第6話 あの日の記憶④
薄暗い地下牢で、アウグストは目を覚ました。
「夢、か。また懐かしい」
硬い寝床で寝がえりを打つ、すると彼に添い寝をするようにこちらを向いて転がっていたジュヌと目が合った。
「めずらしい! 夢ですか?」
思いっきり起きていた。少女は澄んだ目を輝かせて、彼の話を待っている。
「……何も楽しい話じゃない。俺がこんな地下牢に閉じ込められたきっかけの夢だ」
「へぇ、私が来る半年前でしたっけ?」
「9か月前だ――いや、そんなことは良い」
アウグストは上体を起こし、五感を研ぎ澄ます。
聴覚は訴える、誰の声もしない、物音もしない。
視覚は訴える、外は朝の光が差し込んでいる。
嗅覚は訴える、焦げ臭いにおい、草が焼け、土が焼けている。
「この事態は、何だ?」
立ち上がり、鉄格子に触れる。
触角は訴える、触りなれた鉄には魔法の施錠がしてあり、しかし、物理的な施錠はされていない。
「ん、どうしました?」
「様子がおかしい、町で何か起きているようだ」
「ちょっと待ってくださ――あ、ホントだ。草木が騒がしい。人が、ううん、自然も、死んでいく――」
ジュヌは起き上がり、少ない所持品を確認して、麻の袋に適当に放り込んだ。
「これ、チャンスじゃないですか、アウグストさん?」
「そうかもしれないな」
「このままここにいても私たち、無意味に死ぬだけじゃないでしょうか?」
「そうだろうな」
「なら! 今こそ、自慢の怪力で扉を破壊する時では?」
「……魔法で施錠されている」
「そんなこと言って、実はもうわかってるんでしょう?」
ジュヌが悪戯な笑みを浮かべる、アウグストは無言のまま、自身の剣を手に取る。
武骨な鉄の塊、かつて、魔獣すら屠った異国の剣。
しかし、その剣が発する光を彼は覚えていた。
無限ともと取れる牢獄の時間があって、そんな事実があって、何もしないほど、二人は愚かではなかった。
アウグストは剣を構え、祈るようにグリップを握る。
静かな溜息の後、確かな決意の後――
「鋼鉄の、グラディウス」
――剣から青い光が迸る。押し出されるように、扉の鍵に当たる部分から施錠の魔術が押し出されて消し飛んでいく。
魔を祓う剣、魔を寄せ付けない鋼鉄。その性質を以て、ここに道を拓いた。
その様子を見て、ジュヌが静かに鉄格子を開ける。
いつものように獣じみた悲鳴をあげる鉄格子。1歩、2歩、大地の感触を確かめるように歩いから振り返り、ジュヌはアウグストに手を差し出した。
「行きましょう、アウグストさん。逃亡でも反逆でも良い、今こそ、私たちの運命を変える時です」
落ち着いた笑みに答えるように、左手で彼女の手を取って――
――彼らは走り出す。自らが知りうる世界の崩壊、セント・ヴェリウス帝国の最期に向けて――
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