第7話 檻の外の混沌①

 地下牢に等しい寝屋を出て、普段であれば鎖に繋がれたまま歩く道を行く。

 年季が入り、崩れかけた石の回廊。地上から差し込む光はまばゆく、砂塵と共に外の風を確かに感じられた。


「うーん、風だけなら普通なんですけどねぇ」

「……ついたぞ、闘技場だ」


 ジュヌが走りながら言う。その言葉を背中で聞きながら、アウグストは光の中に身を投げた。


 闘技場はいつもの通りの見た目をしていたが、違うところが二つある。


 一つ、観客が1人もおらず、敵もいない。管理者も不在で、いわゆる「無人」という状況であること

 一つ、朝焼けの光だと思っていた、部屋から見えたかすかな光は、少量の炎が混じった不純な光だったこと。


 アウグストは察した。この国で何かの事件が起きている。このコロシアムは捨てられたのだ。であれば――


「ジュヌ、闘技場を出て大通りに行く」

「大通り? わかりましたけど」


 指示だけ出して、アウグストは走り出す。


 闘技場の高い壁――いつもであれば、登ろうとすれば蹴落とされるか、敵に後ろから斬られるかであったが、無人であればこうも容易い。


 壁に飛び掛かって剣を突き刺し、右の腕力で体を上に、そして伸ばした左腕で淵を掴む。

 足で壁を蹴り、勢いで剣を抜いて、左手を軸に宙に返って客席に上がる。

 何度も頭の中で描いてきた手だ。今更失敗するはずもなかった。あとは――


「ジュヌ! 手を!」

「は、はいっ!」


 戦闘能力皆無のやせ細ったエルフを引っ張り上げて、脱出は成功だ。

 後は道なりに入退場口から出る。そして、だだっ広い道を真っ直ぐに突き進めば……そこは、大通りだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る