け、軽く後方に退く獣。こうなってしまえば、相手の戦意はくじけている。

 三頭目から視線を外し、昏倒している一頭目に近づいて鉄の剣で首を跳ね飛ばす。

 ――確実な死、獣ですら理解できる脅威。その様子を見て、静かに三頭目の獣は路地を駆け、去って行った。


「さ、流石アウグストさん。魔物の相手は慣れっこですね」

「そうでもない。しかし、なぜ街中に魔物が――っ!」

「どうしたんです? ……遠くから、助けを求める人の声……? 大通りの先、城へ続く道の方ですね」


 アウグストは悩んだ。今後方に走れば多少の脅威はあっても、確実にこの国から逃げ出せるだろう。

 しかし、足は全く反対の方向へと向いていた。


「――行くんですね、助けに」

「……どうやら、俺は相当、お人よしのようだ」


 アウグストは駆け出した。声のする方へ。

 それが何者かはわからなかったが、自分を奴隷扱いしてきた国の人間であることだけは、わかっていたはずだった。

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